はじめての依頼、はじめての報酬(7)



 エルネスト・トラヴィス・セルデンは国王ロードリック二世の側近といえる立場だった。宮廷の一室では、国王夫妻と宮廷医、そしてエルネストの四人で密談の最中だ。


「セルデン伯の説で間違いがありません」


 宮廷医の言葉に、ロードリックが頷く。

 少し前に、別ルートから入手した菊の花茶をごく少量飲んで、症状が表れるかどうかの検査が行われていた。

 危険の伴う検査だったが、侍女の無罪を証明するために、王妃アデラインが自ら検査の実施を強く望んだのだ。


「そうか。エルネスト……というよりワトーの令嬢の、というほうが正しいのだろう?」


 ハイラントの若き国王はエルネストよりも一つ年上の二十八歳だ。豪奢な椅子に腰を下ろし、頬杖をついている。王太子時代から彼の外遊に同行する機会が多く、二人は主従と友人の中間、という表現がぴったりな間柄だ。


「わたくしからも、礼を言います。大切な侍女の嫌疑を晴らすことができたこと、感謝しておりますわ」


 アデラインは見えない悪意にずっと苦しんできたのだ。危険がなくなったわけではないが、倒れた原因が事故のようなものだったとわかって、ほっとした様子だ。


「原因がわかったのはなによりでございますが、懸念事項もございます」


 宮廷医の言う“懸念事項”の一つは、王妃の症状をどこまで伝えるか、ということだった。結局、ごく限られた範囲には事実をそのまま。そして、料理人など必要な者には「発疹が出る」と症状をひかえめにして伝えるしかないという結論になる。


 国王や宮廷医のもう一つの懸念事項は、ユウリのことだ。もっとも、彼女の人柄をよく知っているエルネストは、その点についてまったく心配をしていないのだが。


「ユウリ・ワトーは口の堅い人物ということで、間違いないのだな?」


「彼女は信頼できる人物ですよ、陛下」


「恩人を疑うのも心苦しいのだが……。どうしたものかな」


 ユウリのことを直接知らない国王は、やはり彼女を危険視している。エルネストも国王がそう思うだろうことはわかっていて、彼女を守るための作戦を考えていた。


「でしたら、いっそこちら側の人間になってもらう、というのはいかがですか?」


「褒賞と身分を与えるのか? だが、今回の件は……」


 王妃が毒に倒れた事件は、ただの体調不良ということにされおおやけになっていない。だから当然、原因を突き止めた者に褒賞を与えることなどできないのだ。


「いえ、そうではなく、いっそ私の妻にしようかと考えています」


「はぁ!?」


 ロードリックは頬杖をついていた顔を上げて、ぽかんとしている。


「私の妻という立場なら、秘密を漏らすこともないでしょう? 安心です」


 ユウリの父親は貴族ではないが、そこらへんの貴族よりも資産を持っている。

 豪商が貴族と縁戚になりたくて、多額の持参金をつけて娘を嫁がせることはよくある。資金繰りの苦しい貴族が、自ら進んで商家の娘を受け入れるというのもよくある。

 ワトー商会の娘なら、問題はないはずだ。


「い、いや……。いくらなんでも、それは。そなたにも、ワトーの令嬢にも悪いだろう。そこまでは強要できぬ」


「ははっ、まさか! 私が好きでもない相手と、王家のためだけに結婚するとでも? 陛下に嘘を申し上げるわけにはまいりませんね。彼女、懐かない猫みたいでかわいいんですよ」


「エルネスト……。そなたという男は!」


 エルネストの性格をよく知っているロードリックは、呆れた様子で頭を抱えた。


「いやぁ、一目惚れですかね? 彼女、四分の一ほど東国の血を引いているそうなんですが、東国の身体的な特徴が強く出たようでして、見た目がほぼ異国人なんです。その部分だけ、許可いただければ問題ないでしょう?」


「そもそもそなた、ワトー家の令嬢に好かれているのか?」


 エルネストの企みを大体察した若き王が、疑いの眼差しを向けてくる。


「自信はあります。……おそらく」


「どこからそんな自信が出てくるのか謎だ! とりあえず、本人とワトー家と話をつけることだな。それならば、認めよう。ワトー家は貴族ではないが、貿易商として力がある。大きな問題はないはずだ」


「感謝いたします」


「……そなたのような変人に目をつけられた令嬢が哀れだな。からかわれて、振り回される未来しか見えない」


 エルネストとしては、ロードリックの言葉は心外だった。からかわれるのは、そういう隙や理由が相手側にあるのが原因だ。

 もし、ユウリがもっと素直になってくれるのなら、甘い言葉を囁き、愛しむのに。彼はそう思って笑った。


「そなたの笑みは、なぜか鳥肌が立つぞ……」


 ひどい言われようだ。素直な笑みを「なにか企んでいる」と周囲が勝手に誤解しているのだと、彼は思っている。


 エルネストの、皆が幸せになれる素敵な提案により、すべての問題が片付いた。アデラインも、もしユウリがエルネストと結婚すれば、直接礼が言えるとよろこんだ。


「さて、すべて収まるべきところに、収まったということで! では、私は魔女殿へ、結果を知らせてきましょうか」


 そう言って、エルネストは宮廷をあとにし、今日も魔女の店に向うのだった。



 §



 エルネストが魔女の店にたどり着いたとき、すでに西日が強く差し込む時間となっていた。スパイスや肉のいい香りがただよう路地を歩くのは、気持ちがいいものだ。


「やあ、こんばんは」


「こんばんは、伯爵様」


 店の扉を開けると、彼女はオイルランプに明かりを灯しながら、エルネストを出迎えた。


「閉店の時間にすまないけど、報告に来たよ」


 彼がいつもの長いすに腰を下ろすと、彼女がはじめて隣に座った。まだエルネストがなにもしていないのに、最初から怒っているのは「椅子を持ってくるのが大変だから仕方なく」というアピールだろう。


 エルネストが、王妃の検査結果や侍女が職務に復帰できることを報告する。それと一緒に、国王夫妻が、原因を突き止めたユウリに感謝していることも告げた。


「……そうですか。侍女の方もお仕事に戻れたのなら、よかったですね」


「ユウリ殿、教えてほしいんだけど」


「どうしましたか?」


「“人の不幸を食い物にする”のと“不幸を食べる”どちらが本当なのかな?」


 そのあだ名は嫌いだとユウリは言っていた。けれど、エルネストは考えた。彼女を育てたはずの祖母は、本当に人の不幸を食い物にするような女性だったのだろうかと。


「食べる、です。お祖母様は若い頃、魔女の知識で街の人々の相談にのっていて、不幸を食べて人々を幸福にするという意味で、親しみをこめてそう呼ばれていたそうです。でも……」


 鈍い橙色だいだいいろの明かりに照らされた彼女の表情が陰る。


「だんだん、一般市民でもそれなりの医療を受けられるようになって、魔女が時代遅れになってしまったんでしょうね。忘れるのって、すごく早いんです」


 名前だけが一人歩きして、いつの間にか違う意味に変えられた。そのせいでさらに誰も寄りつかなくなる。悪循環だ。


「なるほどね。でも君は本当に、人助けをしていたお祖母様の後継者だよ。私は君に、とても感謝しているからね」


 ユウリは一瞬驚いた顔をして、そのあと目尻を少しだけ下げた。


「今、笑った……?」


「わ、私だって笑います! 人形じゃないんですから」


 指摘などしなければよかったとエルネストは後悔した。彼女はすぐ真っ赤になって、頬をふくらませたのだ。


「君は怒っているときもかわいいけれど、私にはもっと笑顔を見せるべきだよ。なんせ、私は君の大事な食糧なんだからね。……そうだ、手始めに、私のことはきちんと名前で呼ぶように」


「……いやです」


「言うと思った! 君は意地っ張りだ」


 この分だと、彼女から素直な言葉を引き出せる日は遠そうだ、とエルネストはため息をついた。けれど逆に、簡単に手に入るものなどつまらないとも感じていた。


「まぁ、私も相当ひねくれている自覚はあるから、同じだね?」


 エルネストが笑っても、異国の魔女のご機嫌はまだしばらくなおりそうになかった。


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