第034話『みれあのかこ 2』

 ―――――死去まで残り10時間。



 週末。

 身体に異常がなく過ごせた俺は休みを一日確保することができ、久しぶりの里帰りをすることにした。


 そして午前11時。久しぶりの田舎に着くが、駅には人の姿は見られなかった。

 

 流石は田舎、人口が少ない。

 限界集落になりつつある。



 全く、せっかくマンションを買ってやったのに結局戻ってきやがって。里帰りする俺の苦労も少しは考えてほしい。


 日帰り予定なので、大きな荷物などはない。俺は無人の駅でコーヒーを買い、駅前から出るバスに乗り、山奥にある実家に向かった。



 ♢



「………ただいま。母さん、礼二だよ」



 スライド式ドアを開け、靴を脱ぎリビングに上がるが、母さんの姿はない。

 ………流石にこの時間に寝てることは無いし、自転車も置いてあったので恐らくあそこ・・・だな。


 リビングを出て、左に曲がると線香の匂いが漂う。


 そしてその匂いが漂う部屋に入ると、母さんがいた。



「あら礼二。帰ったのね」

「おう。ほら土産。 "兄貴"と"父さん"の分な」



 そうして紙袋から取り出したのは兄貴の大好物『焼き鳥』。因みに都会の焼き鳥じゃなきゃダメらしい。


 そして父さんの大好物『日本酒』。

 安物だと怒られてしまう。



「わざわざありがとね」

「気にすんな。因みに母さんには後日高性能掃除機が届くぜ?」



 俺がグッドサインを送ると母さんもまたグッドサインを返してくる。歳ながら元気だな。


 そうして母さんは焼き鳥と日本酒を別皿に入れ、仏壇の前に備えた・・・・・・・


 それに続くかのように俺は線香を焚き、母さんと共に手を合わせた。



あきらが去ってからもう10年。 父さんが去ってから15年ね…………」

「………早いもんだな」



 俺の兄『坂富さかとみあきら』は15年前、子供を助けようとしたところ、交通事故に逢い、命を落とした。父さんはがんで亡くなった。



 俺と母さんはたまに会うもの、10年間別々に暮らしてきた。


 母さんには悪かった。

 兄を失くしたショックにさらに父を失くしたショックで寝込む母を仕事の都合で突き放さなければ行けなかったことが。


 仏壇に手を合わせ終えると、母さんはポツリと呟く。


「………礼二は、居なくならないよね?」

「――――――ッ。 当たり前だろ。母さんの死ぬところまでちゃんと、見届けてやるからな」

「………そう。それなら嬉しいわ」



 心臓が張り裂けそうなぐらい痛む。

 …………ったく、心臓が痛むとか物騒だよな。実際、心臓病なんだから。


 ………ごめん母さん。

 今した約束、守れないかもしれない。


 ――――それにさ? 母さん。

 俺さ、母さんに親孝行できたかな?

 折角都会のマンション買ったのに即座に売られちまったしな……。



 母さんの横で、俺は無意識に拳を強く握りしめていた。


 俺は今の会社が大好きなんだ。

 常に馬として働かせられているだけだが、倒産はさせたくないんだ。



「(だから、応援してくれると嬉しい)」



 悲しい表情で仏壇を見上げる母さんを見ながらそう強く思った。








 ♢







 



「………はぁ〜……」



 帰宅は20時過ぎで、何時間も電車に揺られたせいで体調が優れなかった。

 

 ………サラリーマンなのに情けない。毎日自転車で通っているもんでね。


 気だるさでソファーに寝転がる俺は、全身全霊でリモコンに手を伸ばす。決して大袈裟に言っているわけはない。



「………なんか、胸周りが痛い―――気のせいかな」



 身体を起こし、テレビを付ける。

 ………お? 今日、『西川タイガー』の試合だったか。


 西川タイガーとは、俺が応援する野球チームである。



「――――って、劣勢じゃんか。 こりゃ熱い展開が見られる気がするぜ」



 テレビに釘つけになりながらも、冷蔵庫からビールとつまみの枝豆を取り出し、テーブルで掻き込むように飲み食いをする。


 ――――そうして、野球中継を見ていたその時だった。

 ………胸が締め付けられるような激痛に襲われた・・・・・・・・・・・・・・・・・・のは。



「うっ――――――――」



 体全身が痙攣を起こし、テーブルに乗っていたもの全てを床に落としてしまい、そして脳が焼けるような暑さに襲われ―――――――――意識を失った。



 この時、俺はまだ知らなかっただろう。


 …………まさか俺の人生はこの日から始まるなんて。



 

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