5-3
すべての話し終えたころ、固いアイスも程良く溶け始めていた。
「死んだ人間はよみがえらない。それは、わたしたちが一番よくわかってることだと思う。時でも戻らない限り、どうやっても無駄なの。……いいや、もしかしたら時が巻き戻っても、無駄なのかもしれない。
でも、その人の記憶や、残り香みたいなものは、遺された者にも染み着いてると思うの。だからわたしは、彼が吸っていたタバコの匂いを求めて、自分でも同じ銘柄を吸っている。彼と同じ、マッチで火をつけて、
寂しげにそう言うと、リンはアイスを一口食べた。まだ固く歯茎に染みるのだろう。目と口を閉じ、彼女は苦しそうな表情をしてみせた。
「どう、納得のいく答えだった? まあ、納得行かなくてもこれ以上しゃべらないけどね」
「昔話は嫌いなんですか?」
「イヤってわけじゃないわ。でも、こういうことを話すと、みんな気を使うから。弊社にはワケアリな人が多いけど、だからってみんな同情する心を失ったわけじゃないからね」
列車は群馬県を過ぎ去り、埼玉県へと侵入。徐々に緑が失せ、灰色をした小汚いビルが群がり始めていた。
「じゃあ、今の話なら聞いてもいいですか」
「今の話、というと?」
「僕のことです」
とたん、アイスをすくっていたリンの手が止まった。
「キミの、何かな?」
「ええ。……これもレンゲに聞いたんですけど。リンは、いままで頑なに誰の指導も、部下も持ったことがない。ずっとそういうことは拒否し続けてきたって」
「そうね。それは正解よ」
「じゃあ、どうして僕だけ? どうして僕を助けて、僕を指導しているんですか? まさか気まぐれだなんて言いませんよね?」
「そうね、気まぐれよ」
アイスにスプーンを突き刺す。ドロドロになったバニラアイスは、まるで肉のようにスプーンを飲みこんでいった。サックリとわき腹にナイフが刺さったときのように、血ではなくミルクが流れる。
「ふふ、ウソだってば。本当はね、似てたからよ」
「なにがです?」
「キミの顔が、愛しの彼に」
「それ、本当ですか」
「ウソよ」
彼女はいつもの笑顔を浮かべる。僕をあざ笑うようなほほえみだ。
「本当はね、もっと単純なことよ。わたしももうアラサーだから、いい加減改心した。それだけの話」
スプーンを抜く。あふれ出るミルクを、彼女は舌で舐めとった。
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