第61話

 途方もない、力の奔流めいた何かに触れた。

 痛みや熱さはない。なのに、心臓と意識が同時に張り裂けそうなほどの衝撃が僕の中を駆け巡り、このままもう自分は元に戻れないのかなと、理解不能な感覚ですべてが満たされていく。

 両手で掴み取った始原魔導器。一メートル大の輪っかはそれでも僕の制止を振り切ろうと暴れ、まだスピン運動を継続しようとして震えている。

 始原魔導器に直接触れたところから、見えない炎で焼け爛れていく感覚。そうして赤く輝いた皮膚が、順繰りに剥がされていく。

 僕がバラバラになる。それにやっぱり痛い。痛みが腕を介して肩へ、そして首筋に刻まれたエンジンの傷痕まで届いて、どうしてなのかそこで留まる。そこから上の感覚がもうどうにかなっているのかもしれなかった。

 もう半分くらい感覚がなくなってしまってたけれど、目に見えて明らかな変化が起きた。

輝きながら回転していた始原魔導器がカチリと音を立て、台座部分に収まったんだ。

 そして、もう一つの変化。崩落が続く祭壇に残された壁が、シャッターみたいに開く。

 その向こう側に見えたのは退路の明かりではなく、ファンタズマの騎士だ。フォースさんを串刺しにしたあの化物たちが、今度は全部で十二体。

 始原魔導器の防御機構か何かの役割を果たすために、各々が僕の身長ほどはある大剣を掲げ、僕を取り囲んだ。


「うわ……今どき円卓の騎士モチーフかよ、ださ……」


 憎まれ口が理解できる相手じゃないってわかってるけど、でも、もう限界だった。

 魔導器の台座にもたれ掛かったまま、迫り来るファンタズマ騎士を無抵抗で迎えることしかできない。

 服が裂けて、剥き出しの肌はもう自分のものじゃないみたいに、血とも違う赤に染め上げられていた。

 エソラを探して周囲を見渡すと、僕のすぐ隣でべそをかいていた。

 ああ、そんな顔しないでよ。彼女の前で、僕の隠された真の力が覚醒して颯爽と勝利できたなら、きっとめちゃくちゃ格好いいんだろうなあ。

 そんな中二病くさい、痛々しい妄想が、この時ばかりは本心から胸の内に浮かんできた。

 亡霊の騎士たちは、連絡橋を一歩また一歩、重苦しい地響きを上げて進軍してくる。


「我は裁き、斃し、屠る……者……我は黒き逆徒……なんて、ね」


 逆襲はこれにておしまい。だってこの物語はもう、新しい主人公に受け継がれたのだから。

 エソラの姿が遂に消えてしまった。蛍の群れみたいな光の粉になって。

 このまま無事に帰れていてほしい。今までいっぱい助けてくれてありがとう。


【――――エイト……】


 なのに、どうしてだろう。エソラの声がまだ聞こえる気がした。


【――お願いエイト、生きて。死んでも生きて。このまま死んじゃうなんて嘘よ。エイトはあたしが守るの。あなたは大切な思い出なの。永遠に続くの。あたしからなくなっちゃうなんてぜったいに許さない】


 ああ、僕にもやっとわかった。

 七月絵穹が話してくれた、守りたい大切な友達のこと。

 七月絵穹が教えてくれた、弱いけど未来を予知できるっていう、ある女の子の空想。

 魔法が使えない代わりに未来に触れる力を持った魔女、スルールカディアフィフス世。


「そっか……ここが本当の終末世界アポカリプス。君は、僕がこの結末に至るって予知してたのか……」


 なら、あのとき君が守りたいって教えてくれたナイショの友達って――


「――前に言ってた守りたいナイショの友達って、なんだよ、僕のことだったんだ。ごめんね、エソラ……君の努力をふいにしちゃって。どうしたら僕を許してくれる?」


 彼女の叫びに、いつかの思い出が呼び覚まされる。

 まだ顔も、声も、名前すらも知らない彼女との繋がりは、流れる季節とともに画面越しに繰り返されて。

 僕の偽りの物語は、それを好きだと言ってくれた、弱っちくて放っとけなかった彼女に捧げたものだった。

 もうそこにはいないはずの彼女の頬に触れる。

 宙を切った指先は、涙もぬぐえない。

 なのに、それでも彼女は願ったのだ。それがたとえ空想だったとしても、


【お願い、エイトは生きて。生きてかあさまを……あたしのかあさまを助けてッ――!!】

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