第38話

「魔術結社……ダアト……」


 思わず復唱してしまう。昔の自分ならそのオカルト臭に絶句したかもしれない。けれども魔術が現実と繋がってしまった今、それも目の前に立ち塞がるリアルだ。

 フォースさんはやや苛立ちの仕草を見せて、弄くっていた髪の毛先を離した。


「まあ、どうでもよいわ。お主らが元協会であろうと何者であろうと妾の知ったことか。妾の所有物を弄んだ罪、その命をもって償わせてやりたいところじゃが」


「…………あはは、所有物っすか」


 まあ、あの人が好きそうな言い回しだし、そこは差し引いたほうがいいけど、ね。

 くだんの二人組――魔術結社ダアトとやらは無言で立ち塞がったまま。両者睨み合い。


「お主らダアトが国内で片っ端から女魔術師を襲っておると、協会どもも大騒ぎじゃ。それも噂を聞けば、ダアトの真の狙いは『魔女の肉体』だとな。魔術師と魔女の見分けすら付かぬから、ならば女ならまとめて連れ去ってしまえとは。ダアトとやらは、とんだ無能集団じゃ」


 声色の節々に嘲りがのぞく。相手を挑発しているんだろうけど、板に付いててどっちが悪役かわかんない。

 一方、あくまでフォースさんのペースに乗ってこなかったダアトの二人組だったけれど、スーツ男の方――確かインディゴって金髪が、そこでようやく一歩前に出た。


「……ハッ、今どき自分からぬけぬけと魔女だって公言する痴れ者は、世界中を探しても〈破滅の魔女〉――つまりアンタくらいのものだろうが……」


「そうしてお主らはジゼルなる餌にまんまと喰らい付き、その正体が〈破滅の魔女〉だと知っておしっこ。可哀想にのう……どれだけ逃げようとも妾は絶対に逃さぬぞ?」


 と、フォースさんはこの膠着状態などないかのように、唐突に連中の元へと近づき始めた。


「じゃがその前に吐かせたいことがある。お主ら、妾のフィフスをどこへ隠しおった?」


 フィフス、って何だろう? そんな謎キーワードを持ち出して、フォースさんは何の躊躇いもなく二人組との距離を詰める。季節はずれなブーツの底が音を立て、燃え盛る炎以外は不気味に静まり返った高速道路の彼方まで残響してゆく。


も妾のじゃ。無傷で返すのなら……妾も近ごろは情に厚いでな、お主らの命まで奪いはせぬぞ? 妾のダーリンを酷い目に遭わせた罪も、たったの八割殺しで赦してやる」


「ハハッ、忘れていたぞ! かの高名なる〈スルールカディアの魔女〉の眷属であるアンタは、今や実のにすら見限られた、〈破滅の魔女〉の二つ名に相応のポンコツだった」


 またしても「娘」って言った。


「…………えっ、あいつ、いま『実の娘』って??」


 絶句した。彼らの話から何か真相が掴めそうなはずなのに、てんで頭に入らなかった。

 だって話の流れからして、フォースさんに子どもがいるって意味だ。フィフスって、要するにフォースの次の数字だから。スルールナントカって魔女の一族の、四世代目と五世代目。


「ああ、あの魔女には小さな娘がいるらしい。俺も実物は見たことねえけど、何だかとんでもない能力を持ってて、色んなやつらに狙われてる身だって聞いたことならある」


 と補足してくれる九凪君の声すらうまく耳に入らなかった。

 フォースさんはぱっと見で二十代前半くらいだし、僕に妙に執着してダーリン呼ばわりまでしてきたし、そんな娘がいるような女性には全然見えなかったのに……。


「……して、お主らはフィフスの行方を知っておるのかおらぬのか、はようはっきりせい。妾もいろいろと多忙なのじゃ。それにもうとことん腹が減った。それともお主らは末端の雑魚じゃから、上から何も聞かされておらぬのか?」


 そう言うフォースさんは余裕の表情だけど、敵の出方次第では全面戦争といった素振り。


「さすがだアンタ、噂どおりの女だよ! 家出娘の逃亡先を敵に聞くなんてな」


 片やダアトの男も、魔女の挑発には動じない。それどころか彼女の弱みを握っているようにすら聞こえる。


「まあ折角の機会だ、ひとつ教えてやろう。ダアトの上層部はな、アンタの優秀な娘の価値に惚れ込んで、今も潜伏先を探し回ってやがるぜ。オレたちをここで倒そうが、他の同志が娘を狩る。アンタの娘はこの先ずっと狙われ続ける運命だ、かわいそうになあ」


 とてつもなく非道な言葉が吐かれたにもかかわらず、フォースさんの表情は冷淡そのものだ。


「……はああぁ、要するに何も知らんのか。面白くないのぉ。やっぱ今回もハズレかぁ」


 それどころか露骨に肩を落として、敵前なのにあからさまに落胆してみせた。

 けれどもフォースさんは、すぐに声色を威圧的なものへと豹変させる。


「――じゃが、お主は自らフィフスの障害だと宣言したな。ならば、ここでブチ殺しておく」


 魔術戦の開始を宣言するかのように、両手を広げて構える。手にはあの真っ赤なスマホ。

 途端、さっきまで静観を決め込んでいた巨漢が躍り出てきた。


「――――我はダアト。革命代行者にして異端者フレガの遺志を継ぐ者なり」


 それが何の宣言なのか、野太い声を高々と上げた巨漢の男。軍服風のファッションに身を包んだそいつが、上着の裏からサバイバルナイフのような刃物を取り出す。それも二本。

 両手に構えたデカいナイフを掲げると、何かの儀式のように、互いに打ち合わせた。

 ぎんと不快な金属音が轟き、雷光めいた光が散った。

 今ならわかる。あれも魔法だ。ということは、あのナイフも魔導器に違いない。


「ハッ、フレガ? 今さらフレガじゃと!? ……笑わせおる、そいつはとうの昔に妾がブチ殺した男の名じゃ!」


 フレガ、って何のことだろう。それに「殺した」って?

 口調に反して表情は厳しく、目も笑っていない。対する巨漢の方はフォースさんの投げかけた言葉に、カッと瞠目で返す。


「これは同志フレガの弔い戦にあらず! スルールカディアの魔女よ、東西あらゆる魔法使いに安息の地をもたらすための礎として、気高きその身を捧げてもらう!」


「ごちゃごちゃと小賢しい理屈を!」


 次の瞬間、巨漢は鈍重そうな見てくれに反して、驚くべき突進を見せた。

 さながら忍者のごとく、上体を低く屈めて向かい来る巨躯。迎え撃つフォースさんの懐に飛び込むまでもなく、遠距離からサバイバルナイフを一気に斬り上げた。

 途端、雷光が迸った。上空から落ちた稲妻が、手懐けられたかのように刃先にとどまると、次にはのたうち回って溢れ出し、攻撃対象へと放たれる。

 放たれた稲光は、蛇のような動きで地を這い、ゆっくりとフォースさんに迫っていく。

 するとフォースさんはスマホを耳に当て、そしてこう語りかけたんだ。


「――――顕現し模倣せよ、ネヴィヤンスクの斜塔の類型――ゲーティアよりバルバトゥスを索引、天に金星の座、足下の青い土くれをインセンスに」


 イ界が、フォースさんの唱えた奇妙な呪文に応じた。

 道路のアスファルトが瞬く間に隆起する。路面は一瞬でドロドロに溶け、電柱サイズに成型しなおされた。そんな非科学的現象が驚くべき早さで繰り返され、遂には無数の柱状構造物が道路の端から端までを埋めつくした。

 これはまるで避雷針の林だ。巨漢の放った雷光の蛇は、林に迷い込むとすぐに避雷針へと引き寄せられてしまう。やがて勢いを削がれた雷光の蛇は霧散していった。

 と、避雷針の一部が砕けて倒壊する。それらを斬り伏せた巨漢が狭間から躍り出てきた。

 短く雄叫びを上げる巨漢。再びかち合わせたナイフを前方にクロスさせ、腰を低く落とし地を蹴る。魔術加護を追い風にしたかのような、人間離れした運動能力。

 フォースさん、と僕は叫んだ。彼女の喉頸に迫る白銀の大きなナイフ。その光景が異様にゆっくりと視界に焼きついてくる。命の灯火を削る刃を止める力は、今の僕にはない。


「――――ッ!」


 短く吐いた息を打ち消す二発の銃声。宙に描かれた見事な魔法円は、九凪君の拳銃型魔導器から放たれたのものだ。

 しなやかに両腕を交差させ、続けざまに二発。魔法の込められた弾丸から構築された魔法円が、巨漢のサバイバルナイフを受け止めた。いや、九凪君の魔法が巨漢のナイフを縛りつけているって表現した方が正確かも。

 鍔迫り合いのまま、九凪君が次弾を装填して腰を低く落とした瞬間、巨漢は両のナイフを跳ね上げて魔法円を切り捨てる。そして態勢を立て直すべく、一旦後方へと飛び退いた。


「……勝手に余計な真似をしおって、協会の。弾除けにもならん、どこかに消えておれ」


「そうはいかねっての。文句がありゃ、日本支部の左内希梨佳にあんたが直接言えよ」


「左内? …………フン、あやつめ……」


 魔女は厭な顔だけのぞかせて、再度手を掲げる。途端、着弾音とともに閃光が迸ったかと思えば、そこに真紅の魔法円が展開された。

 遠方から銃声が聞こえてきていたのに気付いたのはこの時だ。さっきフォースさんが魔法円で弾き返したのは、おそらくインディゴってスーツ男とからの狙撃だったのだろう。

 繰り返される発砲音が交差して、着弾跡が路面を奔る。巨漢にばかり意識が向いてたけど、インディゴからの援護射撃も警戒する必要があったんだ。


「存外つまらぬの。標的を排除する、ただ一点だけに特化した魔術じゃ。お主のような魔導具アーク使いは、ただの武器使いじゃ。そんなもの、本来の魔法の使い手とは呼べぬ」


 吐き捨てるような言い草をして、フォースさんが相対する巨漢を睨めつけた。

 考えてみたらナイフ型を使う巨漢や二挺拳銃の九凪君を全否定するような発現だった。だって両者とも武器の形をした魔導器を介して使う魔術――つまりアーク使いなのだから。


「だからお前は『破滅の魔女』と嗤われるのだ!」


 巨漢が吼え、再び魔女の喉首を掻き切るべく駆ける。


「――――刺し貫け」


 フォースさんがスマホに、そんな冷徹な声を吹き込んだ。

 巨漢の背後――避雷針の林から、何本かの針が引っこ抜けて宙に浮かび上がる。まるで各々が意志を持っているかの動きで、造物主たる魔女に従い始める。

 最初の五本が放たれた。迫り来る巨漢を背後から急襲する避雷針。巨漢は巧みな体裁き二本をかわす。だが次の三本、続いてさらに四本が路面に突き刺さり、さながら鉄格子の檻のように奴の行く手を阻んだ。

 それも寸分の遅れを取って乗り越えると、巨漢はなんと片方のサバイバルナイフをフォースさんに投げつけたんだ。投擲用のナイフじゃないのに、自棄になったのか。

 加勢した九凪君の防壁魔術によってそれもはじき返される。けれどもそれは囮だった。

 すぐ近くで銃声がして、僕は思わず耳を塞いだ。

 気付くとフォースさんの額の直前に、真鍮色の弾丸が止まっていた。その運動エネルギーを打ち消した魔法円が、弾丸を阻み赤く煌めいている。

 今のはナイフで注意力を削いでの、インディゴからの追い打ち狙撃だったのだろう。ただどんな狙いだったにしろ、前に見た魔女のハンカチみたいに、そもそも弾丸が魔女を撃ちぬけないようにできてるらしい。

 ただ今回はそこで終わりじゃなかった。宙で止められた弾丸が途端、バラバラに炸裂したかと思えば、直後には魔法円もろともフォースさんのスマホが砕け散ったんだ。

 背後の僕もその衝撃波で吹き飛ばされ、防音壁に背中を打ち付けてしまった。


「うぐっ…………………………フォースさんは!?」


 破片で小傷を負ったフォースさんがその場で膝を折ると、頬の血を軽く拭く。何故なのかその顔には不敵な笑みが浮かんでいた。


「……お主ら、あくまで妾を生け捕りにしたいようじゃな。じゃが、魔女を侮るとはなんと愚かなことよ。妾を一撃で仕留めようとしなかった己の浅はかさを後悔するがよいッ!」


 使い物にならなくなったスマホの残骸を捨てると、今度は自身の腕を天に掲げた。

 かの魔女が、魔導器なしに魔法を発動してみせる。突き立てられた避雷針が呼応して息を吹き返し、宙に浮かび上がる。それが巨漢を狙いに定め、頭上で円を描き取り囲んだ。

 ――その刹那、思いもよらない現象が起こった。

 必殺の槍と化した避雷針すべてが空中で突然、ドロドロにしまったんだ。


「なんじゃこれは……何が起こっておる――――」


 異変はそれだけで収まらない。茫然としたフォースさんの目の前に溶け落ちてくる避雷針のなれの果て。それが青い光を放ったかと思えば、奇妙な速さで膨れ上がっていった。

 ぶくぶくと、青いその光はまるで細胞分裂と成長を繰り返す――そう、生命活動の縮図めいた現象が僕たちの頭上で引き起こされていた。


「ファンタズマだ…………」


 避雷針が突如ファンタズマに変貌した。いや、書き換えられたと言ってもいい。以前にもこんな現象をどこかで――。


「ちっ、この期に及んで、幻術の類でかどわかすなど!」


 毒づいたフォースさんが残る避雷針を呼び寄せ、再度けしかける。

 避雷針から顕現したファンタズマの群れは、大翼を広げた翼竜みたいな姿をしていた。なのにその見てくれに反して、羽ばたきもせず上空で静止したまま。それに、各々が奇怪な魔法円をヘリのローターみたいに背負っている。

 そいつらを迎撃しようとした残りの避雷針にも、さっきと同様の現象が起こった。ぶくぶくと膨れ上がって、羽化するかのようにファンタズマへとその役割を変えてしまった。

 翼竜型ファンタズマの魔法円に光が満ちると、それが放出された。それも、そいつらの真下に位置する巨漢にではなく、明らかに僕たちを狙って。


フォースさんッ!」


 彼女が僕たちの前に立ち、手を一杯に広げていた。庇おうとしてるんだ。

 翼竜から射出された、おびただしい数の光弾。周囲一帯のアスファルトを蜂の巣状に穿ち、着弾煙を上げながら迫り来る。

 フォースさんがあらたな魔法円を前方に描いた。それすらもファンタズマの青い光に変化してしまう。魔法円が急に歪み、すぐに気味の悪いあぎとになって術者に喰らい付こうとした。

 寸でのところで手を引っ込めたフォースさん。瞬間、僕は衝動的に彼女を地面へと押し倒していた。倒れ込んだすぐ目の前を、軌道が逸れた光弾の一斉照射が通り過ぎていく。

 辛うじてやり過ごせた。フォースさんの腕を喰いちぎる寸前だった顎型ファンタズマも、九凪君が咄嗟に銃弾を数発浴びせ、すぐに撃ち落としてくれた。


「無事か、宇佐美!」


 地面でもつれ合う僕たちの元に、九凪君が駆け寄ってくる。

 冗談じゃなく死にかけた。恐怖のあまり呼吸がおぼつかず、心臓もあり得ないビートを返す。僕の胸元にいる銀髪の魔女は額を汗で濡らし、どこかやつれた表情をしていた。


「妾の魔法が……ファンタズマになりおった……いかなる原理じゃこれは……」


「あいつらのしわざだよ、たぶん」


 その台詞すらうまく吐き出しきれず、途切れ途切れになってしまう。


「それ、どういう意味だよ宇佐美?」


 そう問いかけながら九凪君は銃を構え、未だ立ち塞がる巨漢を牽制する。奴はその場を微動だにせず、翼竜型ファンタズマたちは頭上で旋回飛行を続けていた。これじゃまるで人とファンタズマが共闘しているかのようだ。


「僕、前にもそっくりの現象を見たんだ。前に七月先輩がイ界で過去の映像を呼び出そうとして。そしたら途中でそれがファンタズマに変化した。ちょうどさっきみたいに」


 挙句、僕たちを巻き添えにするため自爆までしてのけた。


フォースさんの魔法、今は使うの危険だよ。どういう仕組みかわかんないけど、僕、見たんだ。あの二人組、何らかの手段を使って魔法やファンタズマを自在に制御してるのかも」


 それにあいつら、空想魔術の発動キャンセルすらしてのけたんだ。


「ここは戦略的に撤退しよう。九凪君の武器ならまだ無効化されてないみたいだから、それで援護してもらって、一旦現実界に離脱するべきだ」


 部外者が出過ぎた発言かもだけど、こっちの命だってかかってる。それにこの窮地が洒落にならない結末を迎えたとしたら――いや、そんなの絶対に駄目だ。


「ああ、俺も宇佐美に異論ないね、どのみち今はその作戦しか選択肢がなさそうだ。従ってくれよ、スルールカディアの魔女さん」


「…………………………いやじゃ」


「あんた、今さらナニ言ってんだ……」


 説得しようとする九凪君に、しかしフォースさんは駄々をこねるようにいやいやと首を振った。


「妾はいやじゃ! 奴ら、フィフスの行き先を知らんと言うとるが、あの子に繋がる脅威には変わらぬ。それにあんな得体の知れぬ術があの子に迫るなど、ここで捨て置けるものか!」


「――ああ! ったく! まずてめえの目の前の脅威を直視しろ! だいたい、あんたの娘だって最強だっつう〈スルールカディアの魔女〉の一員なんだろ。だったら、なんかあっても自力で乗り越えられんだろが!」


 聞き分けのない子どもをあやすみたいな九凪君の呼びかけも、彼女を落ち着かせることはできない。


「――最強、じゃと? お主はどうせ協会から何も聞かされておらんのだろう。あの子は確かに魔女じゃが、まったく魔法が使えんのじゃ。だからたったひとりでは自分の身すら満足に守れん……」


 フォースさんは思わず荒らげた声に、自身冷静になったのか、肩を落として俯いてしまった。


「魔女なのに、魔法が使えない? それってどういう意味なの」


「あの子はな、未来に触れる力を生まれ持った代償に、魔法が一切使えん身体になってしまったのじゃ……」


「未来に、触れる……? 予知能力みたいなものなのかな……」


 あまりに未知数の意味を含んだ彼女の言葉に、頭が真っ白になった。


「それがこの世界でいかほどの結果をもたらすのかは、あの子本人にしかわからん。じゃが、ダアトがあの子を欲しがるのは予期できた。だからこそ妾が傍で守ってやらねばならんのじゃ。ちゃんと守ってやらねばならんかったのに……」


 まるで後悔の吐露か、それとも懺悔か。そんな意味を含んだ、らしくない告白。

 大破した車から立ちのぼる炎はまだ尽きることなく、舞い散る火の粉と黒煙が、ここ一帯を地獄めいた景観へと変えていた。この現実そっくりな異世界は、まるで演出じみている。あざ笑うかのように飛び交う翼竜の大群なんて、この窮地にはおあつらえ向きだし。

 そこで呆然とした九凪君の声が聞こえてきた。


「おい、ちょっとあれ見ろよ、あそこ! なんなんだよ…………気味が悪い……」


 地鳴りみたいな音が聞こえてきたかと思えば、彼が指差す先にそびえ立つ百貨店の建物が、隣り合うビルを巻き添えに、ゆっくりと崩壊を始めたんだ。

 立ち塞がる脅威はもはやダアトにあらず、イ界そのものかと錯覚させるほどの兆候。魔女の力を奪うだけにとどまらず、目の前の景観そのものが急激に姿を狂わせ始めていた。

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