時間とは何か
笹谷周平
第一話 エントロピー増大則という例外
時間とは、
三次元空間を表現する縦、横、高さの三軸に、四番目の軸として時間軸を想定する考え方はとてもシンプルで納得しやすいものです。
時間軸方向に過去、現在、未来という三次元空間が連続して存在しているというわけです。
ですが、もし時間が単なる軸であるならば、どうして私たちは現在だけを実感し、過去や未来へ自由に行くことができないのでしょうか?
前後左右上下は自由に動けるのに、過去未来方向には移動できません。
ここで、「三次元の存在なんだから当たり前でしょ」と言われればその通りで、その事実があるからこそ、この世界を三次元と言っているわけですので、そこに異論はありません。
問題は、「なぜ過去から未来への一方通行なのか?」です。
三次元だからという理屈であれば、現在だけが存在していればよいわけで、むしろ「なぜ過去へは行けないのに未来はやってくるの?」という疑問、言い換えれば、「なぜ時間には方向性があるのか?」という疑問が残るわけです。
物理学の世界では物理現象を数式で表現します。
それらの数式に含まれる時間の正負をすべて反転させても、それらの数式がすべて成り立つという有名な話があります。
つまり、たとえ時間が未来から過去へ流れたとしても、物理学的には問題ないというわけです。
唯一の例外が「エントロピー増大則」だそうで、これは簡単に言えば「水に垂らした黒インクは時間とともに必ず分散し薄まるのであって、時間とともに一か所に集まることはない」という法則です。
一時的にインクのよどみができることはあっても、最終的にはインクが水に均質に混ざるという法則です。
あたり前のように聞こえるかもしれませんが、そうではありません。
黒インクが水に分散するという現象は、お互いに振動している黒インクの分子と水分子が衝突し、ランダムな方向へ移動する現象です。
これは確率の問題であって、確かに黒インクの分子が一か所に集まる確率は極めて低いですが、ゼロではないのです。
エントロピーは「乱雑さ」と表現されますが、「均質性」と言う方が私はしっくりきます。
もし時間が未来から過去へ流れたとしたら、この法則は成り立たないことになります。
ここまでの話を直感的に納得できそうな考えがすでに存在します。
「宇宙は四次元的に膨張していて、いずれ収縮に転じる可能性がある」という説です。
宇宙とは膨らむ風船のようなもので、私たちが認識している空間は風船の表面のようなものだというわけです。
これは「宇宙は一点を中心に膨張しているわけではなく、あらゆる場所で膨張している」という観測結果を上手く説明できる考えです。
そして収縮に転じた後は、物理法則を維持したまま時間が逆に流れるというわけです。
この場合は、宇宙の膨張・収縮方向が四番目の軸になるので、時間は五番目の軸になります。
「エントロピー増大の法則は成り立たないじゃん」と思いますか?
私もそう思います。
だからこそ「エントロピー増大則」は例外なわけです。
実際には宇宙が収縮に転じても時間は進むし、エントロピーは増大するという話もあるようです。
ちなみに、有名な「超弦理論(超ひも理論)」――物質の最小単位は点ではなく一次元の広がりを持つとする説――を上手く説明するためには、この世界は十一次元になるそうです。
十一番目の軸が時間です。
かなり有力な説らしいのですが、都合よく次元数が増えていくことに抵抗を感じたりもします。
別の考え方もあります。
そもそも時間の方向性は存在しないという説で、「時間は存在しない」という言い方がよくされています。
人が感じる時間感覚について「それは錯覚だ」としていて、その点については納得できる気がします。
人が過去を過去と認識できるのは記憶があるからで、未来を認識できないのは記憶がないからと言われれば、そうかもしれないと思うからです。
つまり本当は過去、現在、未来は同時に存在しているにもかかわらず、記憶の有無の違いで同時に認識できないというわけです。
とはいえ、それは人が感じる時間感覚の話であって、物理現象には時間の方向性があるように思えます。
例えば二人の人がキャッチボールをしているのを見ていて、ボールが飛んでいる最中に、そのボールを投げる動作を見た過去の記憶はあっても、そのボールを受ける動作を見た過去の記憶はないからです。
もし時間というものが記憶に依存する錯覚であって、過去、現在、未来が同時に存在するのであれば、ボールを投げる、受けるの順番はどちらが先でもいいはずです。
「じゃあ、やっぱり時間はあるのか」というと、私は「時間は存在しない」と考えています。
私の結論としてはそういうことなのですが、その意味とその考えに至った根拠を、もう少し詳しく書いていきます。
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