第3話

「ジャーン!」

「…何、それ? 何?」

 栞が右手で持っている紙には、はい、いいえ、鳥居、男、女、0から9までの数字そして五十音表が書かれている。そして左手には十円玉。

「こっくりさん、やろうよ」

「本気で言ってんの!」

 これには柳地も驚きである。金曜日のあの日、こっくりさんの話をした。でもそれは絶対にしてはいけないという条件で、だ。この月曜日の朝1番で栞はそれを破った。

「ボクはやらないよ。第一絶対にダメって言ったじゃない」

「でも、そう言われるとやりたくなってくるの!」

 その気持ち、わからなくはないが…。でも危険すぎる。お婆ちゃんは絶対にやらないことを条件に自分に教えてくれたのだ。

「達也も洋子も、やってみようよ!」

「何々? 面白いこと?」

 達也と洋子が興味を持ち始めた。

「危険だよ。絶対にやっちゃいけない。こっくりさんは降霊術であって遊びじゃない。何が起きるかわからないんだよ?」

「なんだ柳地、怖いのか?」

「うっ…」

 正直言うと怖い。でも、心のどこかで試してみたいという気持ちもある。でもでも、失敗したら…。その時のことを考えると一歩が踏み出せない。

「どーせ何も起きないだろ。心配すんなよな?」

 達也がそう言う。

「やってみましょう。手順は?」

 洋子もやる気満々だ。

「ねえ柳地、本当に参加しないの?」

 栞のその問いに、はいそうですと答えたい。だがそう答えれば達也から怖がりだと思われてしまう。洋子に空気読めと言われるかもしれない。

「…やるよ」

 本当はやりたくない。しかし何か起きたら…。対処できるのは知り尽くしている自分だけだ。だから参加せざるを得ない。


「で、どうするんだ?」

「えっとまずは…」

 栞が思い出している。そこに割り込んで柳地が喋る。

「鳥居に十円玉を置いて、みんなの指もその上に置く。こっくりさん、こっくりさん、おいでくださいと唱えて始めるんだ。栞も達也も洋子も、絶対に指を十円玉から放すんじゃないぞ? 終わるまで、いやボクがいいって言うまで絶対に放さないでくれ」

「そ、そうそう。じゃあみんな、やってみよう! せーの」

「こっくりさん、こっくりさん、おいでください」

 ついに始まってしまった。もう抜けることはできない。最悪な結果になっても、後悔もできない。

 十円玉は動かない。

「おい何も起きないぞ?」

 達也が言う。

「もう1度、言ってみましょう」

「こっくりさん、こっくりさん、おいでください」

 やはり十円玉は動かない。

「やっぱり何も起きねえじゃねえかよ」

「焦るなよ、達也。指を放すな…」

 その時だった。十円玉が動き出した。はい、の方へ動き出した。

「えっ嘘…」

 驚く栞。

「指を放さないで!」

 再三忠告する。

 十円玉は鳥居の方へ戻った。

「…ここから何するの?」

 洋子の問いかけに対して栞は、

「えーと。何だったっけ…」

 栞が覚えていないでどうするんだよ? 

「質問をするんだよ。こっくりさんはどんな質問にでも答えてくれるんだ」

「質問ってどんな?」

「単純なのでいいよ。例えば…。洋子に好きな人はいますか?」

「ちょっと何よそれ!」

「いいから!」

 4人は十円玉の動きに注目する。十円玉はいいえ、の方に動いた。

「なんだいねえのか。つまんねえの」

「当たり前じゃない。何期待してるの?」

 達也と洋子が言い争い始めた。

「2人とも黙って!」

 柳地が叫ぶ。十円玉は鳥居に戻った。

「次は、何を聞く? 洋子、君に何かアイデアない?」

「そうね。じゃあ、私の結婚相手の名前は何ですか?」

 十円玉が動き出す。最初にい、で止まり次にな、で止まった。さらにい、に戻ってから鳥居に戻った。

「イナイって名前?」

「いや、結婚相手がいないってことだと思うよ」

「何それ!」

 洋子は少し怒っている。でもここで止めるわけにはいかない。

「1人ずつ、質問は1個でいいね? 次に達也、君が聞いてくれ」

「わかった」

 達也は少し考えて、

「次の俺のテストの点数は何点ですか?」

 もっと他に何かなかったのかよ…。自分がこっくりさんだったらそう言っている。

 十円玉は動く。最初に八、次に五に進む。そして鳥居に戻る。

「85点だね」

「100点くれてもいいじゃんかよ! それにその点数ならこの前の社会のテストで取ったよ!」

 達也以外の3人は笑った。

「次、栞。最後だからね」

「言われなくてもわかってる」

 そこで少し悩みだした。

「そうだ。柳地の好きな人は誰ですか?」

「ここに来てボクのこと?」

 十円玉が最初にし、次にお、そしてり、へと動き、鳥居に戻った。

「シオリ…」

「わ、私のこと?」

「そうなのか柳地?」

 こんなことありえない。何で栞の名前が出てくるんだよ…。

 確かに栞のことは気にはなっている。知り合ってから一年で話す機会も増えたし、隣の席になる回数も多い。それによく話す。

「な、な、何かの偶然じゃあないのかな? それにシオリって名前、全国にいくらでもいるよ」

「そういう割には焦ってるね」

 栞に指摘された。図星である。

「ま、まあいいじゃない。それよりも早く終わらせようよ」

「そうだな。どうやるんだ?」

「簡単だよ。こっくりさん、こっくりさん、お帰り下さい」

 十円玉は動かない。

「で、どうするの?」

「ここで、はい、に動けば終了なんだけど…」

 そう言うと、それに反応したみたいに十円玉が動き始め、はいに移動した。そして鳥居に戻った。

「もういい?」

「うん。大丈夫。こっくりさんは帰ってくれた。指、放していいよ」

 みんな安心して十円玉から指を放す。

「本当に私の結婚相手っていないの…?」

「俺がまたあの点数なのかぁ?」

 洋子と達也は感想を言い合う。その時柳地は栞の方を見た。

 栞は、一仕事済んだって感じだった。


 この日の帰りの会も終り、いざ帰るという時、柳地は栞のことを捕まえた。

「どうしたの?」

「とぼけないでよ」

 柳地はそう言う。

「何のこと?」

「朝のこっくりさん。アレ、栞が動かしてたんでしょ?」

 幽霊の存在を信じないわけではない。だが、十円玉の挙動がおかしかった。あれは明らかに意図的に誰かが動かしたんだ。達也と洋子は今日の朝初めてこっくりさんの存在を知った。だから動かすはずがない。動かしたとしても、2人に不利になる結果が出るはずがない。

「最初のボクの質問。アレにいいえと答えたのは洋子に好きな人がいないって知ってたからでしょ? 次の洋子の質問も、好きな人がいないから結婚相手の名前なんて思い浮かばないだろうし。達也の質問は、達也がこの前に本当に85点を取ったからとっさに思い浮かんで動かしたんでしょ? 終わり方も変だった。ボクがああ言うまで動かなかったもん」

「…」

 栞は無言だった。

「黙ってないで、何か言いなよ。ボクは別に栞を責めているわけじゃないよ。ただ確かめたいだけなんだ」

「…やっぱりバレちゃったか」

 思った通りだ。

「何で、こんなことしたの?」

 そこが気になる。

「1度、やってみたいって思ったんだ。でもそれで、何も起きないものつまらないと思って…」

 まあそんなとこだろう。

「じゃあ最後に。ボクの好きな人に栞、君を選んだのはどうして?」

「それは…」

 栞が言う。

「それは、秘密」

 そう言って逃げた。

「ああ! 待って!」

 栞は結構動くのが早い。あっという間に逃げられてしまった。

「くっそー。呪われても知らないぞ!」

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