ムラサキカガミ
杜都醍醐
第一章 出会い
第1話
山尾花公園で遊んでいる子供がいる。ボール遊びをする子、遊具で遊ぶ子がほとんどである。だが小学校3年の
「ようし、ほら、捕まえた」
草むらから出てきた柳地の手にはオオカマキリが握られている。前肢の鎌に挟まれないように胸を後ろから掴んでいる。近くのベンチに置いておいた虫かごにオオカマキリを入れる。
「これで達也に自慢できっかなあ?」
1年生の時に知り合った
オオカマキリの入った虫かごに適当に木の枝、葉っぱを入れ、それなりに虫かご内を彩る。
また草むらに戻る。オオカマキリの餌となる、他の虫を捕まえなければならない。幸いこの草むらには、トノサマバッタがよくいる。そのジャンプ力は高いが、虫取り網を持っている柳地にとって、捕まえるのは容易いことだった。
「これぐらいでいいかな」
虫かごの中に今捕まえた2匹のバッタを入れた。興奮しているのか、勢いよくジャンプする。でも、虫かごの蓋は開かない。それを確認すると柳地は山尾花公園から帰ることにした。
帰り道の交差点で、虫かごの中を見た。草食のトノサマバッタがオオカマキリを食べることなんてないはずだが、だからといってオオカマキリが無事でいるとは限らない。
「お!」
オオカマキリはもう既に餌のバッタを捕まえ、食べていた。豪快に頭からかぶりついている。どんな味がするのだろうか。
そんなことを考えていると信号が青になった。車が来ないことを確認すると横断歩道を渡った。道行く人は急いでいたり、ゆっくりだったりとはっきりしない。急いでいる人はぶつかりそうになるし、ゆっくりな人は信号が赤になる前に渡りきれるかどうか心配だ。
「ただいま」
家に帰って来た。虫かごは玄関に置いた。リビングで観賞したいところだが、母親は虫のことを良く思っていない。虫かごの中の虫が逃げ出すはずはないが、絶対に文句を言われる。それは避けたい。
「おかえり。今日は虫、いたの?」
「うん。オオカマキリと、トノサマバッタがいたから捕まえてきた」
母親の表情が曇った。それはそうだ。捕まえてきたのだから。
「玄関に置いた?」
「置いたよ」
「ならいい」
そう言うと母親はご飯の支度に戻った。
柳地はリビングのテーブルに、金曜日に出された宿題のプリントを持ってきた。自分の部屋の机は教科書やノートでごちゃごちゃしているので、勉強はいつもリビングでやっていた。何のための机かわからなくなりがちだが、父親は寧ろ自分が勉強しているのをすぐ見ることができるので何も言ってこない。
筆箱から鉛筆をだし、プリントに取りかかる。算数の2桁の掛け算だ。こんな問題、すぐに終わる。成績があまり良くない柳地でもわかることだった。
思った通り夜ご飯の前に宿題は終えることができた。
夜ご飯はカレーだった。母親は柳地が辛い物が苦手であることをわかっているので、甘口で作ってくれる。でも父親にとっては不満であり、カレーの度に不平を言っていた。
風呂にも入り、やることはなくなった。家族と一緒にテレビを観ることにした。お笑い番組では流行りの芸能人がいつものネタを披露する。会場の観客は笑って拍手をしてはいるが、柳地はそれに疑問を抱いていた。同じネタでどうして笑っていられるのか。それが彼にはわからない。
柳地には、変なところがある。いや変と言うより特徴的な性質なのだろうか。彼は一度見たり聞いたりしたことをいつまでも覚えることができた。絶対記憶人間程とはいかないが、幼稚園での出来事や去年の運動会での競技の順位など、他の人からすればくだらないようなことをいつまでも覚えているのだ。これが理科のテストでも活かせたらいいのにといつも思うし、そう最初に思った時のことも覚えている。
つまり柳地には、忘れるということが頭にないのだ。知識としてその行為はわかる。だが実際にやってみたことはない。いやできない。まだ小さいながらも、柳地は自分の記憶に間違いがあればそれは覚えていなかったことだと認識している。
お笑い番組が終わると、今度は心霊映像特集が始まった。この手の類は虫と同じくらい好きだ。見るのは怖いが、どうしても見てしまう。そんな魔力がオカルトにはある。両親はこの映像を見るとヤラセだの合成だのと言うが、柳地は純粋に幽霊と言うものを信じている。呪いや、宇宙人、天国や地獄の存在だって本気で信じている。自分が生まれた後すぐに死んでしまった祖父は天国に逝ったと確信している。
もちろん心霊映像も一度見れば大抵覚える。だから次の映像は、まだ幽霊が出てないにも関わらず、冒頭の部分で一発で去年も観たとわかった。何が2003年最新映像だ。
たまに、自分も恐怖体験をしてみたいと思う時がある。幽霊をこの眼で見たいのだ。バカにされると思っているから、誰にも言ったことのない願望だ。
時計を見ると10時前。流石に眠くなってきたので、歯を磨いて寝ることにした。
また明日から、いつもの一週間が始まる。毎日学校へ行く。月曜日にスポーツクラブに行き、金曜日にスイミングスクールに行く。平凡な日々だ。
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