第三話
HRが終わり、放課後のチャイムを皮切りに、一気に喧騒に包まれる。
部活動に赴いたり、帰宅する生徒によって自然と生まれる人波。
一年B組に向かおうとしている奈津海も、その流れの一部を構成していた。
数メートルで到着するというときに、教室の黒板側から出てくる悠を発見。
奈津海は先日のような既視感を覚える。
(もしかしてまた呼び出されたりしてないわよね。今度こそ校舎裏かしら)
背後から声を掛けても無駄なことはわかりきっているので、彼に追いつくために歩くスピードを上げた。
悠の脇を通り越してちょっとしたところで、奈津海は振り返った。
「はーい悠、今帰るとこ?」
「あ、奈津海さん。いえ、部活に向かおうとしているところです」
「あんた部活やってたんだ? どんな部活?」
「オタク文化研究会です」
「なんか悠らしいわね」
二人は肩を並べて特別棟を目指す。
一階の廊下を真ん中辺りまで進むと、目的地である『オタク文化研究会』と書かれた表札の扉前までやってきた。
一緒についてきているのに特に何も言われなかったため――言われないという確信があった――当然のことのように、悠の後ろに並んで部室内に入った。
部室内にはまだ誰もいない。
中央テーブルには椅子とセットになったパソコンが複数台置いてある。
悠は、中央テーブルを挟んだ右側の奥に腰を下ろすと、目の前のパソコンを起動させた。
「へ~、ここが部室ね」
部室にしては手狭な印象を受けた。
元から広くないスペースに、機材や棚をこれでもかと詰め込んでいるので、ゆったりとはできなさそう。その上、【食事禁止(飲料はキャップ付きのみ可)】という張り紙も貼ってあり、奈津海は来て早々げんなりした。
「悠は何してんの?」
「……」
「はあ~、完全に自分の世界に入り込んでるし」
パソコンの画面を覗き込むと、大量の文字群が見えた。悠はどうやら、小説のようなものを創作しているらしい。
話し相手もいなくて暇を持て余した奈津海は、棚の中にあった適当な少年漫画を手に取って、悠の左隣に座った。
元から集中力が持続しない奈津海は、悠にちょっかいを出し始めた。
タイピングをしている最中に手元のキーボードのボタンを押してみたり、耳に息を吹きかけたりするも、彼は全く意に介さない。
やがて、ぽつぽつと部員が集まり始める。
奈津海は、最初に入ってきたメガネと刈り上げが特徴の男子部員に向かって軽快に挨拶をして無視されて以降、気にせず居座ることに決めた。
完全な部外者であるはずの奈津海を一度は不審がるも、誰も声を掛ける者はおらず、個々の作業に従事していた。
その後、奈津海は狭い部室内をウロチョロしたり、飾ってあった美少女フィギュアのスカートの中を覗いたり――その拍子にぶつけて首がもげたことは黙っておいた――していたが、万策尽きたのか、残りの下校時間までは机で突っ伏しながら寝ることに決めた。
(こんな硬い椅子で眠れるわけないけどね)
――…
沈黙に満ちた部室内。
聞こえるのはいくつかのタイピング音くらいである。
言葉を発する者などいないかに見えたが、一人の部員が口を開いた。
「湖月くんさー、そこのギャル女と知り合いでしょう? 困るんだよね、部員でもない人を連れてきたら」
「……」
声を掛けてきたのは、向かい側に座る、悠の位置から二つ隣の人物だ。奈津海が挨拶をしたのに無視をした刈り上げメガネである。
案の定、返答がない悠。刈り上げメガネもそれはわかっていたらしく、一方的に話を続ける。
「さっきまでずっと君にまとわりついていたけど、もしかして彼女なの? ボクだったら友達としてでも願い下げだな。見た目からして不良だもん。ずぼらそうだし、いかにも援交してる感が滲み出てるよね。ま、どっちにしろボクは二次元にしか興味ないけど」
話すのに満足したのか、刈り上げメガネは自分の作業に戻った。
(おい、バッチリ聞こえてるわよクソメガネ。後で豚の丸焼きにしてあげるから、鉄板用意しておきなさい)
奈津海はちゃっかり狸寝入りしていた。
彼女の頭の中は、上ってきた血で煮えたぎる寸前である。
しかし、彼女の溜まった鬱憤を、一瞬で発散してくれる出来事が起こった。
「あの、見た目では人の内心まで読み取れないと思います」
(うそ……悠が自ら話すなんて……)
奈津海は悠の意外な一面に愕然とした。
「頭髪や服装に関して言えば確かに校則に違反しています。ですが彼女の反社会的な行動は一度も目の当たりにしていません。むしろ、妄想癖のある僕をよく気にかけてくれる彼女は、僕から見れば良心のある素敵な人です」
「そ、そうかい」
刈り上げメガネも普段とは違う悠に圧倒されたのか、言葉を失う。
(やばい、嬉しすぎて頬の緩みが直らない~)
そのせいで、奈津海は顔を上げられなくなってしまった。
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