名前も知らない君と僕

朝凪 凜

第1話

 俺には日課がある。これだけは何があっても譲れない。たとえ大雪が降ろうが、掃除当番だろうが、日直だろうが、欠かしたことはない。

 それは学校帰りのゲームセンターだ。

 たまたま学校から帰る途中の駅前にゲームセンターがあるのが悪い。あるならそこに入って遊ぶしか無いではないか。

 そんな訳で、今日もゲームセンターに足繁く通う。今日は二人でだ。

 たまに会う彼女が下校中に出くわしたときには二人で行くことにしているのだそうだ。ただそれだけの関係。遊び友達とでも言うのだろうか。

 そもそも、初めて会ったときにはこのゲームセンターで会ったのだ。ちなみに当然だが学校帰りにゲームセンターに寄るのは校則違反だ。見つかったら生活指導部の先生にこっぴどく怒られる。

 そんなわけで、ゲームセンターに入る生徒はそれほど多くはない。多くは無くても居なくはない。

 彼女も生活指導部にお世話になるかもしれない一人だ。

 彼女は平均的な身長だろう、自分より頭半分くらい小さい背丈に長いストレートの髪、一人でいるのによく開く口。俺はプライズゲームをしていたのを少し眺めて、そしていつものSTGを始めた。

 1クレジット終わったところで視線に気づき振り向くと、さっきの彼女が見ていた。

「すごいね。いつもここで遊んでるの?」

 今まで見ず知らずの人に話しかけられたことなど一度も無い。だから最初は自分じゃ無いと思って筐体に置いていた百円を追加しようとしていたら――

「待って無視しないで! 寂しい人みたいだから!」

 そう言われてようやく自分に向けての言葉なのだと理解した。

「俺? いや、うん。そうだけど」

 学校では多少友達はいる方だけど、女子と話すことなんて日直とか委員会とか用事があるときくらいしかない。だからちゃんとした受け答えなんて出来なかった。

「百円であれだけ遊べるなんていいなぁ。私なんて十秒で終わりなの。十秒よ」

 後ろの方にわずかに見えるプライズゲームを指して十秒を強調してくる。

「しかも千円は使ったのに取れないし、お金はもうないし、でももう少しで取れそうだし……」

 これはもしかしてたかられているではないかと気づいてしまった。しかし女子からそうされるのも悪くは無かった。

「取れそう? 見に行ってもいい?」

 だから少しくらいならいいかと思ってたかってきた彼女に乗ることにした。

 やった! とばかりに小走りでプライズ筐体の前へ駆け寄る。

「ほらこれ! もうちょっと!」

 運良く誰もやっていなかったから彼女が最後に失敗したままだった。

「あー、確かに取れそうだ。これで取れないのは悔しいね」

 うんうんと大きくうなずく彼女。

「じゃあちょっとやってみるから」

 そう言ってやったことのないプライズゲームを始めてやり、ビギナーズラックが起きて取れてしまった。

「すごい! うまいね!」

 なんかのぬいぐるみを渡しながらそう言われた。それが最初だ。

 それから週に1,2回くらい見るようになり、たまにプライズゲームをやるのだけど、それから一度も取れたことはない。見栄を張ったのだが素人なのがばれてしまった。しかし彼女は特に気にした様子も無く、ただゲームで取るという行為そのものを楽しんでいるようだった。



 そんなわけで話が戻ってきて、下校中に話をしつつゲームセンターに入るといつも通り俺はSTGを、彼女はプライズゲームをやるために各々分かれていく。

 いつもは1時間以上やっているのだが、今日はなんとなく2クレジットで切り上げ、プライズゲームの方に顔を出す。

 ガラスにおでこをくっつけて今日も口をパクパク動かしている。また取れなかったようだ。それでも笑顔でいる。不思議な子だ。

「今日は2クレで終わらせたからあとは使っていいよ」

 なんで気が向いたのか分からないけれど、その笑顔を見れたことに得した気分になり、三百円渡した。これも未来への投資というやつだ。きっと何かで返ってくるかもしれない、と自分に言い聞かせて。

「ほんと!? ありがと!!」

 そう言ってまた筐体と向き合った。ガラスに映る彼女がとても可愛いと思ってしまった。しかしニヤつく顔を表に出さないようできるだけ平静を装う。



「今日はありがとう! 君のおかげで取れたよ!」

 ゲームセンターから出た彼女の手にはぬいぐるみがあった。それをはしゃぎながらストーリーやキャラクターにつちえ話してくれる。俺はあまり分からないからただうなずいているだけだったが、彼女は気分を害した様子はなかった。それでも話してくれること自体が楽しいし、なにより一番生き生きしているのだ。その笑顔が夕日に照らされ、天使のような笑顔がより一層好きだった。こうして帰り道でも隣にいるのに彼女とはゲームセンターでしか会わない。帰りも途中まで一緒で、別れてしまう。どこなのか聞かないし、聞かれたこともない。そういう関係が良かった。何か余計なことをして壊してしまう方がよっぽど怖いのだ。

 少し前の自分からはとても考えられなかったことだけれど、それだけ俺の中にある彼女の割合が大きくなっているのだろう。

 これからも、この先も、いつまでもこの関係が続けばいいのにと心の底から願った。そう願わずには居られなかった。

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