第22章 私はあなたがいいのです

 ヒュノの家からそれほど離れていない場所に位置する食べ物店、そこに彼女たちはいた。

 木組みの店内に、丸い木製のテーブルがニ十個ほど配置されている。

 そして、テーブルひとつにつき木の小さな丸椅子が四つ配置されていた。


 店内は太陽の光で明るく照らされており、レゥとヒュノを除けば三組ほど客がいた。


 

「ねぇ、ヒュノ……さん」

「なんなの?」

 トーストをぱくつくヒュノに、ジュースを飲んでいるレゥがおずおずと声をかける。

「なんで、純騎の誘いを断った……んですか?」

「……」

 ヒュノは半分ほど食べおえたトーストを皿の上に置くと、手を机の上で組み、レゥの目をじっと見ながらこう話す。

「今回は、クエスタに譲ってあげたなの」

「譲る……?」

 レゥは聞き返したが、ヒュノは静かに目を閉じてトーストを一口かじった。


~~~


 俺らは城下町を後にし、大地を走り、レゥと戦った場所まで来た。

 見渡す限り青々とした草原が広がり、遠くには俺が作ったと思われる何メートルもある崖がそびえたっている。

 

 クエスタとともに崖の下まで行き、上を見上げる。

 かなり高い崖だ。それこそ、落ちたらひとたまりもないような。

 ……あの時は、かなり思い切ったことをやったなと内心冷や汗をかいた。


 突如、ふわぁっと風が顔を撫でる。

「気持ちいいですね、純騎さん」

「お、おう……」

 彼女が絹のような純白の髪をかきあげる姿に俺は一瞬見とれていて、返事が遅れた。

 気づいたクエスタが、俺の方を振り返り心配そうにこう尋ねる。

「……もしかして、具合が悪いのですか?」

「そ、そんなはずは……」

 俺が否定するより先に彼女が動いた。


 徐々に俺と彼女の顔の距離が近づく。

 水色の宝石のような瞳が俺の元へと近づき、そして、俺の額と彼女の額がくっついた。

 ほのかに伝わる彼女の体温。

 元々いた世界では体験したことのない出来事に俺は戸惑いを隠せずにいた。


「!?」

「うーん、熱はないみたいですが……」

 そうつぶやくクエスタ。

 俺は一刻も早く離れたかったが、なぜか離れることができない。


 少ししてそっと俺の元から離れた彼女は、うんうんとうなづきながら俺に向かってこう言う。

「まあ、用心するのがいいですね。今日は早く帰って、後日、姉さんたちと改めて来ますか?」

「だだだ、大丈夫!」

 なぜかどもりながら、早口になりながら俺はそう返す。

 なぜそう返したかはわからない。


「そうですか?」

「あぁ、大丈夫大丈夫! さ、さぁ、次の場所に行こうぜ!」

 首をかしげる彼女に背中を向けて俺はペガサスへと向かった。

 

 心臓の音が止まらない。

 顔の火照りが収まらない。

 ……これが、恋、なのか?


~~~


 クエスタとともにウィザ王国を巡ってきたが、大分疲れてきた。

 ペガサスを休ませる回数も増えてきたし、日も沈んできた。


「純騎さん、そろそろ帰りましょうか」

「あ、あぁ」

 丘の上を走らせながら、振り向くクエスタにうなづく俺。


 彼女の腰にしがみつきながら俺は昼間のことを思い出す。

 あの後、俺の心臓の音は収まることを知らなかった。

 これが……恋……?


「あ、あのさ」

「なんですか?」

 風を浴びながらクエスタに問いかける。


「……あのさ、なんで、俺のことを気にかけてくれるんだ?」

「……」

 俺の問いかけの後、クエスタは一瞬黙り込んだ。

 彼女の背中しか見えないため、表情がわからない。


 もしかして、地雷を踏んだか……?

 

 一瞬で全身から冷や汗が噴き出る。

 もしかして、幻滅された……?


 すると、彼女はやんわりと「えぇ、ある理由がありますよ」と話し始めた。


「確かに、最初は姉さんを助けてもらったから という理由で気にかけました。

 でも、気づいたんです。純騎さんは、あの人に似ている」

「あの人……?」

「……はい」


 そこまで言うと、一度クエスタは大きく息を吸い込んだ後に

「純騎さん、きっとこの先、何か大きなことがおこるかもしれない。

でも、自信を失わないでください。私はあなたがいいのです」

 とこちらを振り向いて笑顔を作った。


「……」

 確かに、何が起こるかわからないこの世界……。

 でも、きっと切り抜けられる。

 クエスタたちと一緒なら……。


「さあ、もうすぐ家につきますよ」

「あぁ」

 俺は彼女の声にうなづくと、腰に回している腕を強く握った。


~~~


 帰ったころにはすっかり夜になっていた。

 よく見ると、そこら中に食い散らかされた跡があり、リビングではヒュノとレゥがあおむけに眠っている。


「もぅ、姉さんは……」

「あはは……」

 腰に手をつき呆れた声を上げるクエスタを見て変な笑いが上がる俺。


「私は姉さんたちをベッドに運びますので純騎さんはお休みください」

「あぁ、おやすみ」

 クエスタに手を振って二階に上がろうとした時だ。

 リビングのテーブルの上に封がされた手紙が置いてあった。


 不審に思い手に取ってみると、宛先に俺の名前が書かれている。

 裏をめくると、何も書いてなかった。


「……?」

 クエスタの方を振り向き、手招きすると、彼女はこちらに駆け寄ってきた。


「なんですか? その手紙」

「いや、俺宛の手紙なんだけど……開けてみてもいいよな?」

 俺の言葉にこくんとうなづく彼女。

 封を切って慎重に手紙を取り出すと、中にはちょっと雑な字でこう書かれていた。


『純騎 他数人へ


 明日、早朝王宮前へ来い』


 そして、差出人と思われる場所にはこう書いてあった。


『ウィザ王国Fチーム隊長 ヴォルフ』

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