第21章 馬とバイクと……

昼になり、スマホ片手に通話しながら外をふらつく俺。

 通話の先は無論、ニーパだ。


『あらあら、それは災難でしたね~』

 コロコロと笑うニーパ。

 なんか茶化された気分になって悔しい。

「災難って次元じゃねぇよ。あと、電話口で笑うな」

『あらあら~、私のような美少女女神から笑われるのは好きではないですか~。

もしかして、熟女好きですか~?』

「んなわけねぇだろ!」

 つい声を張り上げてしまい、通行人から変な目で見られる俺。

 ……ニーパと話すと、ほんっと、調子が狂う。

 

 周りに気を使い、小声になりながらも俺はニーパに話す。

「でも、あれから家のムードが沈み気味なんだよ……。どうしよう、ニーパ」

『でしたら、皆さん誘ってどこかに出かけてみては?』

「出かける?」

 俺の問いに『えぇ』とうなづいてさらに言葉を進める彼女。

『純騎さんはまだ、ウィザ王国のことをあまりよく知りませんよね? でしたら、観光もかねて一緒に回ってみては?』

「確かに……。でも、俺は乗り物を持ってねぇぞ? さすがに国を徒歩で回るってのは……」

『何のための無限錬成なんですか~。乗り物くらい作ってくださいよ~』

「あー……」

 口をポカンと開ける俺。

 完全に失念してた。


 無限錬成を使えばバイクだろうが車だろうが、おそらく戦車だろうが作れる。

 『知識の中にあるものしか作れない』とはいうが、まあ大丈夫だろ。根拠はないけど。


「それはいい考えだな、ありがとう、ニーパ」

『いえいえ~、健闘を祈ります~』

 その言葉を最後に通話が終了した。

 

 空は高く、青く澄み渡っている。

 雲一つない青い空だ。

 出かけるには絶好の日よりだ。


「よっし、俺はやるぞ! 家の平和のために!」

 街中で叫ぶ俺。

 周りの人たちから変な目で見られたがそんなことは気にしない。


 スマホをポケットにしまい込むと、そのまま家への道を急いだ。


~~~

「わたしさんは遠慮するなの!」

 家に帰り、ちょっと遅めの昼食をとっていた時のことだ。


 朝の一件の仲直りもかねてみんなでどこか行かないか? と提案してみたのはいいものの、真っ先にヒュノは断った。


「え? なんでだ? お前だったら真っ先に乗ってくると思ったのに」

「あー……私さん、今日はレゥとちょっと用事があるなの!」

 トーストをほおばった彼女がレゥの方を見る。

 レゥは「えっ」と目を丸くして困惑している。


「え? でも、姉さんは今日は予定ないって」

「さっき予定が出来たなの!」

 ぷんすかと頬を膨らませるヒュノ。

 彼女は椅子から飛び降りるとレゥの手を引いて「行くなの!」と家を走って出て行った。


「ちょ、ちょっと待って……私、ごはんまだ……」

 そんなレゥのかわいそうな声とともに。


 俺とクエスタ、二人だけ家に残される。


「え、えーと、クエスタ?」

 この話は、次の機会に回すか……。

 その言葉より先に、彼女が俺の手を静かにぎゅっとつかんでにっこりと笑顔でこう言う。

「純騎さん、私は大丈夫ですよ? 一緒に行きましょうか」

「え? 行くってどこへ?」

「さっき純騎さんが話してたこと、忘れちゃいましたか?」

「え……?」

 もしかして、これ、二人で出かけるってこと?

 俺はてっきりみんなで行くものだと……。

 

 にこやかに笑うクエスタと目が合い、心臓の音がいきなり早くなる。

 息が詰まり、過呼吸手前になる俺。

「だ、大丈夫ですか?」

 心配そうに尋ねるクエスタ。

 ……朝の鬼のような彼女はそこにはいなかった。


 俺はどうにか呼吸を整え、彼女にやせ我慢しつつこう答える。

「だ、大丈夫……だよ」

「よかったです……」

 ほっと胸をなでおろす彼女。

 その後、笑みを浮かべて俺の両手を握り

「じゃあ、行きましょう」

 と、俺の目を見つめた。

 俺は断りたかったが、断るだけの勇気が出ず、うなづくしかなかった。


~~~

 

 家の外にクエスタとともに出る。

 俺が外に出てた時と一緒な、雲一つない青い空だ。

 空気も澄んでいて絶好の外出日和だ。


「……じゃ、乗り物をつくるか」

「ん? ペガサスを借りてくればいいんじゃないですか?」

 当たり前のようにそういうクエスタ。

 この世界だとペガサスは当たり前なのか……。

「いや、俺、ペガサスに乗ったことないから……」

「そうですか……。珍しいですね」

 俺の回答に解せないような表情で首をかしげる彼女。

 

 というか、俺は元の世界でも馬に乗ったことはない。

 当然、ペガサスとか乗ったこともねぇよ。


「じゃ、作るぞ」

「えぇ、お願いしますね。私、純騎さんがいた世界の乗り物って興味あります」

 ワクワクとした表情で俺の方を見つめるクエスタ。

 その期待にこたえられるように俺も頑張らなきゃな。


 精神を集中し、手を合わせてイメージする。

 ……作るものはバイクだ。それも、大型の。 

 

 頭にイメージを浮かべる。


 ―黒くて、大きくて、かっこいい大型のバイク……!―

 こんな雑なイメージでいいんだろうか。

 今更ながら不安になってきた。


 直後、「わぁっ! すごいです!」とクエスタの感嘆の声が聞こえた。

 すっと目を開くと、目の前にはイメージした通りの黒い大型のバイクが。

 ……何度やっても驚くな、これは。


「こんな大きな乗り物、見たことがありません! これが純騎さんの世界の乗り物なんですね!」

 目をキラキラさせながらバイクを見つめるクエスタ。


 ここで気づいたんだが、俺はバイクは運転したことがない。

 ……まあ、どうにかなるだろう。もしかしたら馬の方が乗りやすいかもしれないが、それはそれだ。

「あぁ、そうだな。『バイク』っていう乗り物だ。とっても速いんだぞ」

「へぇ~……」

 まじまじと車輪を見つめる彼女。

 ……珍しいんだろうか?


 確かに、この世界には車やバイクなどをほとんどといっていいほど見ない。

 元の世界ほど発達していないんだろうか?

 でも、レゥの時に『エジ帝国』が戦車で来てたな……。

 じゃあ、向こうの国にはあるのかな?


 うんうんと悩んでいると、「純騎さん! 早く乗りましょう!」と肩を興奮気味にたたかれる。

 痛さで我に返った俺は「お、おう」とうなづいた。


 念のためヘルメットも作り、バイクにまたがる。

 ……想像以上にバイクは重く、押すことはできなさそうだ。

 こんなに重いのか、大型のバイクって。


 クエスタは目を輝かせてこちらを見ている。

 彼女の手前、失敗するわけにはいかない。

 鍵も作り出し、差し込んで準備万端!


「よし、行くぞ!」

 深呼吸して思いっきり鍵を右に回す。

 これでエンジンがかかるはず……だった。


「あれ?」

 エンジン音がかからず、うんともすんとも言わないバイク。

 クエスタも首をかしげている。


 黒いボディをバンバンと叩いてみるが、一向に動く気配がない。

 ……失敗か?


「う、動けよ、動けよぉ!」

 焦りがこみ上げ、ハンドルをひねったりしてみるがバイクは動かない。

 嘘!? これ、失敗作!?


「あ、あのー……」

 ハッとクエスタの方を見る。

 彼女は困ったように笑いながら俺にこういう。


「……ペガサス、借りてきましょうか?」

「……」

 明らかに気を使わせてる。

 これはだめだ……。


 でも、打開する策が見当たらない……。


「はい、お願いします……」

 バイクから降りると、力なく俺はそういうしかなかった。


~~~


 真っ白なペガサスに乗りながら地を走る俺とクエスタ。

 双翼は目が眩むほど白く、雄々しく水平に広がっている。

 この翼を使えば、俺らは空を飛べると思う。なのに、なぜ走っているのか。

 それは……。


『純騎さんはまだペガサスに乗り慣れてませんから……落ちたら危ないので、今回は飛びませんがいいですか?』

 出発前に言われたそんな一言。

 俺はこくんとうなづくしかない。


 ……だって、怖いし。


 せっかく生み出したバイクも鉄くず同然。クエスタにいいところを見せられずに終わった。

「俺……情けねぇなぁ」

 泣くのを押さえながらクエスタの腰に手を回してつかまっていると、彼女が突然馬を止めた。


 周りは赤い煉瓦のような物で作られた屋根と色とりどりのコンクリートのようなもので作られた三角屋根の家が立ち並び、賑わいを見せている。

 俺らの町の家とは色がかなり異なり、赤やベージュ、茶色など色とりどりの家が目を楽しませてくれる。

 

 そして、軒下に出ている青空商店も一味違った。

 

 俺らの近くにある商店は日用品が主だが、ここの商店は武器や薬草、防具などが立ち並んでいる。

 どれもこれも目が飛び出そうになる金額だが、客はホイホイとたくさん買っていく。

 客達や店主たちもみな羽振りがよく、笑顔を浮かべている。

 止まっている俺らにも「よっ、兄ちゃん! 見てって!」「うちは安くて評判もいいよ!」などと声がたくさんかかる。

 ……コミュ障の俺にはちょっときつい空間だな。


 そして、目の前にそびえたつのは白く、大きな西洋風の城だ。

 レゥと戦う前に遠目で見た、あの城が目の前にある。

 純白の煉瓦らしきものが積み上げられたその城は、潔白ながらも豪華な雰囲気を醸し出していて、近くによるのすら勇気がいる。

 俺が作った崖以上の高さの塔が立ち並び、青い三角屋根が青空を指さしているかのようだ。

 多数の旗がバタバタと風になびかれ、白い塀の向こうからは兵隊達が訓練している声が聞こえてくる。

 

「これが、この国の王宮です。ここには魔術学校も併設されていて、日夜魔法の訓練が行われています」

 指をさしてそう説明するクエスタ。

 俺は口をポカンと開けて「ほぇー」と言うしかなかった。


「詳しい歴史は……省略しますね。話しても面白い話ではないので」

 彼女はにこやかな笑顔を浮かべて俺にそう言う。

 確かに、俺は物覚えがいい方ではない。説明されてもわからないだろう。

 ……特に歴史は苦手だったし。


 市場をきょろきょろと見渡していると、クエスタから「何か買いますか?」と声をかけられる。

「い、いや、大丈夫。次の場所に行こう」

 多少どもりながら俺がそう返すと、クエスタはペガサスを操って城下町を後にした。

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