第19章 白き王女

 その少女の第一印象は、『幼い』。その一言に尽きた。

 

 西洋人形のように白く透き通った肌になめらかな白いロングヘアー、俺よりも低い背丈。

 目は青く、サファイアでも埋め込んであるのかと思うほどだ。

 

 ヒュノの例があるように、この世界では外見年齢だけ異様に若い人が存在しているため、実年齢はわからない。

 しかし、見た目だけで言うと明らかに俺よりも若いことがわかる。

 

 そのすべてとは不釣り合いな豪華な馬車とドレス、そして、銀のクラウン。

 

 彼女の歪な姿に、俺は目を丸くすることしかできなかった。

 

 コツ、コツと一歩ずつ馬車を下りる彼女。

 その音で我に返った俺は、ヒュノとクエスタの方に視線を向ける。

 クエスタはヒュノの前に立ち、神妙な顔で王女の方を見つめる。

 ヒュノも眉間にしわを寄せている。


 馬車を降りきっても一向に頭を下げない俺たちを見て、兵の一人がイラつきを隠さずに俺らへ一歩近づく。

「貴様ら! 王女様の前で何という態度だ!」

 握られている長身の銃の銃口がこちらに向けられており、一瞬心臓が止まりかける。

「す、すみません!」

 俺がすぐさま頭を下げようとした時だ。


「私に頭を下げる必要は今のところないわ」

 凍てつくような、それでいてやさしい口調で王女は話す。

 

「し、しかし……」

「私がいいといっているのです。あなたのような一般兵が口出しできるものではないわ」

「……」

 王女の言葉で一歩後ずさりする兵。

 銃口はとりあえず上を向いており、助かったと思っておく。


 王女は俺の前に立つと、ゆっくりと話し始める。

 その言葉は、まるで子供をあやすようだった。


「初めまして、異世界人。私の名前は『アカス・デ・ウォイト』。この国の王女を務めております。

あなたに会えて光栄です。どうか、お見知りおきください」

 静かに頭を下げる王女……『アカス・デ・ウォイト』。

 俺もつられて頭を下げていた。


 正直、俺の頭の中は疑問符でいっぱいだ。

 なぜ王女が俺に会いに来たかもわからんし、なぜこうやって頭を下げているのかもわからない。

 ……早く終わってくれ。


 ゆっくりと顔を上げた彼女は、俺の後ろにいるクエスタの方を向くと、急に真剣な顔つきになり、背負っているレゥを指さす。


「彼女が、今回の竜騒動の原因ですか」

「……」

 唇をギリリと噛むクエスタ。彼女のこんな表情を見たのは初めてだ。


「はっ! どうやら、竜神族の少女のようで……いかがなされますか?」

 一般兵の言葉に目を閉じる王女。

 ……これ、もしかしてレゥが連れ去られる?


 その時、俺は前にクエスタから聞いた言葉を思い出した。

『えぇ……人間の奴隷を引き取ったら懲役です』

 これ、事情知らない人から見たら、レゥって完全に奴隷って立ち位置だよな……?


 あれ、これ、俺らやばくね!?


 事態のやばさを痛感した俺は一気に背中から冷や汗が噴き出る。

 死刑執行を待つかのように、王女の顔をびくびくと見つめる俺。


 すると、王女は表情一つ変えずに俺らにこう言い放つ。


「まあいいでしょう、今回のことはエジ帝国の秘密兵器ということにしておきます」

「え?」

 間の抜けた声を上げる俺。

 いや、罪に問われないのは助かるが……なんでだ?


 その疑問を残したまま、王女は話を進める。

「あと、その少女もお咎めなしとします。貴方たちのところで養ってください」

「あ、はい……」

 とりあえず助かった、ということか?

 俺は運がいいらしい。


「では、状況もわかりましたし、私は失礼します。ごきげんよう」

 王女は俺に一礼するとそのまま背中を向けて馬車へと戻っていった。


 そして、ペガサスが鳴いたかと思うと、そのまま兵とともに馬車が走り去っていった。


 草原に残される俺たち。

 無言の空間が俺らを包み込む。


 どんな言葉を発しようか。

 そう考えていた時に、クエスタが笑みを浮かべてこういう。


「純騎さん、姉さん、帰りましょう。レゥさんもベッドに寝せたいですし」

 どう見てもやせ我慢だ。

 俺はそう言おうとしたが、ぐいぐいと服の裾を引いたヒュノが首をゆっくりと横に振った。


 ……クエスタ、なにを隠しているんだ?


 その疑問を胸に、俺は家に帰ることにした。


~~~

 その日の夜。

 夕食の時間は、静かな夕食となった。

 

 クエスタは『簡単なものですませます』とは言っていたが、丸いパンと焼いた肉、そして付け合わせの野菜という普段より豪華な食事だ。

 

 食事はいつも通りおいしかったが、ヒュノもクエスタも言葉を発さずに終始沈んでいる。


「……」

 重苦しい。

 その感想しか出てこない。


 確かに、あの戦いでほぼ全力を使ったのは間違いない。

 でも、たぶん重苦しい原因はそれじゃない。


 クエスタ達は、何かを隠している……。

 俺はそう思った。

 俺には話せない、何かを……。


「……ごちそうさま」

 俺は早々に夕食を食べ終えると、そのまま部屋に戻った。


 いつもと変わらぬ部屋につく。

「ぬあー……」

 ベッドにごろんと横たわる。

 レゥは別室で眠っているから、今日は来ないだろう。


 今日は死ぬかと思った。

 竜神族の覚醒に、王女の登場に……。

 とてつもなく気疲れしてしまった。


「……ま、明日になればいつも通りになるだろ」

 俺はそう思うことにして眠りについた。

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