第17章 宝玉の導き

~~~

 ウィザの町は、大混乱だった。

 住人全員が外に出て、どこかへと逃げ出している。

 店もすべて閉まり、人っ子一人いないような感じすらする。


 そんな中、変わらず開いている場所があった。

 グリムの図書館だ。


 悲鳴を上げながら逃げ出す人々に眉を顰めながら、本を読むグリム。

 黒縁眼鏡の奥から黒い目がギロリと往来を見つめていた。


「えぇい、俺の日課を邪魔する気か」

 苛立ちの感情を隠さずに彼は立ち上がると、今まさに逃げ出そうとした、道端のがたいの良い男性の腕をつかみ、強い口調でこう聞いた。


「貴様、何が起こった。どうしてこんな馬鹿騒ぎをしている」

 男は突然の出来事に、細いグリムの手を振り払う事もせずに震えた声でこう答えた。


「しらねぇのか! きょ、巨竜だ! エジ帝国の奴らが攻めてきたと思ったら急に巨竜が姿を現したんだ!」

「巨竜……?」

「おおお、俺は戦わねぇぞ! いくら筋肉があるからって竜相手じゃ意味がねぇ!」

 そういうと彼は無我夢中に手を払い、どこかへと逃げ出していった。


「巨竜か……つまらん。創作のネタですら三流じゃないか」

 グリムがそうつぶやいて図書館に戻ろうとした時だった。


 先程まで何も置かれていなかった図書館のカウンター。そこに一冊の図鑑が置いてあった。

「ん……? これはあいつが読んでいた図鑑じゃないのか?

あいつ、王国秘蔵の本をこんなところに置きやがって……」


 彼がぶつくさと言いながら表紙をめくると、そこにはとある一ページが切り取られておいてあった。 

「何々……? 『竜神族、覚醒せしとき、大いなる試練起こらん。試練乗り越えられなきもの死に絶え、世界は竜のものにならん』だと……?」

 顔をしかめた彼が「くだらん」とつぶやいて図鑑を投げだそうとした時だ。


「待てよ……? 確か、さっきの男は『巨竜』と言っていたな……」

 そうつぶやくと、にやりと笑い、カウンター後ろにあるチェストボックスを開けた。

 魔法でコーティングしてあるそのボックスは、グリム以外の人の目には見えないような仕掛けになっている。


「確か、ここに竜神族の宝玉があったはず……。

 まったく、あのオヤジに貸しができるじゃないか。あの異世界人が……」


 心底めんどくさそうにぶつぶつとつぶやきながらごそごそと小さい体でチェストを漁ったかと思うと、「これだな」と、手のひら大の赤黒い宝石を取り出して図書館を後にした。

 

~~~


 何が起こったか、俺には理解できない。

 でも、確実に事態が悪化したことはわかる。


 突如全身が変化したレゥ。

 その目に正気はなく、怒りしか映ってないように見えた。


 もはや立ってるのですら精いっぱいの威圧感。

 俺の前に立っているであろうクエスタもヒュノも、足が笑っている。


「じゅ……純騎! もう一度なの!」

「あ、あぁ!」

 体勢を立て直し、俺は空気を胸いっぱい吸い込んで叫ぶ。


「レゥ! 聞こえるか! 俺だ!」

 純騎だ――― と言いかけた瞬間、竜がふわりと宙に浮いたかと思うと、思いっきり尻尾を頭の上まで上げたかと思うと、音速と間違えるようなスピードで、振り子の要領で俺のもとにたたきつけてきた。


「!!」

 俺が回避するより先にクエスタが俺を弾き飛ばす。

 彼女の手には 愚者の盾フールシールドが握られていて、それを自らの頭の上に構えていた。


 尻尾とシールドが激突した瞬間、バキッ と大きな音を立てて盾が崩れ去った。


 どうやらクエスタへの直撃は回避したみたいだが、尻尾がたたきつけられた地点には小さなクレーターが出来上がっている。


「大丈夫なの!? クエスタ!」

「は、はい、姉さん……」

 ヒュノの声にそう返したクエスタではあったが、俺の目にはかなり無理しているようにしか見えない。

 杖を落として片膝をつき、右肩を抑えている。


 立ち上がり、俺がクエスタに近づこうとすると、レゥがさらに飛び上がり、頭をこちらに向けたかと思うとそのまま急降下してきた。


「あぶねぇ!」

 火事場の馬鹿力 とでもいうのだろうか。

 衝撃波が出そうなほどの速さで急降下してきたレゥを、俺ら三人は間一髪かわすことができた。


 鋭く着地するレゥ。

 地響きが鳴り響き、俺の腰が抜ける。

 ……ほんっとにまずいな、これは!


「純騎さん! 大丈夫ですか!?」

「大丈夫なの!?」

 走り寄ってくるクエスタとヒュノ。


 直後、レゥが咆哮をあげながら右足で思いっきり地面を踏みつけた。


 地震かと思うほど地面が揺れ、一瞬体が宙に浮く。

 

 地面にたたきつけられしりもちをつく俺に、走って肩を貸してくれたクエスタと、矢を構えるヒュノ。


 俺らとレゥ。にらみ合いが続く。

「……なあ、ここからどうするんだ? 俺ら……。

 説得はききそうにないぞ……?」

「……逃げるしかないなの」

 俺の問いにヒュノの口から放たれた言葉。

 正直、最悪にして最後の方法だ。


 ぎりりと奥歯をかみしめ、逃げる体制をとる俺。

「純騎さん、私がサポートします。逃げましょう」

 俺はうなづくしかないような気がした。

「あぁ、逃げるしかない……」

 俺が、そう言いかけた時だ。


 ―貴様、この程度であきらめるのか―


 翼の音とともに聞こえてきた声。

 その声はどこか幼く、どこか渋かった。


 レゥと俺らが声の聞こえた空を向く。

 そこには俺の知らない生物がいた。


 格好としては全身真っ白で、肩のあたりに大きな白い羽が生えている。

 鬣は蒼く、澄んだ空の色だった。

 その生物にまたがっているのは青と白のストライプの長袖を着て、白衣を羽織る少年だ。

 彼は右手に何かを持ちながらこちらをにやにやと眺めていた。

 

「お前は……図書館の管理人!」

「まだにらみつけられる余裕があったか、あのオヤジにペガサスを借りた甲斐がないな」

「って、んなこと言ってる場合か! 気を付けねぇと……」


 俺の声が終わるより先に、レゥが口を大きく開け、火球を錬成し彼のもとに放つ。

 彼はいとも簡単にペガサスを駆り、なんなくかわしていく。


「何しに来たなの! グリム! 危ないから帰るなの!」

 叫ぶヒュノ。

 図書館の番人……『グリム』は、ギロリとにらみつけた後に、俺の上空に馬を誘導し、そして、


「異世界人! 受け取れ!」

 と、空中で右手をはなした。


 彼の手元から、赤黒い何かが落下する。

 俺がわたわたとしているうちにクエスタが落下地点に入り、そのままスッとキャッチした。


「異世界人! それを使え!」

「えっ、どうやって……」

「んなもん自分で考えろ!」


 グリムはそう叫ぶと、飛んでくる火球をかわしながら街の方へと戻っていってしまった。


「純騎さん、これ、渡しておきますね」

 クエスタから手渡されたのは、赤黒い宝石のようなもので、大きさは手のひらくらいだ。

 これを、どうしろっていうんだ……?


 レゥはグリムを追うのをやめ、ギロリとこちらを振り向くと、そのまま体をひねり、右の翼をこちらに向かってたたきつけてきた。


「!!」

 地面がえぐれ、土が舞う。

 クエスタがとっさにシールドを錬成し、衝撃を抑えてくれたおかげで俺たちはその場にとどまることができた。


 って、そんなこと言ってる場合じゃない!


「おい、ヒュノ、クエスタ……! 俺、これをどうすれば……」

「……私にも、わかりません」

 クエスタが首を横に振る。


 心臓の音が速くなる。

 死にたくない……その気持ちが俺の中で強くなっていく。

 ……ミーサの時と一緒だ。


 あの時から、俺は一歩も……。


「『竜の魂、宝玉に宿る。魂と抜け殻あわさりし時、正気を取り戻さん』」


 矢を構えながらそうつぶやくヒュノ。

「姉さん、それって……」

「私さんが覚えてた竜神族に関する文面なの……」

「……ヒュノ」


 グルル…… と口から炎を漏らし、こちらをにらむレゥ。

 直後、天の果てまで響く咆哮をあげた。


 それを合図にしたのか、ヒュノが下がり、

 

「クエスタ!三属性の星々トライアングル・スターを使うなの! 純騎は後方で待機!

私さんの合図のあとに額のレゥにその宝石をぶつけるなの!」

 と叫んだかと思うと極太の矢を作り出してそのままレゥに向かって走り出した。


「……純騎さん」

 不安そうな表情で俺を見つめるクエスタ。


 確かに俺も怖い。正直、今すぐにでも逃げ出したい。

 でも、俺はレゥを救いたい!


「俺はやるぞ……! クエスタ! 援護を頼む!」

「は、はいっ!」

 俺は震える足に喝を入れ立ち上がるとヒュノの言った通り後方に下がる。

 それと同時にクエスタが杖を構え、魔方陣を展開して詠唱を始めた。


「『今宵、私たちは天・地・水、すべてを生み出す……』」

 辺りから青白い光がクエスタの杖に集まっていく。

 ヒュノは持ち前の素早い動きを生かし、レゥを翻弄していく。


「……待ってろよ、レゥ!」

 ギュッと宝石を握りしめ、俺はレゥの方を向いて立ち止まった。


 レゥはクエスタを目の前に据えながらもヒュノの矢をかわし、巨体を叩きつけ、火球を放っている。

 ヒュノはすべて間一髪かわしつつも矢を連射し、少しずつではあるがレゥに傷をつけていく。


 俺は威圧感に耐え、そしてヒュノの合図を待つ。

 右手は、宝石を痛いほど握りしめていた。


 あれから何分が経過しただろうか。

 いや、まだ五分ほどしか経過していないのだろうが、俺にとっては無限の時間のように感じられる。

 

「ゴアアアアッ!」

 しびれを切らしたレゥが、上空に飛びあがり、尻尾を大きく振り上げた。


 ――また尻尾を叩きつける気か!


 俺も支援に入らなければ……!

 そう思った俺はロケットランチャーを錬成しようとした。

 その時だ。


「『万物万象私の手の中に! 三属性の星々トライアングル・スター』」

 クエスタの唱えた魔法が炸裂。

 レゥの両翼に上空から降り注いだ色とりどりの星が激突する。


 レゥは悲鳴を上げながらバランスを崩し、地面に叩きつけられた。


 フラフラとレゥが起き上がろうとした直後、細い矢を複数本構えたヒュノが上空に矢を放つ。

 青白い軌跡を残しながら放たれた矢はレゥの上空まで登ったかと思うと八方向に分裂し、そのすべてが地面に突き刺さった。


 矢が残した軌跡は強靭な網となり、レゥを捉える。

 

 地面に縛り付けられ、もがき苦しむレゥ。


「……捕獲成功なの!」

 そう叫んだヒュノはこっちに向かって向かってくるように手を振る。

 きっと、これが合図だ。


「純騎! これは一日一回しか撃てないなの! 早くこっちにくるなの!」

「おう、分かった!」

 こぶしをぐっと握りしめた俺はレゥの方に向かって走る。


「レゥ、もう少しだからな……」

 俺はそうつぶやきながら全力でレゥに近づく。


 あと少し、あと少しで彼女を助けられる……。

 

 息が上がり、足が震えながらもその思いだけで俺は動いていた。


 目標まであと少し。

 決意が希望に変わった。


 その直後だった。


「グルゥォオオオォォッ!」

 雄叫びと共に地面が燃え上がる。

「うわっ!」

 何かの衝撃波で倒れる俺。


 そして、炎が消えた先には……。


「…………」

 ぎろりとこちらを睨みつける立ち上がったレゥの姿があった。


「嘘だろ!? だって、さっきもがいてた……」

 俺が慌てふためいた直後だ。


 レゥの左翼が地面にたたきつけられた。


「なのっ!?」

 風圧で吹き飛ばされるヒュノ。

「姉さん!」

 それを走って受け止めたクエスタ。


 そんな二人には目もくれず、レゥは俺をジッと睨みつけている。


 後方から声が聞こえる。

 ヒュノの声だ。


「純騎! 作戦は失敗なの! 私さんたちは早く避難するなの!」

 やけに早口で、冷静さがない声だ。


「……」

 いつもの俺だったら、逃げていたかもしれない。

 いや、逃げていた。


 でも、今の俺は……。


『純騎、さん、ですね』


『純騎に……服、選んでほしい……』


『……やった。純騎、また選んでくれますか?』


 彼女の言葉が頭をめぐる。

 嬉しそうな彼女の表情が脳裏に浮かぶ。


 俺は……俺は……。


 俺は、レゥを守る!


 片膝を突き、地面に両手を突いて俺は叫ぶ。


「無限錬成! 『断崖絶壁』!」

「ちょっと、純騎さん!」


 クエスタの声をかき消すように、地面からレゥの二倍以上の高さがある崖が出現した。

 目下にはレゥの姿が見える。


「……」

 風を浴びて俺は目を閉じる。


 もう、この命が散ってもいい。

 レゥを救えるなら、安いものだ。


 ……クエスタ、ヒュノ、後は任せた。


 目をカッと見開き、そのまま飛び降りる。


 レゥがこちらに顔を向けた。

 それが狙いだ。


 落下スピードは十分。あとは、奇跡を信じて……。

 いや、奇跡を起こす!


「レゥゥッ!」


 叫びをあげ、宝石を握りしめた右手を前に構えた。


 そして……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る