第15話

【勇者でも魔王に恋がしたい!】


十五話


ルシファーはベリアルの背中に隠れるように下がると、ベリアルが俺らの前に立ちふさがる。奴らは余裕のある笑みを浮かべていた。


「マルク。ほらよ。お前の剣だ」


ライドンさんが二つ剣を放ってくる。受け取ると、片手剣を腰、ライトブレードを背中に装備した。

でも、俺も魔王になったんだ。魔法が使える。奴に有効打が打てる。

魔法で作った炎を頭上へと持ち上げ、打ち込もうとした時、突如としてそれは落ちてきた。

ギリギリで避けると、自分のさっきまでいた場所には大きな穴が開いていた。


「ちょっと!なにしてるのよ!」


バニラが平手で頭を叩くと、パチンと大きな音が鳴った。


「痛った!いや、俺でもわかんねえ……」


魔法が操れないだと?

いや、確かに使える。俺はまた詠唱に入ると、今度は扱いやすい小さいのを出して打ち込もうとするが、また俺の言うことを聞かずにこっちに向かってくる。


「な、なんで……?」


「ふふ……ふははははっ!!」


ベリアルが腹の底から盛大に笑った。その後ろでは、ルシファーもクスクスと笑っている。


「……何がおかしい?」


「……勇者、今呪われてるわね」


アンナが敵を絞め殺すような目を見ながら、そう言う。別に見られているのが俺という訳でもないのに怖い。


「とりあえずここは私がどうにかするから、ミカエル頼む」


「……わかったわ」


ミカエルはそう言って、俺の手を掴むと引っ張るように歩く。

暫く歩いて敵と仲間を目視できるが、襲ってこれないくらいの距離まで離れると、ミカエルさんが言った。


「さあ、治すからここで横になって」


言われるがままに、石畳の上にうつ伏せになる。


「じゃ、動かないでね?」


「あぁ……」


すると、彼女はゆっくりと呪文を唱え始めた。それは肩の荷が下りるような、マッサージされているような感覚だった。


「……ねえ、マルク」


「……ん?どうしました?」


気持ちよいので、目を瞑りながらこたえる。


「……アンナとバニラ。真剣に考えてあげてね」


俺はなにも答えることが出来なかった。考えることを放棄していた俺に、本当にそんなことが出来るのだろうか?


「……さあ、終わったわよ」


その声でゆっくりと腰を上げ、俯いて考える。

二人共、俺には勿体ないほどいい奴らだ。

バニラはうるさいし馬鹿だが、仲間のことを考えられる優しい奴だ。

アンナはとにかく可愛いし、むちゃくちゃタイプだ。なにより俺に代わって仲間を助けてくれた。

でも、これは恩を感じているだけで、ただの勘違いなのかもしれない。

バニラのあの本気の眼差しも、アンナとの出会いの時、心臓が高鳴ったそれも、違うのかもしれない。

わからない……好きってなんなんだろ?


「マルク!避けて!」


そんな時にバニラの声が鼓膜を揺らした。

顔を上げると、フォークのような大きな武器が、目と鼻の先にあった。

そこからはスローモーションに見える。

前にもこんなことがあった。ベルゼブブとの戦いで死を覚悟した。

別に死ぬのは怖くない。そう思っていたのに、今は何故か違った。

この土壇場であの美しい笑顔が頭に浮かんできたのだ。

彼女のために生きたい。と、心の底から思えた。

これが“好き”という気持ちなのかはわからないけれど、二人にはこの戦いが終わったら、この素直な気持ちを伝えよう……まだ、言葉になるかもわからないこの気持ちを……!

ギリギリで横に身体を滑らせる。直撃を避けれたものの頬が焼けるように痛い……多分掠ったんだろう。


「……あ、危ねぇ」


「ちっ!」


やつは小さく舌打ちして、少し後退すると、ほんの少しやつの足が揺らいだ。


「アンナ、一緒にあいつに魔法を打ち込んでくれ!バニラ、ライドンはもう一匹を。ミカエルは後方支援を頼む!」


「あぁ。わかった」


そういうと、アンナは頭につけている大きなリボンを外した。二人で一気に呪文詠唱に入り、俺らの魔法はベリアルを一気に炎で包み込む。

もう一匹は、バニラとライドンさんで抑えているので問題ない。とりあえず、こいつをサクッと倒せば……

次々と打ち込んでいき、そこが爆煙に包まれる。


「やった……か?」


「……ふふ。この程度か?」


その黒炎の中、シルエットが浮かび上がってきた。


「元魔王と現魔王の最上級魔法をもらって、まだ立っているだと……?」


「ば、馬鹿な……」


アンナも唖然とし、口をぽかんと開いていた。

その中から出てきたやつは、さっきの大きな怪物ではなく、真っ白な肌に長すぎる手足、頭からは二つの大きな角、背中から生える大きな白い羽根、さっきはお相撲さんってくらいだった体は、モデル並みにスマートになっていた。


「第二変形ってやつか……?」


そして、その長い腕が伸び、煙幕の中から飛んできた。


「きゃっ!」


捕まる寸前で回避したので、俺は大丈夫だったが、横のアンナがもう片方の腕に掴まれていた。


「アンナ!」


軽々と彼女を持ち上げて、首を絞める。

助けたい。その一心で無我夢中に、爆煙の中に火を放つ。

それはなぜかあいつに当たる寸前に、方向転換し、こちらへと向かってきていた。


「ま、魔法も返してくるのか!?」


なら、どうすればいい?物理も魔法も効かないなんて……

いや、今はそれどころじゃない!アンナを助けないと!

剣を抜き伸びた腕に切りかかると、やつの手はアンナから離れ、引っ込んだ。


「……なんで逃げたんだろ?」


「ケホッケホッ……」


「大丈夫か!?」


駆け寄ると背中をさする。


「……あ、あぁ。ありがとう」


彼女はそう言ってやつを鋭い目で睨む。


「……多分だが、物理攻撃なら効くはずだ」


ライドンさんとバニラも結構苦戦してるらしい。なら、ここは自分がやるしかない……


「腹を決めろ。勇者だろ!」


自分の頬を二度叩き気合を入れ直し、弱気になってる精神に喝を入れる。そして、アンナに言った。


「アンナは二人の方を頼む……ここは任せて行ってくれ」


「……わかった。また後でね」


俯き、少し悩んでからそう言うと、二人の方に行った。


「ふふ……お前一人でどうにかなるとでも?」


不敵に笑ってやつはそう言う。


「……お前なんて俺一人で十分だ!」


剣を構えるが、不思議と身体の震えはなかった。体は軽いしやれる。やれる気しかしない!


「くっ……」


なんて意気込んだはいいものの、倒すどころか避けるのがやっとだった。


「その程度か?」


やつは笑いながらも遠くから伸びる腕を使って、攻撃を無数に繰り出してくる。スピード、威力共にかなりのものなので、モロにもらったら終わりだ。

一番の問題はリーチの違いだ……魔法を打ちながら接近とかはできないし、奴の攻撃には隙がない。避けること以外を選択すれば確実に貰う。これ以上近ずいてきたら避けれないまであるなこれ。

拳銃を向けられた剣士のような感じだ。フィクションでもない限りこんなの無謀すぎる。

もう、攻撃なんて捨てる。そこからは避けることだけに集中するが、やつはこっちの表情を見ながらニヤリと笑って、こっちに少しだけ近づいてきた。早すぎる攻撃スピードに追いつけない。


「ぐっ……」


「どうしたどうした?避けることしか出来ないのか?」


「クソ……」


ミカエルさんの援護はあるにせよ、体力ゲージがあったら、もうミリくらいしか残ってないくらいに追い込まれていた。

そんな時、気持ちの悪い悲鳴のようなものが聞こえた。

どうやら、あっちは片付いたみたいだ。


「……全く遅いぜ」


「待たせたな……マルク」


彫りの深いおっさんが、こっちに来ながらそんなことを言う。本当に遅すぎる。死んじゃうぜ俺?


奴は一人が倒れたからか、さっきまでしていた攻撃を止め、少し俺らから距離をとる。


「……で、状況は?」


「見ての通りだ……」


やつはまだピンピンしてるというのに、俺はというとボロボロだった。


「まるでボロ雑巾みたいね!」


「うっせ!馬鹿!」


「……そろそろふざけるのも終わりらしいぞ」


身体が痛い……切り傷、打撲が身体中にでき、そんなのは子供の頃に良くしたので慣れているのだが、一番ひどいのはもろに食らってしまった腹部の打撲だった。痛みで変な汗が止まらないし、さっきからズキズキと疼きやがる。

そんな傷を抑えながら、顔を上げるとベリアルは羽を使って空に飛び上がると、こちらへ体当たりする勢いで接近してきた。


「……闘牛かよ」


「ここは任せろ!」


そう言うと、ライドンさんは大きな盾を取り出し、俺らの前に立つ。

あの人、正面から受け止めるつもりだ。


「ライドンさん!!無茶だ!」


傷のことを忘れ叫ぶ。俺の声が届く前に、ライドンさんの盾と奴は衝突した。

鉄と角か激しくぶつかり、ボロボロの部屋中に音が響く。


「うらぁぁぁぁ!」


ライドンさんの声が轟く。

そして、パリンと盾は弾けたが、やつの勢いを殺した。


「今だ!やれ!」


「でかい相手にはでかい剣だよな!スイッチ!」


ライトブレードを取り出し、一気に切り込む。やはり物理攻撃なら効く!腹に一太刀入れている間にアンナは言った。


「なら、私の出番ね!」


目にも止まらぬスピードで、足にある関節にナイフで攻撃を仕掛けていく。


「ぐっ……」


さっきのがいい所に入ったのかやっと、奴が隙を見せた。


「ミカエルさん!強化頼む!」


すると、力がみなぎってくるのを感じる。ここで一気に決めるぞ!


「うらぁぁ!!!」


切り刻み、最後に大剣は奴の腹を貫通した。ひとひねりしてから引き抜く。


「……馬鹿な。この俺が敗北するだと?」


やつが独り言のように呟くと、崩れ落ちると地面に手をついた。


「終わりだぁぁ!!」


そこに追い打ちをかけ、背中から剣を刺すと、やつはけたたましい悲鳴をあげて消えていった。


「……やった!やったぞ!」


「……当然ね」


「やったー!!勝った勝ったー!」


大はしゃぎしてる声が遠くに聞こえる。……よかった……勝った……でも、あれ?なんで地面がこんなに近いんだ?


バタッ。


「マルク!?」


「どうした!?マルク!」


「ミカエル!どうにかして!」


「任せて……回復させてみる」


真っ暗の中、そんな声は聞こえてきていた。立たないと……立って、あの二人に……言わないと。


続く……

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