第12話
【勇者でも魔王に恋がしたい!】
十二話
バニラ、ライドンさんと、この違和感のことについて語ることにした。
「なぁ、少しだけ確認いいか?」
「……なんのだ?」
俺が問うと、ライドンさんは難しい顔をして言った。数日の間、寝ていた彼に聞けることはあまりないが、とりあえず事実確認だよな。
「まずはここに来た経緯についてだ」
「ん?バニラが倒れたからってここに来て、すぐにあの医者に治してもらったんだよな。何かおかしいか?」
「……俺の記憶とは誤差があるな……なんでライドンさんは倒れたんだ?」
そう訊くと彼は少し考えこむ。
「……なんでだっけ?」
バニラも難しい顔をして考え込んだが、やはりわからないらしい。
彼らはどうやら覚えてないらしい。
「俺の記憶が正しければだが、俺らはここに来てあの医師に会った。でも、バニラが重症だから治すためにいる鍾乳洞の欠片を手に入れるために、鍾乳洞のある場所まで行き、その欠片を手に入れて帰ってきたんだ。俺はその時、倒れちまったが、ライドンさん、ミカエル、アンナは無事だったはず」
「へー」
二人してボケーッと俺の話を聞いていた。バニラの記憶が無いのは仕方ないことだ。だって当事者だからな。でも、ライドンさんはその現場まで来てるんだ。ライドンさんは覚えてないとおかしい。どう考えてもおかしい。
こんなことをして得するのは魔物だけだろう。でも、今は魔物がいない。
「……なら、ベルゼブブはまだ死んでないってことか?」
「……ベルゼブブ?それ、お前の言ってたあと三匹の残党の中にいたやつだよな」
「あぁ。そうだ。そこに行った時に倒したはずなんだがな……」
でも、倒してないってことになれば話は別だ。倒してないということならば、このライドンさんの記憶のズレにつじつまがあう。
俺は気を失っても、近くで起きている事くらいならわかるのだ。なんせ勇者だからな。
「ねね、マルク。そういえばさ、この街も少し変じゃない?ココの料理もそうだし、鍛冶屋もおかしいよね?」
「確かにそうだな……俺らの装備は直しにくいはず……」
多分ベルゼブブは俺らにバレないようにか、街をまるまる変えた。そんなことはそう容易く出来るものではない。魔法の有効範囲なんかを考えると、この街の中にいる。
それも俺らの近くにいる人だ。理由は簡単、それ以外に街に侵入する方法がない。なら、仲間に化けてる可能性が高いか……最近ちょっと変わった人……
「あっ!」
すぐさま館から飛び出すと地図を開いた。
俺の予想が正しければ、ミカエルさんとアンナは一緒にいるはずだ。
「……やはり、そうか」
俺はすぐに茜色と藍色が混じり合うそんな黄昏時に街を駆け抜け、街外れの森の中にいた二人の方へと無我夢中で走っていた。
「アンナ!!今すぐ俺の方に走ってこい!!」
「……え?」
彼女は間抜けな声を上げる。
「……ふふ。バレたなら仕方が無いね」
奴は無防備なアンナを後ろから羽交い締めにし、怪しく微笑んだ。
「えっ?な、なに?離してよ。ミカエル」
「ごめんね魔王。僕が君らの知ってるミカエルってのは嘘だ」
「とにかくアンナを離せ!」
アンナを取られた以上何も出来ないが、精一杯の虚勢を張る。
「……それは出来ない相談だね。勇者君。だって離したら僕を倒しに来るんだろ?」
「……そんなことはしないさ。俺は出来れば穏便に済ませたいと思ってる。だから、アンナを離してくれさえすればなにもしない。だから、本物のミカエルさんとアンナを離してくれ」
剣を地面に置くと、両手を上げて敵意がないとアピールする。
「仲間想いな勇者様だね。ははっ!ならいいよ。離してあげる。そんなに睨まなくても二人は無事に送るよ。でも、その代わり条件だ」
「……なんだ?」
「僕と一対一のタイマン勝負しようよ。で、僕が勝てばこの二人は殺すし勇者様も死ぬよ。僕が勝てばこの二人は解放するし僕も死ぬ。どう?ウィン・ウィンの関係って奴じゃない?」
「……わかった。俺には断る権利はないみたいだしな」
「察しがいいね!断ることがあれば二人とも僕が殺しちゃってたしね」
ニヤリと不気味に微笑んで奴は「じゃ、時間は明日の午後二時、場所はここから西にあるガイア決闘場で。武器や装備品は自分の好きな物でいいよ。それでは」
そう言って奴は片手を前に出すと、黒いもやもやしたゲートのようなものが現れ、アンナを抱えた奴はそれを潜ると二人は消え、それは消滅した。
「……クソ。二人を離すんじゃなかったのかよ。約束と違うじゃねえか……明日の午後二時。それまで待ってろよ。絶対に仲間はもう失わねえ。……あんな思いはもううんざりだ」
もう、闇に染まった空に手をかざし、力を込める。
英気を養うために俺は早めに宿に戻ると、万全な体調にするためにご飯後に、ストレッチやらをこなし、風呂に入って疲れを取ってから眠る。
そして、俺は一人。ライドンさんとバニラには何も言わずに西の方にあるガイア決闘場まで向かう。
迷惑までかけるつもりは無い。これは俺一人で勝手にやったことだ。
目的地らしき丸いドーム型のそこは野球場みたいなものだった。
ご丁寧に「選手入場口」と書かれた場所からゆっくりと入っていくと、そこには選手の控え室だろうか4、5人まとめて着替えれそうな部屋があった。ソファーや試着室みたいなものもしっかりと完備されている。
「まあ、いい。必要なものしか持ってきてないからな」
細い道が中に続いているので、そこを通って行くと、明るい場所に出た。
「はーい!!皆様お待たせしました!!全世界の平和を守るために立ち上がった世界の希望!!勇者マルクのご登場です!!」
すると、よく分からない歓声の中、会場のド真ん中にある石畳のようなものの中に足を踏み入れた。
一体何が起きてるんだ?辺りを見回すと観客席のような場所に、人がびっしりと見えた。
「そして言わずもがなこの僕、ベリアル様の右腕と歌われた毒の使い手!!ベルゼブブ!!」
自分で言って恥ずかしくないのかはわからないが勝手に自分で自分の紹介をし、それでも歓声が上がった。
そして、正面からやつは現れた。
「やあ、勇者君」
「……なぜお前はミカエルさんの格好のままなんだ?」
「え?あ、そうか。いつまでもこの人の体を借りてるわけにはいかないしね」
そう言うとミカエルさんはパタンと倒れて、まるで抜け殻のように動かなくなった。
俺は走ってそれに近づくと、腕に指を当てて脈を確認する。
「……ある。よかった……」
胸をホッとなでおろすが、そうもいってられないみたいた。
敵はまた前と同じ姿で現れた。
「なぁ、ベルゼブブ。とりあえずミカエルさんを安全な場所に移してからでもいいか?なに、逃げたりなんかはしないさ。まだアンナもいるしな」
「いいよ。そのくらいはね」
俺は彼女を抱き抱えると、ステージ端の方に移す。
そして、剣を鞘から取り出した。不思議と手の震えはなかった。これ以上ないほどリラックスしている。
「いいね。やる気だね。じゃ、僕も」
そう言って奴も剣を抜いた。前に俺にトドメを刺そうとしたサーバルだ。そして、もう片方には細剣らしきものをつけていた。……二刀流か?
こっちには特に何も無いだろう……いや、二つとも毒が塗られてる可能性が高い。なら、攻撃はもらえないな。
じとっとこめかみあたりを汗が伝う。そして、睨み合う。
やつがニヤリと笑った。
「舐めんなぁ!!」
俺が剣を振りかざすが容易にやつは避け、片手をこちらに出して手招きのようなことをする。
キンッキンッ!と、刃と刃が重なり合う。
「なかなかやるじゃねえか……」
「勇者様もね……」
剣術はほぼ互角。やっぱ魔物とかが居ないし少し鈍ったか?
「すきやり!!」
鎧に少しだけ剣が触ろうとするが、それをギリギリで仰け反り交わすと、そのまま地面に手を付き、ブリッチのような状態になる。仰け反った勢いを使ってバネのように体を縮ませ、一気にそれを伸ばすと、奴に蹴りをかます。
「くっ!」
それは綺麗に腹に入った。
「……体術はまだまだみたいだな」
「……少し油断しただけですよっ!」
そう言って笑って剣を振りかざしてくる。
やはりこいつ剣術はかなりのものだ。隙がない。だが、それは剣術だけだ。
「うりゃあ!!」
剣で切るように見せかけ、投げるようにして、やつに飛びかかると押し倒して絞めにかかる。とりあえず暴れるやつの腕からサーベルを吹っ飛ばし、やつは逃げようとするが俺もそんなことを許すほど甘くはない。
そういえばこいつレイピアなんか持ってたし、あとそれだけ排除すれば……
俺がそいつを遠くへ空いた片足を使って蹴り飛ばそうとすると、そのレイピアがぐにゃりと形を変え、ひとりでに襲いかかってきた。
「あぶねっ!」
ギリギリで避けて三歩ほど後退すると、もう俺の取り押さえていた奴は動かなくなっていた。代わりにレイピアがその上に浮いていた。
「ははっ!さすが勇者だ。やるねえー」
「……お前の本体はそれか?」
「まあねー。正直驚いたよ。僕の姿までバレちゃうなんて」
そして、その言葉を聞いた時、ふらっと立ちくらみのようなものに襲われた。
「……なんだ?」
そう言ってその場に膝から崩れ落ちる。手を地面につき、自分の手の甲が見えた。そこにはうっすらと傷がついていた。
しまった……さっき、ちょっと触れちまったのか。
「……どうやら、決着はついたみたいだね」
「まだ……まだだ……何も終わっちゃいない。勝負はこれからだろ?」
「おー。凄い。まだ立ち上がれるんだ。でも、そんな状態でどうやって戦うのかな?」
なにかをやつが言っているが、言っているかはわからない。
集中するんだ。研ぎ澄ませ……
視覚も聴覚も嗅覚もいらない。敵の殺気をだけを感じるんだ。
「あはっ!もう目も見えないでしょ?隙だらけだね!じゃ、ここ!!」
俺の体をいたぶるように切りつけてくる。
「ここ!ここ!ここ!ここぉ!!」
痛みはあるが、この際傷なんてどうでもいい。確実な殺気を持っている攻撃だけ狙え。それを確実に捉える!
「ふふ。じゃあね。勇者!トドメだァァ!!」
「見えた!」
「なに!?」
「……甘いな。勇者は隙なんてない。お前にはそれを教えてやるよ」
レイピアの先端を片手で掴むと、捻りあげる。
「ぎゃぁぁぁ!!!」
断末魔と共にポキッと木の枝みたいなものが、折れたような音がした。
「……やった。勝った」
それも束の間、俺はその場に倒れた。
死ぬのかな?まあ、でも二人は助けれたし、俺なしでもあいつらは十分に強い。なら、問題ないよな。
「……後は……頼む……ぞ」
****
「……ク!……マル……」
なにか聞こえる。でも、身体が動かない。動く気もしない。というか動きたくないや。
「マルク起きろってんだろ!?」
頭に揺れるような衝撃が走り、仕方なく俺の脳が痛覚によって勝手に覚醒した。
「っ痛えから!!なんなの?馬鹿なの死ぬの!?というか死にかけてる人になにしちゃってんの!?」
「結果、生き返ったでしょ?感謝なさい?」
うわぁ。いい笑顔のクセして、超絶スパルタ鬼畜ぅ……
これで死んだら一生恨んでやるところだったがな。というかいつの間にか観客が居ない。あんなにいたアイツらは何処に行ったんだろうか?
まあ、あいつの見せた錯覚かもしれないが、もうあのレイピアはへし折られている。もうことの顛末はわかることはない。
「まあ、まだかなり痛いけど……」
周りを確認しつつもそう答えておくと、彼女はため息をついた。
「はぁ。あっそう。あいつ、なかなかやったんだね。私の中に入り込んできたやつだし」
「……まあ」
さっきの「中に入り込む」という、卑猥すぎる単語にときめきかけたが、皮肉っぽく言う。今は毒っぽいズキズキした痛みなんかはない。あるのはさっきの衝撃で受けた頭痛のような痛みだけだ。
「というか、アンナ……アンナはどこです?」
「え?知らないけど……というかさっきあそこで私も起きたところだし、というかここどこよ?」
「色々聞かないでください……アンナの無事がわかればそのへんは話しますから」
「……まあいいわ」
それからすぐに行ってない場所を探すと、案外早く彼女は見つかった。
奴の出てきた方の待合室のようなものの中に行くと、自分の出てきたところと全く同じものになっていた。そして、入ってすぐ右の二人掛けのソファーに彼女は横になって眠っていた。
「……ちょっとその犯罪者じみた目で、幼女を見るのはかなり客観的に見てやばいわよ。というか、警察呼ぶわね」
うわぁ。すっごい良い笑顔。
「ち、ちょっと待って!保安官はいたとしても、警察なんていませんし呼ぶもんもないでしょうが!」
「……ん」
彼女は可愛らしい声を出してうーんと伸びた。
そんな動作ひとつで心臓が口から飛び出るくらいにテンションが爆上がりしたが、横の人の目が痛い。痛いってどころじゃない。というかなんで槍を手に持ってニッコリ笑ってんだろ?別に何もしてないんですけどね。
「起きたか?」
「……ん?マル……勇者?」
目を擦りながら体を起こし、こちらを涙目で見上げる。
……これやばいや。
「マルク?」
凄いいい笑顔なのに、なんでそんなに低いトーンんの声が出るんだよ。
「いやいや、まだ何もしてないですよ?……いや、違う。欲しがりません大人になるまでは!」
「ふふっ。じゃ、告白したので有罪ね」
おっと意味のわからないギルティ判決。告白はしたけどさ、まだ答えもらってないし、いつか教えてくれる日を待つかな。
「……ここはどこだ?」
彼女はまだ寝ぼけているのか、緩んだ表情で辺りを見回したあとに訊いてきた。
「ここはガイア闘技場ってところだ。今はとりあえず街に戻ろう。敵は倒したが俺の毒が消えたという訳じゃないしな」
そして、あんなに手を差し伸べようと一歩踏み出したところで、クラっとさっきと同じような感覚に襲われた。
「あ、やべ……」
倒れた時ガサッと音がしたが、今はそんなこと関係ない。身体を起こさねば。
もにゅ。手に力を入れると、そんな感覚が手の中にあった。指を動かすと柔らかなこの気持ちのいい感触……
確かめるためにもう一度手を動かす。
もにゅもにゅ。
柔らかいなぁ。なにこれ。ずっと触ってたいレベル。
「……な、なぁ勇者……なにをしてるんだ?」
目を開きとりあえず状況を確認する。
俺の手はアンナのそれなりのボリュームのある胸に鎮座していた。外見は子供っぽいのになかなかのものだ。
後から猛烈な殺気を感じる。
「い、いや……これは……なんというかその……」
「死刑ね。というか死ねっ!」
槍が俺に向かって一直線に襲かかる。アンナを抱き起こして、なんとかそれを当たる寸前で回避する。
「……本気で殺す気ですか!?」
「ミカエル気にするな。そんなことより街に帰るぞ。ついでに勇者。お前の魔力も常人並みに低くなってる。大丈夫か?」
「……あいつに毒受けたからな。でも、街に戻れば解毒剤あるし大丈夫……大丈夫……だ……」
「ちょ、マルク!?マルク!?」
****
気付くと俺は白い天井を見上げていた。ここはあの館の個室だな。
「……ということは、まだ俺は生きてるのか」
にしても、吐きそう。頭ガンガンするし二日酔いみたいだ。今朝呑んだっけ?いや、違うか……
ノブに手をかけ開くと、なぜか部屋の真ん前にバニラが立っていた。
「あっ……」
「……お、おう。どうした?」
「……一人でまた勝手に無茶したよね?」
「……さあ、どうかな?」
心当たりは……あるな。といえど俺が死んでも問題はないだろうけどな。
「もうっ!殴るよ!」
頬をプクゥっと膨らませて拳を作る。本当に冗談でも冗談じゃなくてもやめて頂きたい。本当に死んじゃうから。仲間の手で死ぬ勇者とか俺見たくないからね?そんなの需要ないからな?
「……まあ、善処するよ」
「絶対だからね?約束だよ!」
俺は片手をあげてとりあえず談話室のような場所に行くと、そこには俺の守りたかったもの。仲間達がなにをするわけでもなくダラダラとしていた。よかった。みんな生きてる。
よかった。みんな生きてる。
街も元はどうかわからないが、少しだけ変わっていた。
ここもあの館という訳ではなく、いや、部屋なんかは全然変わらないのだが、少しばかり古ぼけた屋敷になっていた。
これでよかったんだ。俺しか傷つかないならそれでいい。
「おはよ」
なぜか挨拶は帰ってこず、代わりに睨むような強い視線を浴びせさせられた。
続く。
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