第5話

【勇者でも魔王に恋がしたい!】


五話


まだ負傷したままではあるが、事態は一刻を争うらしいので、日があけたら旅に立つことになった。もう、足踏みなんてしてる暇はない。平和はすぐそこにあるのだ。


「じゃ、行きましょうか!」


バニラの怪我はすっかり治り、いつものあの煩いくらいのハイテンションに戻っていた。


「そうだな!がっはっはっはっは!!」


ライドンさんのゲラゲラといった笑い声が城前で響く。これ、初めてここに来た時もやった気がする。


「…………はぁ。早く行きましょ。今だってどこかしらの街が壊されてしまうかもしれないのよ?」


「そうだな!やってやるか!」


「…………いくぞ」


俺の一言でみんなは気合の入った掛け声を、各自あげる。

そしてまた、俺らの冒険が始まった。


*****


「アンナ。で、どこら辺にあいつらの本拠地があるんだ?」


出発してまもなくのこと、先頭を進んでいつも通り歩いていたが、目的地がどこかを設定してなかったことに気がついた。


「……魔王城から見てひたすら北ね。そっちに膨大な魔力の反応を感じる」


「そっかー。じゃ、このまま真っ直ぐか。あ、そうだ。アンナ。そのリボンみたいなの付けてると魔法って使えなかったりするの?」


あの防具というかリボンの効果をまだあまりよくは知らないので、一応聞いておく。これが意味の無いものであれば……また、彼女はつきたくもない王の座につくことになる。


「いや、そんなことはないぞ。確かに威力は下がるけどな」


なんて言って片手を上に突き上げてその上にバランスボールくらいの火の玉を作り出し、近くにあったそれなりの背の高いの枯れかけた木に投げるように振り下ろすと、それは木の方へと向かっていき、木に当たった瞬間、爆音と共に硝煙が辺りを包む。

その数秒後、煙が収まった時にはそこにはもう何も無かった。木は跡形も残さずに無くなっていたのだ。


「お、おう……すげえな」


ライドンさんは固まり、俺もそれに呆気に取られ、綺麗に跡形もなく消されてしまったそこを俺はじっと見ていた。


「本当に凄いわね……で、あのリボン外すともっと強力な魔法使えるんでしょ。流石魔王ね」


俺には暴言しか吐かないミカエルさんが珍しく、人を褒めた。っても!俺は全然傷ついてないですよ!だってもっと罵ってほしいですもん!


「わ、私だってそのくらい出来るもん!!」


なぜか俺らと全く違う反応を見せた馬鹿なバニラは、またまたその辺にあったさっきのやつと同じくらいの大きさの木を殴ると、ミシミシと音を立てその木は根っこの方からへし折れた。


「ふふーんっ!どう!!」


ドヤ顔で気をへし折ったあとにVサインを向けてくる。


「はいはい。凄い凄い……って、マジどんな腕力してるの?でも、ちょっと引くかな?」


どうせなんかして何も出来なくて勝手にしょんぼり。って、展開だと勝手に決めつけていたので、ほぼ見ていなかった。だが、へし折れたんだ。そんな腕力がなんでそんな細腕から出るんだよ……ゴリラ……いや、それ以上か。


「えっ?」


バニラはキョトンとしてこっち見るが、褒めれることでもないので、どうした反応をしていいかわからないし、ちょっとした恐怖のせいで彼女を見ることが出来なかった。そして次はミカエルさんに助けを乞うように目線が動いた。


「………流石に私でもそれは引くわ。ごめんなさいバニラ」


うわぁ。冷酷。だなんて俺が言ったら多分殺されちゃうので飲み込んでおこう。


「そんなぁ……頑張って折ったのに……」


バニラはしゅんと肩を落としながら、俺らの列に戻る。


「この中で一番力持ちかもな!がっはっはっはっは!!」


「うっ………」


何気ないライドンさんの一言が、バニラの傷ついた心を傷つけた。



____と、そんなこんなで外を歩き続け、ようやく長い砂漠地区から草原に抜ける時にある異変に気づいた。


「……なぁ、魔物っていなかったっけ?」


「……はぁ。あんたもう何時間外歩いてると思ってるの?」


呆れたようにミカエルさんが、大きくため息をついた。


「……なにも勇者には説明してなかったな。魔物は私の魔力が放出されて出来た私の分身みたいなものだ。だから、今は居ない」


「そうなのかー。じゃ、それを外さない限りは大丈夫なのか?」


「あぁ。そういうことになるな」


「…………じゃさ、あれはなに?」


俺らの上を旋回して飛んでいる数匹の群れがいた。

かなり上空を飛んでいるのでなにかまでははっきりとはわからないが、何かが飛んでいる。


「さぁ、多分鳥でしょ。羽根っぽいのあるし?」


「でも、あんなに上飛ぶか?ただの鳥が雲から出たり入ったりするか?」


「そ、そんなの知らないわよ!!」


なんでか知らないが逆ギレしてしまったのでバニラは放置し、ほかの人に目線をやる。

ライドンさんはまあ、知らないな。脳筋だし。

ミカエルさんは……眠いのか疲れたのかあるいは両方なのか、欠伸をひとつした。となると、アンナに訊くしかないな。


「あれなにかわかるか?」


「あれ?……少し待ってね」


そう言うと彼女は目を閉じる。その瞬間、俺は気づく!

…………え?この状況ってキスしていいの?いいのかな?いいよね!据え膳食わぬが男の恥だ!思い立ったらやるっきゃねえな!……と、俺はどんどんと彼女に顔を近づけていく。


「……魔力反応は……って、なに?」


あと少しってところで彼女は目を開けた。そして、怪訝そうな目で俺を睨みつつも、首を傾げる。


「い、いや、ごめん!違ったわ……」


「……何のことかわからないけど、まあいいわ。じゃ、行きましょうか!」


「そうだな……」


あれって違うの?なんだよ!分かりにくいよ!


「ねぇ、マルクそろそろ休まない?」


「……そうだな。夜は魔物がいなくても危ない。盗賊団とか出てくるかもしれんしな」


もう日が山の向こうへと沈もうとしていた。

そして、近くに街なんかもみあたらないので今日はキャンプだ。

暗くなる前に燃えやすいものを集めて初級魔法で火を付け、テントを張る。


「よし、これで飯が作れるな!」


そう言って自信満々にフライパンを持ち、高らかに笑うアンナ。………いつもならバニラが作るのだが、アンナがやる気満々なので任せてみようかね。


「じゃ、何作る?」


「……俺の味噌汁を毎日作ってくれ」


「……え?どういうこと?」


ひとつ間を開けて、彼女は目を丸くした。


「い、いや……み、みんなは何が食べたい?」


「馬鹿マルク!!死ねうんこ!!」


「ただ聞いただけなのに、なんでそんな低レベルの暴言吐かれてるの?」


「もう、知らない!!」


バニラはそう言い残すと近くの大きな岩の後ろに隠れる。

なんであいつあんなに怒ってるんだ?


「おかしくないですか?ねぇ、ミカエル……」


そう言ってミカエルさんに近づくと、バニラと仲直りしてこないならば、あんた絞め殺すわよ?と、視線が言っていた。

……やば。これあっち行かないと殺されちゃうやつだ。

そして、渋々とバニラの向かった岩の方へと歩いていく。


「なぁ、なんでそんなに怒ってるんだ?」


岩の裏からそう訊くが、返事はない。


「なぁ?」


バニラのいる後ろまで回ると、彼女は膝を抱えるようにして蹲っていた。


「なんでだよ?」


「……知らない」


一瞬、顔を上げた彼女の顔が目に入った。その目からは大きな粒が流れていた。


「……え?もしかしてだけど、泣いてるの?」


「るっさい!!泣いてないし!」


そう言って彼女は今度は完全に顔を上げた。そして、目が合う。


「……泣いてんじゃんか」


彼女の目からはやはり涙が流れていた。


「なっ!なななな泣いてないし!これは………あんたみたいなゴミが視界に入ったからだし!」


「それを言うならゴミが目に……って、おい。俺がゴミみたいじゃねえか」


そう言って俺は彼女の横に腰掛ける。


「……なによ。ゴミ。あっち行けば?」


「行かない。……もう、仲間を一人にはしない」


「……え?」


「俺さ!」


なにかを言われる前に、喰い気味で言葉を放つ。


「俺はさ……あのリボン取りに行った時に気づいたんだ。みんながあんなに傷ついてるのに……俺、何もしてないって。俺はお前に……いや、みんなに負担をかけすぎた。リーダーなのにな……」


彼女は何も言わず肩を震わせながら蹲り、俺の話を聞いていた。


「だから、俺はさ、仲間が苦しんでたり悲しんでたりするなら俺はお前らを支えてやる。お前らの傷は全部おれのもんだ」


「…………ずるいよ。ばか」


彼女は小さく涙声でそういうと、涙を袖で拭って立ち上がると、俺に手を伸ばした。


「……なんだよ?」


「行きましょ?みんなが待ってるわ」


月光に包まれ微笑む彼女を俺は美しく感じた。


「……ん?あれはなんだ?」


バニラの後ろに小さな三つの影が見えた。


「おい!マルク!バニラ!!上!!」


ライドンさんが声を張り上げてそう言った直後、頭上にあった影が月明かりに反射し紅、白銀、翡翠に色を変えてこちらに向かって突進してきた。


「あ、危ねぇ……バニラ大丈夫か?」


俺は反射的に前転して、ギリギリで回避。その後、バニラの安否を確認する。


「……なんとか。ね?」


少し逃げ遅れた彼女だが、目立った傷はなくどうやら大丈夫らしい。さっき襲ってきた奴の方を目で追うと地面スレスレを通ってまた上昇した。

というか、あの破壊力なんだよ。さっきの大岩をあんなデタラメな攻撃で壊すのかよ………


「なにあれ?………ドラゴンってやつ?」


走ってみんなの元まで戻り問う。


「長い尻尾、獲物を捕らえて離さない鋭い鉤爪、月明かりに反射して見せる宝石のように美しい光沢……どうやらそうらしいな」


ライドンさんがドラゴンを見て目を輝かせていた。


「アンナはあれ、見たことあるのか?」


「あぁ。ドラゴン族とは何度か会って会談を開いたことがあるぞ」


「……ん?あれって話せるの?」


「あぁ。ドラゴン族はだいたい喋れるだろ」


「そうなのか?」


「でも、あのサイズだとまだ子供だな。話し合いに応じるれるかもわからん」


「あれで子供か……」


今対峙しているあいつで飛行機くらいだ。十分でかいと思うけどな。


「じゃ、大人はもっと大きいのか?」


「まあ、そうだな」


気の遠くなるような感覚を覚えながら、宙を見る。

ドラゴンのやつは、また上の方で旋回している。


「まあ、いい。私が追い払ってやろう」


アンナはそう言って親指の爪くらいの小さな火の玉をドラゴンのいる上空へと打ち上げると、それはドラゴン達がいるあたりでピカっと光った。

そうすると、ドラゴン達はぴぁーぴぁーと、吠えてどこかへ去っていった。

叫び声が可愛げなものだった。別にアンナの事を疑っていたわけではなかったけど、本当にあのサイズでも子供なんだな。


「まあ、とりあえず一悶着ついたし、ご飯にしましょうか!」


目をキラキラと輝かせてやる気満々のアンナは鎧を外して、シャツにジーンズ素材のショートパンツ。と、薄着になるとエプロンを装着した。

水色のそれはいい感じに服を隠して、下には何も着ていないようにも見えるので、なんだか魅力を感じる。


「……ゴクリ」


「おい。変態」


「………肘で脇腹つつくのは痛いので、責めて指にして欲しかったです」


俺は睨むミカエルさんになんとか笑ってそう返したが、やはりさっきバニラを泣かしたことがあってか不機嫌だ。……どんだけバニラ好きなんだよ。でも、ゆりゆりしてるのはオッケーです!


「ん?なにをしておる?何が食べたいか言ってみろ!私が直々に作ってやるぞ!」


やる気満々な彼女に聞こえないように、バニラにそっと話しかける。


「なぁ、今日は何作る予定だったんだ?」


「……予定ではシチューかな?魔王城でそれなりに食料は貰えたし」


「なら、シチューを作ってもらうか」


「がってん!」


バニラがそういうとアンナに「私シチュー食べたい!だから、一緒に作ろー!」


と、言いながら彼女に抱きついた。

ほか三人で?すぐ近くの腰をかけれるくらいの大きさの岩に腰掛け、それを眺める。


「ちょ……や、やめなさい」


「えー?いいじゃん別にー」


彼女はそう言って嫌がる彼女に頬ずりまでしている。

いつからそんなに仲良くなったんだ?まあ、ゆりゆりしてるのは素晴らしいけど。


「……まあ、いいわ。作りましょうか」


アンナは諦めたようにため息をはいて、そう言った。


「やったー!」


嬉しそうにそう言うが、彼女が離れることはない。


「……このまま料理は出来ないから離れてくれないかしら?」


「えー?ダメ?アンナのほっぺはぷにぷにだし、柔らかくて気持ちいいからこのままでいたいんだけどな……」


そうか。気持ちいいのか………おれもまざりたい!という、欲望をどうにか堪えつつも、二人のやりとりから目をそらせずにいた。

彼女はそう言って、瞳を大きく開きできるだけ自分が可愛く映る角度でうるうると目を光らせ、上目遣い。男にやれば瞬殺出来るほどの技でだろう。

それが女の子……ましてや魔王に通用するか?


「……少しだけだからな?」


魔王、堕ちる。魔王はただの女の子であった。というか、女にすら通用すんのかよ。男とかまじ瞬溶けじゃん。

それから、しばらくの間それが続いた。

そのゆりゆりな光景で精神的にはかなり回復したが、肉体的にはかなり疲労していた。やっぱりまだ腹の傷、治ってないからな………いつか飯は出来るだろうと、俺はテントの中に入った。腹の傷がまだ少し疼く。


「くそっ。あいつ……」


思い出しただけでも腹が立つ。あんな奴らのせいで母さんも父さんも友人も……


続く。

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