君におくる物語り

木野二九

イタリア風広島焼あります

To: JK!

あのアニメ映画みたいな物語が読みたいと言った君へ



+++ +++ +++



コロッセオに向かう観光客の数も多いし、お日様だってご機嫌だ!

でも今日は1枚も売れない。


――隣のジェラード屋には行列が出来てるって言うのに……


ragazzo !坊主こんな日照りに熱々のピッツァ並べたって、売れる訳ないさね」


目の前のパニーニ屋のばーさんがチャチャを入れやがる。

あのくそ不味い冷えたサンドイッチが、俺の芸術的なピッツァより売れるなんて世も末だ。


ガキの頃から本場アマトリーチェで料理の修行してたんだ。

ここローマでだって、やってけると思ったんだが……


「ローマは1日にしてならずだよ! 今日は諦めてとっとと帰んな!

それか、パンテオンで今日はパレードがあるからね……そっちに屋台移したらどうだい?

着く頃にゃ、お前の頭もこのバカげた暑さも、少しは冷めるだろさ」


マンマミーア!なんてこったい


まあ年寄りとはいえ、女性のいう事は聞いておくもんかもしれない。

日本生まれの俺のノンナ祖母も、「男たるものどんな時でも女に優しくあるべきだ」って、いつも言ってたからな。


――イタリア男の生きざまを語る日本人女性ってのも、変なもんだけど。


俺はあふれ出る汗をタオルで拭きとって、商売道具を車に積み込んだ。


トヨタ「ハイエース」は去年から俺の相棒だ! 日本製品はやっぱり良いね。

フィアットもドゥカティも悪くないが、こと丈夫さにかけては日本製品の右に出るもんが無い。

16年落ちの中古だが、今日もエンジン快調だ。


――色気はないが……頑丈さが取り柄って、まったく俺のノンナと同じだね。



◆(*^^)v◆(*^^)v◆(*^^)v◆(*^^)v◆



石畳の小道を抜けて幹線道路へ出る。

本当は市内を突っ切った方が早いが、8月のうだる暑さと観光客の多さから、俺はテベレ川を並走する道を選んだ。

川沿いの風が俺を少しだけご機嫌にしてくれたが……


――でもまあ、ついてない日ってのはトコトンついてない。


暑さのせいか、荷物を積みすぎたせいか。

タイヤがバーストしやがった!

こいつもピレリ(イタリア製)じゃなくてブリヂストン(日本製)にしときゃ良かったか?


また流れ出る汗と格闘しながら、何とか川沿いの公園の近くまで車を移動させて、俺は天を仰いだ。


ソール太陽の女神よ、そりゃないだろ」


雲ひとつ無い夏の陽気が、ペルソールサングラスごしに突き刺さる。

しばらく呆然としてたら、空から何かが落ちてくるのが見えた。

ふわふわと羽毛みたいに降ってくるソレは……


――どう見ても、人間の形をしていた。


慌てて駆け出して、そいつをキャッチする。それは…… 抱き留めた瞬間重みをもった。ブカブカの農作業用のようなズボンに、安っぽい白シャツ。おまけにボロ布で縫った変な頭巾をかぶった……


――ノンナと同じ、黒髪に淡いレモン色の肌をもつ素敵な女の子だった。



◆(*^^)v◆(*^^)v◆(*^^)v◆(*^^)v◆



あの地震が起きて、あたしが親戚をたよって広島に引っ越してきて。

――もう半年たつ。

クラスの友達は良くしてくれるし、叔父夫婦もあたしを実の子のようにかわいがってくれる。


新しく出来た妹も、10歳年下でまだ7歳だけど「おねーちゃん」って呼んで懐いてくれてる。


多分これ以上何かを求めたらわがままだと思うから。あたしはいつもニコニコして「ありがとう」ばかり言ってた。


こんな良い子じゃなかったんだけどな……

きっと喧嘩したりいがみ合ったりするのは、もっともっと後の事なんだろう。


――上手くいけばの話だけど。




「ユキちゃん! この衣装合わせてみて。

明日の平和記念日の出し物で、ウチのクラスはこの格好するの。

まあちょっと変だけどさ、コレもほら、文化ってヤツ?」


夏休みの登校日……

教室では雑談しながら友達グループで集まって、明日の準備に皆はしゃいでる。


どうしても浮きそうになるあたしに、クラス委員長さんが声をかけてくれた。

いかにもって感じの眼鏡と三つ編みがあざといが…… きっとねが優しい子なんだろう。

見ると手には、モンペと防空頭巾が握られてる。


「うん、ありがとう。早速着てみるね」


――また、ニコニコ笑ってありがとうって言ってしまった。


心の中で舌打ちをしてから、モンペと頭巾を受け取って、ひとりトイレに向かって歩いた。


スカートを脱いで、あらためて自分の脚を見る。

あれだけダイエットに励んでも細くならなかった太もももウエストも、今ではスマートそのものだ。

問題があるとしたら、胸かもしれない……


どうして、痩せるときって胸から小さくなるんだろ?

太る時はお腹からなのに。


前のクラス…… 引っ越す前の高校で隣の席だったスケベの井上君は、あたしがしゃがみ込むたびに鼻の下を伸ばして、セーラー服の胸元のぞき込んできてたっけ。あたし、男子の間ではクラス1の巨乳って噂だったらしいけど。まあ実際は<着やせの女王>こと、晴香の方が大きかったのにね。


井上君も、あんなに必死になってたんだから、一度ぐらいばっちり見せてやればよかったかな?


一体どんな顔をしただろう……

ああ、でもそんなことしたら井上君に気があった智子に怒られるか。智子、いつもどうしたら胸が大きくなれるか、あたしに聞いて来てたけど。


男なんて単純なんだから、智子が言い寄ったら井上なんて簡単に落ちるだろうと…… 何度も言ったのに。


着替えながらそんなこと考えてたら、久々にホントの笑いがこぼれた。


そして、あの日おきた大きなうねりがすべてを飲み込んで……

もう皆に会えなくなった事を思い出して。疲れがドッと出て、モンペを穿いたまま便座に座り込んでしまった。


「どうしてあたし、生き残っちゃったのかな」


溜息とひとり言がこぼれると同時に、あたしは眠りの中に落ちて行った。



◆(*^^)v◆(*^^)v◆(*^^)v◆(*^^)v◆



あんな事を言った罰なんだろうか? あたしは空をふわふわ浮遊しながら、落っこちる夢を見てる。


さっき着たモンペと防空頭巾をかぶってるのが、妙にリアルだけど。


でもこれは、夢で間違いない! だって眼下に広がってたのはTVで見たことがあるような外国の美しい観光地だったし。


助けてくれた美形のガイジン男が、何故か日本語でこう言ったから……

「お嬢さん、あなたは天使ですか?」と。


――うん、これ間違いなく夢だわ。


「いいえ、全然違います」念とためあたしがそう言ったら。

「日本語だ」って、嬉しそうに笑った。


なんか笑顔は子供っぽくって、年齢が良く分かんないけど…… 年上なのは間違いないと思う。


その男は、不安そうにキョロキョロ辺りを見回すあたしの手を、強引に引っ張って、川辺に広がるオープンテラスのカフェまで連れてきた。


そして、アイスコーヒーのカップを渡し。

「僕の日本語分かる?」そう、笑顔で聞いてきた。


コクコクとあたしが頷くと。


「――良かった。

ノンナが日本語教えてくれたデスけど、彼女以外と話するは初めてデスだから。

自信ない、かったデスね」


妙なカタコト日本語で一気にしゃべりだした。

ノンナさんが誰だか最後まで分かんなかったけど…… どうやらここはローマで、彼はピザ職人らしい。


ついてない1日だったけど、空から素敵な天使が舞い降りたから今は幸せいっぱいだとか……


日本人なら観光地巡りをしたいかとか、お腹は空いてないかとか、自分の作ったビザは世界一美味しいだとか……


そんな話ばかりする。


何故あたしが空から落ちてきたのかとか、名前とか、親とか保護者は何処にいるとか…… そんな聞かれて困るようなつまんない話は、一切聞いてこなかった。


――夢って素晴らしい!


しかもこのコーヒー、今まで飲んだことが無いぐらい美味しいし、川から吹き込む風も心地よくって、何だかリラックスできた。


シャツのボタン外し過ぎで、チョット筋肉質すぎるスタイルは微妙にあたしの好みじゃなかったけど。


イケメン外国人とローマの休日なんて、ホント映画みたい。

夢ぐらい……そう、想像の中でぐらい「わがまま」言ってもいいかなあ。


「じゃあ、観光! あたし今日はヘップバーンになる」

あたしの言葉に、彼は嬉しそうに笑って。


「少し待つ。バイク借りてきます」

そう言って席を立った。


とけたカップの中の氷を見ながら……

――もう少しだけ、この夢が続いたらいいなって、そう思った。



◆(*^^)v◆(*^^)v◆(*^^)v◆(*^^)v◆



そのバイクは、映画で見たような可愛い感じのヤツじゃなくて、新聞配達や蕎麦屋の配達でよく見かける日本製のヤツだった。


「ベスパ借りるお金高いデス! それにギア癖あって僕上手く操縦できない。

ホンダは世界1のバイクメーカー! 日本素晴らしい」

そして荷物のようにあたしを後部シートにのっけて、彼はローマの街を疾走した。



トレビの泉、変な顔のレリーフ、大きなコロセウムに、白亜の教会。

神殿の前では、白い服を着た人たちがパレードをしてた。


「あれは何?」


「平和祈念式典デス。

ヒロシマ原爆の日に……平和のため、毎年パレード」


うーん、ローマで平和記念日? さすがにこれは、無いなー。あたしの想像力の貧困さのせいだろうか……


「天使ちゃん、ヒロシマ知ってる?」


「今住んでるとこ、広島だよ。明日平和記念日の出し物出るんだ。これは、その時のための衣装」


モンペをつまんで見せると、

「可愛いね」って、言われた。

これがイタリア男のクオリティなんだろうか? 少してれて、あたしがにかむと……


「天使ちゃん! その笑顔はとても可愛い。 ――やっと、ホントに笑ってくれたね」彼は凄く嬉しそうに笑った。


――ホント。

バカじゃないだろか? こいつ。




日が傾き始めて辺りが涼しくなった頃、あたし達はまた川沿いのカフェに着いた。

彼は自分の車からピザを何枚か持ってきて、テーブルに並べる。


あたしはその冷えたピザにかぶり付きながら、いろんなことを話した。

今の家族や、前の家族の事。昔のクラスメイトの事。あの日、日本で何がおきたかって事。


「まだ半年だからさ、楽しいのも……そうじゃないのも、これからなんだろうけど」


「半年? あれ? 東北、地震は知ってます。イタリアでもニュース凄い騒ぎありました。んー、天使ちゃんは時間も空間も超えてきたのデスね。

――ああ、そうかあの映画! 僕も観たデス。

日本のアニメ素晴らしい。アレは流れ星でしたですが、分かるデス!

言葉忘れないように、日本の映画とかよく観るデス」


何の事か分かんなかったから、タイトルを聞くと……


――それは古い古い日本のドラマだった。


あたしがモンペなんか穿いてたから話を合わせてくれたんだろうか?


「天使ちゃんは、もっとわがままに、もっと楽しく生きなくてはだめデス。そうしないと、周りの人まで寂しくなる。僕たちアマトリーチェの人は、今日も明るく元気。去年の地震で……僕たちも大変だったけど。ローマにも友達何人かきたデスが、皆元気。太陽とトマトとオリーブオイルが辛い事忘れさせてくれます」


アマトリーチェって、地名なんだろうか? トマトとかオリーブとかの産地なんだろうか? もう、自分の夢が理解不能で、てんやわんやですわ!


「じゃあさ、あたしって……わがまま言うべき?」

「もちろん」


「元気にならなきゃダメ?」

「そうだね、もっとピッツァを食べて」


「――幸せに……なってもいいの?」

「ならないとだめデス」


きっとあたしはその時泣いたんだと思う。半年間一度も涙なんか出なかったから、ちゃんと泣けたかどうか自信がないけど。


だから、この後の会話はデタラメだった。


「じゃあさ、もっとわがまま言うから聞いて」

「はい」


「あったかいピザが食べたい」

「それから」


「それから…… そうだ、広島まで持ってきて」

「それから、それから?」


「んー、そうだ! 広島焼き! イタリア風広島焼きにして!」


「イタリア風ヒロシマヤキだね。分かったよ、天使ちゃん! 次の平和記念日までに、必ず用意するデス」


もうすっかり日が落ちて、街のライトが美しく光りだしたけど……

涙でいろんなモノがボケ始めて。



――そして、あたしはトイレの中で目を覚ました。



◆(*^^)v◆(*^^)v◆(*^^)v◆(*^^)v◆



―― 1年後 ――


オーダーを受けた以上、それをこなすのがアマトリーチェの料理職人のプライドだ。小麦粉、キャベツ、豚バラ、焼きそば、サラダオイル……

ベースはあくまでも「広島焼き」で、そこからアレンジを利かす!


モッツァレラチーズ、トマト、オリーブオイル……

味の完成まで半年、日本行きのパスポートやらビザの申請なんかにさらに半年。


3日前から、原爆ドームの見えるこの公園に屋台を出せたのは、ノンナのコネクションがあったからだ。


絵画用のイーゼルにブラックボードを立てて、メニューには大きくこう書いた。


――イタリア風、広島焼きあります。――


隣のカキ氷屋には行列ができてたし、向かいのラムネ屋のばーちゃんは凄く不思議そうに俺を見てたけど、今はそれどころじゃない。


どうやら地元では広島風お好み焼きのことを『広島焼』とは呼ばないようだし。

ましてや俺のレシピじゃ、そのお好み焼きを冒とくしていると思われたのか。


3日前から冷やかし以外の客なんか来なかったけど……

俺は今、一心不乱に鉄板と格闘中だ!


今日は沢山の人が、平和を祈るため公園にきてた。


流れ出る汗をタオルで拭うと、高校生の団体が、見覚えのあるだぶついたズボンと頭巾をかぶって、ぞろぞろと歩いてくのが見える。


屋台にかけたセイコーを見ると、針は3時を過ぎていた。

――地元の高校生の出し物が終わった時間だ。


仕上げのオリーブオイルを振りかけたあたりで、ハイヒールの足音が店前で止まった。天使ちゃんの震災の話や、アニメ映画のことを知らなかったこと。

――時間をちゃんと考えれば、あの映画は上映前だ。

その辺りを考えると、このことも覚悟できてたけど。


「せんせー! 今日はもう解散でいーの?」

生徒らしき声に、ハイヒールの女性が答える。


「ええ、もう解散で良いわ! 気を付けて帰るのよー」


その女性と目が合うと……

彼女は看板をおどろいたように見詰め、俺の顔を見直すと。

――両手をゆっくりと口に当てた。


俺はすっかり元気で大きくなった天使ちゃんの前に、そっと「イタリア風広島焼き」を置く。


ズレた歳月のせいで、天使ちゃんは俺と変わらないぐらいの歳になったようだが、素敵な笑顔はそのままだった。


「Ciao!」

俺が話しかけると、天使ちゃんが嗚咽のような言葉をもらす。


アツアツで、美味しそうなトマトとオリーブオイルの香りと、太陽の日差しのせいで、俺も続きの言葉が上手く出せなくなった。


まあ、冷めないうちにイタリア風広島焼を食べてくれれば……

――俺は満足なんだが。



~ Fine ~



+++ +++ +++



彼女からの返信メールには、

「とっても面白かった! ねえこれ、あたしだけが読むのはもったいないから。

インターネットにアップしてよ。

それで、震災のことを思い出してくれたり、原爆のこととかも、忘れないように。

なんか上手く言えないけど、そんな感じでさ」

そう書かれていた。


だから僕はWEBを立ち上げて、投稿サイトを開くと…… 少し悩んでから。


『これは2016年8月24日に発生したイタリア中部地震と、日本の東日本大震災が軸となる物語です。

被災された方々には心からお見舞い申しあげると共に、復興に尽力されている皆様には安全に留意されご活躍されることを、お祈りいたしますこと、ここに記述させていただきます。


またこの作品は、震災復興イベントでお会いした、この作品のモデルになった少女から特別に許可を得て掲載しています』


こう付け足して、作品をUPした。


そして彼女の屈託のない笑顔と、現役JKとメールアドレスを交換した時のドキドキ感? を思い出して。



「趣味で小説書いてるなんて、言わなきゃよかった」と……

――ひとりクールに、苦笑いを浮かべてみた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る