第143話 図書室ではお静かに願います
亜久亜高校の図書室は校舎の二階にある。広い室内のおおむね半分が書架、もう半分が読書スペースに割り当てられていて、その読書スペースのさらに半分がパソコン席となっている。設置されているデスクトップのパソコンは学校関係者ならば誰でも自由に使用できることになっていて、もちろん生徒だって例外ではない。
そんなパソコン席の隅っこを、この日はある一団が独占していた。
「――では、いきますよ」
らしからぬ硬い声で莉緒が告げると、後ろからディスプレイを覗き込む琴音と由那と千尋、そして
二月十四日である。
ひらたく言えば、亜久亜市主催のアクアリウムコンクールの審査が終了する日である。
結果は市の公式ウェブサイトの特設ページにて発表され、ページが更新される時刻は正午だということだった。そういうわけで生物部の面々は午前の授業が終わるのと同時、昼飯を食うヒマも惜しんで図書室に雪崩れ込んだ――という次第である。
示し合わせたわけではない。
いっしょのクラスに所属する琴音と千尋も、由那と莉緒も、佐瀬先生ですらも、いちいち「行こう」と打ち合わせたりなどしなかった。メンバー全員が当然同じように動くと疑わず、ごく自然に集まったのだ。
莉緒の操るマウスが画面上のカーソルを滑らせ、ニュース一覧の「イベント」カテゴリの、新着の位置にある見出しを押す。
部門は水草レイアウトとマリンアクアの二つ。賞はそれぞれ特選、入選、佳作とあるから、自分たちの場合は水草レイアウト部門のどこかに引っかかっていればよいわけだ。
――ごくり。
鳴ったのは果たして誰の喉であったのか。
特選の項目に「亜久亜高校生物部」の記載はない。
入選の一覧を見てもやはり同様だ。
佳作の欄までスクロールして、
「――あ」
琴音が声を漏らした。
由那が左右の手を勢いよく合わせた。
千尋が拳を握った。
佐瀬先生が長い、それはそれは長い息をついて肩の力を抜いた。
「や、」
最後、引き結ばれていた莉緒のくちびるがほどけて、
「――ったあああぁぁぁぁ!!」
歓喜が爆発した。
「やりましたやりました! 皆さんのおかげです!」
「なーに言ってんだよ、莉緒ちーのセンスあってこその水槽じゃねーか! 立役者は莉緒ちーだぜ!」
「よかったねえ。みんながんばったもんね~!」
「由那もな。もうすっかりアクアリストだ」
四者四様の喜びが弾け、
「いやあマジでよかったわ……これなら校長にもグッドニュースとして報告できるもん、サンキューねあんたたち……!」
佐瀬先生が安堵を滲ませ、
「――あの」
思わぬ方向から苦笑交じりの声がして、全員が後方を振り返ったそこに、さっきまではカウンターに座っていた図書委員――
「おめでとう。……それと、図書室ではお静かに願います」
教師も生徒もなかった。生物部の五人は、見るも鮮やかな統率ぶりでまったく同時に頭を下げる。
放課後、撮影に協力してくれた写真部の部長を交えて、ささやかな打ち上げが第二理科室で行われた。
「お祝いになろうが単なるお疲れ様でした会になろうが、打ち上げ自体はどのみちやるつもりだったんすけどね。無事お祝いのほうに転んでくれてよかったっすよ」
「被写体が良かったもの。一枚噛ませてくれて感謝しないといけないわね」
千尋がコーラ片手に会話を振れば、ちょうどポテチを嚥下したところだった写真部部長が上機嫌で応じる。写真部としても喉から手が出るほど欲しかった「成果」だけに、彼女は彼女で感慨ひとしおなのだろう。
「やー、機材とウデの違いはありますよ。あたしらだけじゃっせっかく水槽作れてもスマホで撮るのが関の山だったろうし。なあ莉緒ちー?」
「そうですね。プロの方に頼むことも一応は検討しましたけど、それだと費用の問題もありましたし。写真部さんが撮ってくださったおかげでいっそう『学校』としての活動になりましたし、事実こうして成果も出たわけですし、機会がありましたらまたお願いしたいですわ」
「……気遣い上手よねぇあなたたち。これで一年生ってんだから恐れ入るわ」
写真部部長はやれやれと肩をすくめて、それからふっと笑みをこぼす。
「まあ、あれだわ。来年もコンクールあるならまた写真部に声かけてちょうだいな? そんときの部長はもう私じゃないだろうけど、しっかり後輩に引き継ぎやっておくからさ」
写真部とは今後にわたってよい関係を築けそうである。千尋と莉緒が確信とともに目配せを交わし合った矢先、
「――ところで……」
と、写真部部長は部屋をぐるりと見回して眉をひそめた。
「あと二人はどうしたの? さっきから姿見えないけど」
「あー……」
彼女の指摘するとおりだった。仕事があるから外すという名目で――実際のところは生徒たちだけのほうが盛り上がれるはずだという配慮だろうと思われるが――途中退席した佐瀬先生はともかく、琴音と由那までがいつの間にか姿を消している。
千尋は口の中で言葉を揉んで、
「あいつらはちょっと用事があって。そんなに時間はかからねーだろうから、そのうち戻ってきますよ」
答えながら視線を窓の外へと向ける。ガラスの曇りに阻まれて校庭の様子はわからないけれど、どこかには二人がいるはずだった。
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