舞台設定・歴史年表 3
二二〇〇年代。
ロボット工学の歩みが滞ることはなかった。
戦争が、研究開発者の背中を強く押し続けていた。
戦場で得たノウハウを活かして新開発された日本製二足歩行型ロボット兵が、ついに人工筋肉式外骨格型スーツを装備した機動歩兵の役割をも奪うまでになった。
新世代ロボット兵の登場である。
人工知能の研究が進んだことで性能が増し、思考能力と姿勢制御能力が大きく向上。それに加え、外骨格型スーツの開発競争で洗練された技術が機体に応用され、運動性能は人間の限界をいとも簡単に超越した。
人に代わって、新世代ロボット兵が戦場の主役となった。
新世代ロボット兵は、旧世代とは比べ物にならないほどの性能を誇っていた。人工蜘蛛糸とカーボンの合成ナノチューブによって作られた擬似筋肉を搭載しており、人間には到底真似できないような挙動で行動することができ、次々に作戦を成功させていった。
全身にステルス塗装が施され、電子兵器にも強い。
頭部は、くちばしの大きいオウムのような円錐形をしており、銃弾と電波を受け流すのに特化した形をしていて、人間でいう額のあたりの装甲の内部には、索敵のための各種センサーが搭載されている。
胸部は大きな斧の刃のような形になっており、頭部の形状と同様に、銃弾と電波を受け流す。
腕部は人間そのものの形をしており、軍の装備は全て使用できる。
加えて、全方位型の反動制御機構が内蔵されており、無反動小銃に搭載された反動制御機構と同期して、人間が撃った場合には残ってしまう軽微な反動を完全に相殺することが可能で、人間よりも遥かに高い精度で標的を撃ち抜ける。
脚部は特殊な形状で、牛や山羊などの偶蹄目に属する動物の脚と同じ形状をしており、これまで培ってきたバランス制御能力を最大限に活用して、どれほど険しい道でも素早い行軍が可能となっている。
より速やかな展開が求められる場合は四足歩行型に変形し、どの獣よりも速く走行して任務を遂行する。
直立する新世代ロボット兵を見た人間兵は、黒山羊のような姿をしていると語り継がれているバフォメットという悪魔のような姿だと言い、頼もしさを感じるのと同時に、畏怖の念を抱いた。
軍事行動は、平地では従来の四足歩行型が兵士を先導し、市街地では新世代の二足歩行型アンドロイド兵が展開して敵を撃ち、クリアリングを行い、建物を確保するという形で展開されるようになった。
新世代ロボット兵によって屋上から齎された敵情報は、回線を通じて全個体で共有され、電子攻撃によって通信を妨害されている場合は四足歩行形態となって各分隊を駆け巡り、口頭で情報を伝えるなどした。
ロボット兵が超人的な挙動を駆使して破壊し合う戦場で、場違いな存在となった人間兵は、特別な任務を除き、後方支援のみに従事するようになる。
新世代ロボット兵の本格導入によって、多くの民間軍事会社は派遣事業を縮小せざるを得なくなり、軍事コンサルタント会社へと業務転換し始めた。
新世代ロボット兵の登場は、ロボット兵の運用方法に大きな変化を齎した。ロボット兵を生産する企業が、各国と新世代ロボット兵の派遣契約を結ぶようになったのだ。
新世代ロボット兵は旧世代のものと比べて製造コストが格段に高く、どうしても高価になってしまい、各国の軍は次世代機への転換を渋っていた。
そのため、企業は軍と折り合いをつけて、派遣という形態で互いの利益を確保したのだ。
軍側は買い替えコストに頭を悩ませることなく、常に最先端のロボット兵を運用でき、企業側は所有する高価な新世代ロボット兵を戦場で失うリスクを背負うことにはなるが、多少割高な料金でロボット兵を派遣することで大きな収益を定期的に確保でき、さらなる開発に力を注ぐことができる。
互いに不利益も生じるようなやり方ではあったが、ロボット代理戦争で敗北するような事態に陥るよりはましだった。
以降、軍は作戦内容に応じて、在籍する旧世代ロボット兵と、派遣された新世代ロボット兵の数を調整して編成し、コストを抑えながら運用するようになる。
時と場合に応じて変形し、悪路などお構いなしに進軍できる新世代ロボット兵は、ロシア中国陣営からすれば悪魔そのものだった。
しかし、その劣勢は、初期に限ってのことだった。
ロシアは西側諸国の新世代ロボット兵を鹵獲し、すぐに複製して導入したことで、崩れたバランスは早い段階で拮抗する形に戻った。
ロボット兵士技術の進歩は、戦場に流される人の血の量を減らした。
人の命が失われることは少なくなったが、同時に、戦争の痛みを忘れさせるという大きな弊害を生んだ。
痛みを忘れた人間は、かつて軍事介入を決定する際に感じていた抵抗を失ってしまった。
皮肉なことに、一般市民を守るために結ばれた
北大西洋条約機構加盟国とロシア連邦が
しかし、良好な関係は経済面に限ったものであり、政治的には隔たりが残ったままだった。ロシアと中国に不信感を抱く国は多く、EU加盟国のほとんどが、アメリカ主導の経済協定に参入した。
それを境に、中国とヨーロッパ諸国との経済的結束は瓦解し、中国は政治的にも経済的にも、再び孤立することとなった。
これにより、中国に残された友好国は、イラン、カザフスタン、キルギス、パキスタン、そしてロシアのみとなる。
回復の兆しを見せていた中国に資金を投入していた金融資本家たちは、かなり早い段階で、もう中国からは利益が見込めないと予見しており、ヨーロッパ諸国との関係が悪化する前に、早々に資金を引き上げ始めていた。中国はすでに、外貨を稼ぐ手段も失っていた。
中国は経済的に疲弊しながらも、軍拡政策を推し進めた。
北大西洋条約機構に友好国を削り取られ続けていたロシアは、中国に外骨格型補助スーツとロボットの製造技術を小出しに与え、関係をより深くした。
過去には対立していた時期もあった両国だったが、背中を預け合う形を取り、それぞれの思惑に突き進み始めた。
ロシアは西を向いて駒を動かし、中国は東の海と、その向こう岸を睨んだ。
日本とオーストラリアを主軸とした東南アジア・オセアニア条約機構に加盟する国々は、連携して睨みを利かし、中国が長年画策していた海洋進出の野望を押し留めることに成功していた。
ロボット代理戦争の表舞台には北大西洋条約機構加盟国とロシアが立ち、東南アジア・オセアニア条約機構と中国は牽制し合いながら裏方として技術開発に勤しみ、長年に渡る不毛な牽制の応酬を続けていた。
この頃、アメリカ合衆国内では絶え間ない軍事介入に対しての批判が高まり、各地で反戦運動が頻発するようになっていた。
それに対し、合衆国政府は、地上における全ての作戦任務をロボット部隊のみで行うと宣言。
反戦論者たちはロボットによる戦闘も殺害行為に変わりはないとして反対し続けたが、ほとんどの国民は、反戦論者たちの主張に賛同してはくれなかった。ロシアと中国の存在が、軍事介入の必要性を国民に突きつけていたからだ。
国民がこれまで軍事介入に反対していたのは、自分の隣人、親、伴侶、兄弟、子供、孫が傷つくのを避けたかったからに過ぎず、こちらに痛みが生じないのならば、軍事介入をしていても構わない。それが、ほとんどのアメリカ国民の本心であった。
冷戦が、また新たな形に変化した。
血を流すことのない、恐れを知らぬ兵士による戦争。その周りでは、銃撃戦に巻き込まれた一般市民の血が流れる。戦争に介入する国民の血は流れることのないまま、紛争が連なっていく。
痛覚を失った争いが、無辜の人々を屠り続けた。
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