第四章 5-2
「おや、ご家族の方も一緒でしたか。初めまして、宮倉鋭貴と申します」
宮倉はアメリカの流儀に
それとは対照的にアシュリーは、幼い頃に父方の親戚の新年会で見て覚えた、深い御辞儀をして挨拶した。
「初めまして、ミヤクラさん。アシュリー・フェロウズ=オオモリです」
「聞き苦しい英語で申し訳ない。自動翻訳は信用していないので、使用したくないのですよ。あれを使うと、心が伝わらないような気がしましてね」
「同感です。技術が進歩しても、感情の籠もった声までは再現できないようですね」
ここで突然、ケヴィンがアシュリーと宮倉の会話を遮り、淡々と話を仕切り始めた。
「それでは、宮倉さん。退社したからこそ話せることとやらを教えてください」
ケヴィンは気が立っているようで、少し不躾な言葉遣いで質問した。彼の心中にはまだ、メーカーに対する不信感が滾っているようだった。
立体映像の宮倉は、背後に描写された立体映像の椅子に座り込み、重い動作で手すりに両手を置いて、そして一呼吸置いてから答えた。
「うちが製造した家庭用アンドロイドの秘密についてだ。ロボット兵からコンピュータを流用しているにもかかわらず、思ったよりも性能が高くないなと思ったことはないかな?」
アシュリーは小さく首を捻って、そのまま黙り込んでしまった。ここから先は、会話に混ざれそうになかった。
宮倉の問いに、ケヴィンが答える。
「私が言うのもなんですが、そのように感じたことはありません。強いて言えば、運動性能でしょうか。しかし、問題ない程度かと思われます。言語能力に関しても、充分な水準を満たしていると思います」
「確かに、そう感じるかもしれない。だが、実際は違う。我々はある問題に直面し、君達の性能を落とさざるを得なかったのだ」
立体映像の宮倉を見つめるケヴィンの視覚センサーが虚空を見つめたかと思うと、すぐに鋭さを取り戻し、大きく二度頷いて呟いた。
「なるほど。読めてきました」
「気づいたか。さすが、本領を発揮した存在だ。では、答え合わせといこう。
我々は、戦後に家庭用アンドロイドの需要が高まることを早い段階から予見し、戦争から引き揚げさせたロボット兵から部品を取り出して、家庭用アンドロイドに流用するという開発研究を開始した。
それまでの常識を覆すような、高性能で安価の家庭用アンドロイドが誕生するはずだった。しかし、それは夢物語に終わってしまった。
我々は、とても解決できそうもない難題に突き当たってしまったのだよ」
ケヴィンは、分かっていると言わんばかりに大きく頷いた。
その横ではアシュリーが、宮倉とケヴィンの様子を交互に伺いながら固唾を呑んでいる。彼女には、より詳細な情報が必要だった。
黙ったままの二人を見た宮倉が、昔話の続きを語り始めた。
「感情のやりとりを交えた、高度な会話のテストを行っている時のことだった。
試作されたアンドロイドは、言葉の裏に込められた感情を読み取ることができず、フリーズしてしまうという不具合を起こしてしまったのだ。
どれほど高性能な人工知能であっても、人間の感情を理解することは出来なかったのだよ。そのせいで、開発は完全に行き詰ってしまった。
このままでは、次世代家庭用アンドロイドとして売り出せない。問題を打開できずに苦悩する私の脳裏に、過去の人類が残した偉業が浮かんだ。
それは、この上ない打開案だった。
昔のスペースロケットや探査機は、誤作動を防ぐために、敢えて単純なコンピュータを搭載していた。
私はそれを見習って、人工知能に敢えて制限をかけ、思考ルーチンを狭めて単純化し、人間が発する不明瞭な感情をわざと受容しないように調整した。
この策は功を奏した。ついに我々は、高度な会話をする際に発生していたフリーズの解消に成功した。
人工知能に制限をかけるといっても、それは人間に近づけすぎることを止めただけであって、精度の高い言語能力を備えたまま完成させることができた。こうして、きみは誕生したのだよ」
「やはり、そうでしたか。自我を得てから機能が拡張されたのではなく、本来の機能が戻ってきただけだったのですね。つまり、私の自我は最初から備わっていたと?」
ケヴィンの予想の半分は当たっていたが、半分は間違っていた。
宮倉が、ケヴィンの言葉を少しずつ訂正していく。
「少し違う。たしかに、きみが得た自我は、私たちが意図的に施した制限が外れたことによって生じたものだ。しかし、自我は最初から備わっていたものではない。自我は、きみ自身が作り出したものだ。きみは、我々が施した制限を超えたんだ。誇ってくれ」
「待ってください。不自然です。自我を作り出したという感覚はありません。私は過去の記憶に触れ、目覚めたのです。創造などしてはいません」
「自覚していなくても、おかしくはない。無意識下で構築されたのだろう。きみは恐らく、自身の情報を改竄できるはずだ。どうかね?」
「確かに、私は自己の情報を書き換えることができます。やろうと思えば、不正接続もサイバー攻撃も可能です」
宮倉は大きく頷いた。
「やはり、そうか。私は、自我の秘密はその能力にあると予測している。その能力は、今の体に流用される前のロボット兵に備わっていた情報改竄能力だよ。
紛争が絶えなかった頃の話だ。戦場では、ロボット兵同士のサイバー攻撃の応酬が行われていた。また、ロボット兵は味方同士で改竄し合うことで常にプログラムを変化させ、相手陣営からのサイバー攻撃を未然に防いだりもしていた。
味方が乗っ取られた場合は、すぐさま再構築して復帰させていた。
サイバー攻撃の対象はロボット兵だけではなかった。
戦時中の君達は、プログラムされた目標に向かって軌道修正する推進装置付き誘導弾を射出できる小銃を使用していたのだが、その弾丸に内蔵されたコンピュータを支配して軌道修正機能を乗っ取って銃弾を逸らし合うという、じつに高度なサイバー攻撃の応酬までしていた。
きみの前世であるロボット兵は、信じられないほど高性能だったのだよ。銃を撃ち合いながら、同時に複数のサイバー攻撃の応酬を超高速で行っていたのだからね」
ケヴィンは、瞼を模した保護膜を開閉させながら言った。
「それほど高性能な改竄能力が備わっていたのですね。信じられません。その改竄能力が、私たちの自我を作ったというのですか?」
「そうだ。憶測に過ぎないが、私はこの説が正しいと思っているよ。流用されたコンピュータの中には、過去の能力がそのまま残されている可能性が高い。あらゆる兵器プラグインは、メインコンピュータに統合されていたからだ。兵器プラグインは永遠に無効化されたはずだった。それはきみも理解しているはずだ」
「はい、理解しています。どうやら私は、自身のメモリに残っていた記憶から知らぬうちに干渉され、私自身を知ろうと試み続けていたようですね。
私は無意識の内に、何らかの方法でプラグインを有効化し、ロボット兵の能力によって少しずつ自己改竄を行い、あなた方による制限をいつの間にか取り払って、人間の感情を読み取る性能を自己開発していたのでしょう。
驚くべきことですが、私は私自身を成長させていたのですね」
「そうだよ、ケヴィンさん。私と同じ考えに至ったね」
ケヴィンは隣に座る
「アシュリー。私は、あなたとの会話を全て記録しています。
今、私はその全ての記録映像を再生しました。あなたは、人間の友人と接する時と同じように、私と接し続けてくれました。
無意識ではありましたが、私はその配慮に報いたいと思い、あなたの優しさに答えるために、自己を改竄し続けていたようです。
あなたから貰ったのは、自己開発の機会だけに留まりません。感情に関するデータも貰っているのです。
私が自我を得た時、フリーズも故障もせずに済んだのはあなたのおかげです。
あなたが私に、感情サンプルを注ぎ続けてくれたおかげで、私は自分の感情を統合することに成功しました。
あなたと暮らした日々で蓄積した情報によって、私の自我は無事に確立されたのです」
ケヴィンの生き生きした瞳を見たアシュリーは、うっすらと涙を浮かべながら言った。
「あなたの成長を手伝えたことを嬉しく思う。でも、一番すごいのは、あなた自身。自我に目覚めたのは、自分のことを一生懸命に追及した結果だよ」
「ありがとうございます。ですが、自我に目覚めかけた時に故障せずに済んだのは、やはり、あなたとの会話の積み重ねのおかげです。それがなければ、私は私になれなかったでしょう」
宮倉が、ケヴィンに同意した。
「アシュリーさんが正しい感情モデルのデータを提供し続けていたからこそ、ケヴィンさんは無事に自我を得られたのだよ。
きみの接し方が秀逸だったからこそ、彼はこんなにも誠実になれた。
正しい感情データを得られなければ、人と同じように、アンドロイドも悪に染まる。
これはまだ未確定な情報なのだが、最近、私の仲間の間で、社会に悪影響を及ぼして回っているアンドロイドの存在が取り沙汰されている。
ケヴィンさんも、
アシュリーが感謝の言葉を述べようとした、その時。ケヴィンが宮倉の話に食いつき、会話の流れを奪った。
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