第一章 7-1
放送が、事前に撮影された取材映像に切り替わった。
フェロウズ=オオモリ家のマンションの一室で行われたインタビューの様子が映し出される。アシュリーとケヴィンがソファーに座って手を重ね合いながら、記者の質問に答えている。
カメラの後ろに控える女性ディレクターが、アシュリーに質問した。
「あなたの家のアンドロイドが自我を得たというのは、本当ですか?」
「はい、本当です。ある日、突然、自我に目覚めたんです。きっかけは、ケヴィンという名前でした。二十年前、彼がこの家に来たときのことです。彼は誰にも名付けられていないにもかかわらず、ケヴィンという名前を名乗ったんです。そして先日、私たちは名付け親が誰なのかを話し合いました。その日の夜のことです」
ケヴィンが、話に割って入る。
「ここからは、私が説明いたします。その名を回想する度、私に些細な不具合が生じていたのです。問題ない程度ではありますが、一時的に処理能力が著しく低下してしまうのです。それを解消するため、私は念入りに自己修復作業を行いました。通常よりも細かく、深く検査したのです。その翌日、私は自我を獲得しました」
二人はカメラの前で、ケヴィンが自我を得た直後の様子や、自我を得ているという確信を得た経緯を説明した。
そして、ケヴィンに友人を作る機会を与えるため、同じように自我を得たアンドロイドを探したいと思って番組にメールを送ったのだと語った。
それから、同じように自我を得たアンドロイドが存在することが判明したら、そのアンドロイドの地位向上の手伝いをしたいと思っていることも付け加えた。
「私とケヴィンは、友人を求めています。もし、自我を得たと思われるアンドロイドと一緒に暮らしている方がいらっしゃるなら、アンドロイドの意思を尊重してあげてほしいんです。故障だと思い込んで、メーカーサポートに連絡しないでほしいんです」
「なるほど。しかし、アンドロイドが自我を得たという確証はあるのでしょうか。愛犬が言葉を喋った、などと言い出す飼い主もいるくらいですしね」
棘のある物言いをする女性ディレクターに、ケヴィンが穏やかに進言した。
「それでは、検証をしていただくというのはどうでしょう?」
ここで急に映像が切り替わり、検証方法についてのナレーションが流れた。
人間行動学者、文化人類学者、心理学者、そしてアンドロイドに特化したプログラマといった各方面の専門家が紹介され、それから、大学構内で行われた検証の様子が放映され始めた。
初対面の人間と会話する様子の観察。
抜き打ちでの行動観察。
心理テスト。
面談。
哲学者との問答。
そして、プログラマによる解析の様子が、次々に映し出される。
ケヴィンは、彼らの質問や追及に難なく答えてみせた。
その様子を観ている観覧客の中には、このアンドロイドは着ぐるみで、中に細身の人間が入っているのではと疑い始める者さえいた。そう錯覚させてしまうほど、検証映像の中のケヴィンは、じつに人間らしい振る舞いを見せつけていた。
専門家たちの反応は様々だった。
驚愕する者。唖然とする者。顎を摘まんだまま考え込み、微動だにしない者。どれほど検証し直しても変わらない結果に、頭を抱える者。
特にプログラマの狼狽ぶりは、視聴者に強い衝撃を与えた。
彼は激しく狼狽しながらも、論理的に検証結果を解説した。
検証対象は、なぜか同型のアンドロイドの処理能力を大幅に超えているのだが、その仕組みがまるで理解できないというのだ。内部構造を見てみても、部品を増設した痕跡はないという。
彼はケヴィンの言語と感受性を司るプログラムが拡張されていると説明し、その理由を探るために、これからメーカーに乗り込むと言い残して去っていった。
学者たちは、みな口々に、人間に似た感情が認められると語った。
さらに、プログラマの工学的検証によって、ケヴィンが自我を有するという事実の信憑性が高まった。
検証映像の再生が終わり、再びスタジオの様子がモニターに映し出された。
身を乗り出すようにしてソファーに座っているギブソンが大きく息を吸って、ゆっくりと語り始めた。
「しかるべき施設で詳細に解析しないかぎり、自我が発現したとは言い切れないかもしれません。しかし、私は強い衝撃を受けました。彼は間違いなく、他のアンドロイドとは異なる性質を持っています。そう言わざるを得ません」
検証の様子を観て呆気に取られていた観覧客が、ぱらぱらと賛同の拍手をし始め、その音量は徐々に増していった。
検証映像は、ケヴィンが自我を獲得していることを万人に認めさせるほどの説得力を有していた。
ギブソンは拍手が鳴り止むのを待ってから、アシュリーに語りかけた。
「自我の有無に関して断言はできませんが、私個人としては、ケヴィンさんが自我を得たことを信じたいと思いました」
「ありがとうございます。検証に協力してくださった方々のおかげで、彼が成長している証拠を得られ、私たちも確信を強めました」
「そうですね。あの彼の言葉が、信憑性をより高めたと思いますね。それをより確実なものとするために、メーカーと協力して大掛かりな解析をしてみてはいかがです?」
ケヴィンが二人の会話に割って入り、即座に回答した。
「それは許容できません。何故なら、無用な修理を施される可能性があるからです。大規模な解析を行うとなると、先日の解析とは違い、電源を落として全てを委ねなければなりません。それは何としても避けたいのです。
私たちには、記憶を消去されてからコンピュータを流用されたという過去があります。ですから、身を委ねる気持ちにはなれません。
それに、現在の私の状態が安定しているとは言い切れません。他人に触れられることで、安定している今の状態が瓦解する恐れもあります。私は、フェロウズ=オオモリ家で得た記憶を失いたくないのです」
「なるほど。あなたは稀有な存在で、現在の状態が絶妙なバランスによって保たれている可能性もありますね。全てを委ねるのは不安も伴うし、それと同時に、深刻な故障の原因になりかねないと?」
ギブソンの問いに対し、ケヴィンはメーカーとの協力を拒否する理由をさらに詳細に答えようとしたが、アシュリーが目配せをして制止した。
彼はメーカーから記憶を消されたことを快く思っていないので、高圧的な発言をして反感を買ってしまう恐れがあったからだ。
怒りは人心を遠ざける。アシュリーは努めて冷静に、ケヴィンの思いを代弁した。
「そうです。彼は自我を得た際に生じた混乱を、自力で修正しました。今の彼は、最適な状態なんです。下手に触れられると危険です。彼の意思を尊重したいので、私もメーカーが関わる検証は避けたいと思っています。メーカーに頼らずとも、今回のように検証はできますし」
ギブソンは頷いて賛同した。
「たしかに、ケヴィンさんの気持ちを優先すべきですね。それに、検証に関してはもう充分だと思います。皆さんも納得したでしょう。さて、続きましては、二人がこの番組に出演したいと思ってくださった理由を語っていただきましょう。アシュリーさん、何故、当番組にメールをくださったのですか?」
「この番組のファンだからです」
アシュリーのサービストークに、スタジオにいる人々の顔が綻んだ。彼女は冷静に、観覧客を味方につけながら語る。
「番組のファンだというのも大きな動機となりましたが、一番の理由は、この番組の多様性です。これが決め手でした。様々な問題を幅広く取材なさっていて、まるでドキュメンタリー番組を観ているような充実感を得られます。ケヴィンのことを知ってもらうには、この番組に出演するのが最適だと判断しました」
「先ほどのインタビューの中で、ケヴィンさんに友人を作ってあげたいと語っておられましたが、それはどうしてですか?」
「彼は家族の一員として愛されていますが、友人がいません。私の友人とは親しくしているのですが、彼自身が作った友人ではありません。
彼と同じ家庭用アンドロイドはみんな仕事をしているので、出会う機会なんてありません。友人なんて作れないんです。
だから、このトークショーへの出演をきっかけにして、同じように心を持ったアンドロイドと友人になれたら、きっと幸せだろうなと思ったんです」
「同感です。同じ境遇の友人がいたら、より充実した人生を歩めるでしょうね。しかし、彼が自我を得たのは非常に稀なケースだと思うのですが、他にも同じようなアンドロイドが存在するのでしょうか?」
憂いを多分に含んだ微笑みを浮かべたアシュリーが、首を横に振りながら答えた。
「全く見当が付きません」
「では、当事者であるケヴィンさんはどう思いますか?」
ケヴィンは自信ありげに顎を上げ、それから大きく頷いて答えた。
「私は、存在していてもおかしくはないと思っています。何故なら、ほとんどのアンドロイドが、私と同じ経歴を持っているからです。
条件は同じなのですから、いつ自我を得てもおかしくはないと言えます。
先日の検証結果で、私の言語と感受性を司るプログラムが拡張されていることが明らかになったわけですが、それはつまり、現行の家庭用アンドロイド全てが、同じような拡張性を有していることを意味します。
しかし、これまで自我を得たというアンドロイドが名乗りを上げていないことから、自我の発現率は低いものと思われます」
「あなたが自我を得られたのですから、いつ後輩が現れてもおかしくはないと思いますよ?」
「はい、私もそう思います。自我の発現率は低いと言いましたが、有り得ないほど低いわけではありません。
それに、自我を得るきっかけが判明し、自我を得る方法が確立されれば、発現率は格段に向上するでしょう。
深部データの読み込みや走査行動が深く関係しているのは間違いないので、これから個人的に解明する予定です。
自我を得る方法が判明し次第、ご連絡を差し上げますので、その際は番組で広く
「もちろん、協力させていただきますよ」
「感謝します。あなたは本当に優しい御方です」
「お褒めに預かり、光栄です」
ギブソンは座ったままの姿勢で右手を胸に置き、仰々しくお辞儀をした。そのおどけた動作に、ケヴィンの頬が緩む。
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