第一章 6

「今日は、特別なゲストをお招きしています。皆様に、この上ない驚嘆と歓喜と衝撃を齎すことになるでしょう。ご紹介します。アシュリー・フェロウズ=オオモリさんと、そのご家族であります、ケヴィン・フェロウズ=オオモリさんです。どうぞ、こちらへ!」


 日曜の夕方に放送されているトークショーの司会者であるクライブ・ギブソンの言葉によって、観覧客が一斉に拍手し始めた。


 誰もが知っている放送局にあるスタジオの、下手しもての舞台裏に、緊張で体を強張らせているアシュリーと、姿勢よく佇むケヴィンの姿があった。




 ケヴィンに大いなる変化が訪れ、アシュリーの中に不変の決意が宿ってから、二週間が経っていた。


 アシュリーは、ケヴィンが仲間を得られるようにしてあげるために行動を起こした。その努力が実を結んで、二人は今、この上なく理想的な状況に身を置いている。


 ギブソンが二人の名を呼んだのを聞いたスタッフが、耳端末を通して指示を囁く。


「リハーサルと同じように、ステージに向かってください。どうぞ」


 時は来た。


 淡い光しか届かない舞台袖で、アシュリーがケヴィンに頷いてみせると、彼は頷き返し、着用しているスーツの襟を正し、ネクタイを直した。そして中折れ帽を被り直そうと手を伸ばすも、控え室に置いてきたことを思い出してやめた。


 同じくスーツに身を包んだアシュリーが、舞台袖からステージに向かって歩き出した。


 彼女は照明の強い光に顔をしかめたが、その様を全米に晒すわけにはいかないと懸命に抗い、微かに引き攣った笑顔を浮かべながら、ステージで待つギブソンに向かって歩を進める。


 ケヴィンも、その後に続いて歩き出した。


 その表情は至極冷静に見え、何食わぬ顔と言ってもよいほどに無感情な様子だったが、思考回路は酷く混線していた。


 落ち着くのです。落ち着くのです。私は平静を保たなければなりません。冷静でいなくてはならないのです。今日は、私にとって最も重要な日になるのですから、上手に話さなければいけないのです。落ち着くのです。落ち着くのです。


 ケヴィンは乱雑になった思考回路を懸命に正しながら、一見平然とした様子でステージに姿を現した。


 すると、その姿を見た観覧客の手が奏でる拍手の音量が、わずかに弱まった。


 観覧客はアンドロイドがゲストとして登場するなどとは微塵も思っておらず、戸惑っているのだった。


 観覧客の反応の悪さにうろたえたアシュリーは、歩を進めながら振り返って、ケヴィンの様子を確認した。幸いにも、彼は拍手の弱まりには気づいていないらしく、頷き返す余裕を見せた。


 あるじの視線が注がれたことで安心感を得たケヴィンは、思考回路の混乱の波を綺麗に撫で付けることに成功し、何の心配もなく、司会者と向き合えるようになった。


 二人の挑戦が、万全な状態で始まった。




「ようこそ、アシュリーさん。そしてケヴィンさん」


 白髪混じりの頭と人懐っこい笑顔が印象的なギブソンが握手を求めると、アシュリーがすぐさま応じた。


 続いて、ケヴィンに手を差し出そうとした、その時だった。


 ギブソンは躊躇ちゅうちょした。


 家庭用アンドロイドの前腕にはスタンガンが内蔵されていて、手のひらの手首寄りのところには、ワイヤー電流針の射出口がある。誰もが知っていることだ。


 本能的恐怖と大物司会者としての礼儀がぶつかり合い、ギブソンは激しく葛藤した。


 それは一秒にも満たない出来事だったのだが、アシュリーはそれを見逃さなかった。


 彼女はこのような場面が訪れることを想定しており、狙い澄ましたように、あらかじめ用意していた言葉を放った。


「スタンガンは取り外したんです」


 ケヴィンは手のひらを上向きにして、ギブソンに見せた。


 次いで、電磁浮遊カメラと観覧客にも同じようにして披露すると、スタジオは感嘆の声に包まれた。擬似皮膚の下に薄っすらと黒く見えるはずの射出口が、綺麗に塞がっているのだ。


 ケヴィンは両手を顔の近くまで上げて、手のひらに視線をやりながら得意げに言った。


「相手に恐怖感を与えずに、握手をするためです。接触制限も取り払っているのですよ」


 観覧客が、賞賛の拍手を贈った。彼らは、なんと賢いアンドロイドだろうと感動し、これから新型アンドロイドのプレゼンテーションが始まるのだと予測して、心を躍らせた。




 ギブソンは拍手が鳴り止むのを待ってから、ケヴィンに素朴な疑問を投げかけた。


「護衛としての役割は果たせるのですか?」


「もちろんです。スタンガンがなくても、皆様を守ることができる性能を有しています」


 物騒な話題に、スタジオの空気がわずかに淀む。


 観覧客は、淡い恐怖を含む拒絶反応を示していた。ケヴィンのような家庭用アンドロイドが、元々は戦争の道具であったことを知っているからだ。


 長年、トークショーの司会を務めてきたギブソンは、馴染みの笑い声を発してスタジオの曇りを晴らしながら、話題の切り替えを試みる。


「この局は、社長の親族が経営する警備会社に大金を支払って安全を確保しているので、ケヴィンさんの活躍は見られそうにありませんね。じつに残念だ。さて、ケヴィンさんは漏電の心配がないということなので、握手をしましょう。ハグもしてみましょうか!」


 ギブソンは大袈裟な身振りで握手をしてからケヴィンに抱きつき、彼の背中を何度も叩いたり、肩に顔をうずめたりしておどけてみせると、観覧客は好奇の笑い声を上げた。


 護衛機能を搭載しているアンドロイドが握手やハグをするところを見るのは、これが初めてだったからだ。


 ケヴィンが笑顔を浮かべながら同じように抱き返すと、笑い声は歓声の域に達し、張りのある拍手が鳴り響いた。




 護衛能力を捨てて接触制限から脱却し、自由に人間とハグをするアンドロイドの様子を目の当たりにした観覧客のほとんどが、子供の頃に買ってもらった、ぬいぐるみ型ロボットのことを回想していた。


 親近感を抱いた観覧客と視聴者たちは、にこやかに、しかし食い入るようにして、ただの家庭用アンドロイドではないゲストの表情と挙動に注目した。


 ケヴィンの所作は、観覧客が知っているアンドロイドの所作とは大きく異なり、人間と変わらないように見えた。それが不思議でたまらないらしく、目を離せなくなっているようだった。


 ケヴィンを観察する観覧客の好奇心は留まることを知らず、早く会話を聞きたくてたまらないといった様子で、ハグが終わるのを待っていた。




 熱烈なハグをようやく終えたギブソンが、ケヴィンの左肩を叩きながら言った。


「丈夫そうな体だ。六歳になるうちの孫が所属しているフットボールチームに加入してほしいね。さて、挨拶はこれくらいにしましょう。みんな、話が聞きたくてウズウズし始めたようですしね。どうぞ、お掛けください」


「ありがとうございます。ケヴィン、もう少しこっちに寄って」


 白い合成革張りのソファーに腰を下ろしたアシュリーとケヴィンは、改めてスタジオを見渡した。一時は嫌悪感に近い反応も見せた観覧客だったが、今は目を輝かせながらケヴィンを見ている。




 アシュリーは、心の中で呟いた。


 第一段階はうまくいったみたい。熱烈なハグは嬉しい誤算だった。あとで、お礼を言わなきゃ。




 一人掛けの椅子に腰を据えたギブソンが、ハグによって崩れた上着を直しながら、番組の進行を始めた。



「お越し頂いたことに感謝を申し上げます」



「こちらこそ、素敵な出会いに感謝しています」



 アシュリーが礼を言うと、続いてケヴィンが身を乗り出しながら、やや上擦うわずった音声を発した。



「改めまして、こんばんは。ケヴィン・フェロウズ=オオモリと申します。私はいつも家事をしながら、この番組を視聴しております」



「本当ですか。ありがとう、光栄です。どうやら、私のファンは御婦人だけに留まらないようですね。まだまだ視聴率を開拓できそうだ」



 観覧客が、いつものように笑う。ケヴィンも同じように笑顔を浮かべながら、憧れの司会者に思いを届ける。



「あなたのファンであるアンドロイドは、数多く存在していると予測します。残念ながら、アンドロイドは業務とは無関係な通信を行うことを許されていないので、クライブ・ギブソンズ・ショーへの感想を伝えられないのです」



「それは残念ですな。いつか、番組宛てにメールを送っていただける日が来ればいいですね。是非とも、交流を深めたいものです。さて、それでは、本日のゲストのお二人についての説明をいたしましょう」



 本題に入ろうとしたギブソンだったが、どのように伝えればよいものかと迷いが生じ、口篭ってしまった。


 百戦錬磨の司会者であるギブソンでも、今回のように複雑かつ疑わしい案件を扱うのは初めてだったからだ。



「何をどう話せば、うまく伝わるのでしょうか。そうですねえ、単刀直入に言いましょう。この番組をご覧の皆さん、こちらにいるアンドロイドのケヴィンさんがラストネームを名乗ったことに、お気づきでしょうか?」



 観覧席で、どよめきが生じた。アンドロイドがラストネームを名乗っているという異常性に、やっと気づいたのだ。


 家庭用アンドロイドやロボットは品番と識別番号で管理され、社会的にはラストネームはおろか、ファーストネームさえ名乗ることはない。


 家庭内ではペットのごとく人間風の名で呼ばれることが慣例になっているが、それは愛称でしかなく、州に届け出る際の書類に、名前を明記したりはしない。


 公の場で、アンドロイドがラストネームまで名乗るということは、通常では有り得ないことなのだ。


 ギブソンの一言によって、観覧席には小さな混乱が発生し、放送中であるにもかかわらず、いくつもの私語が発せられていた。




 散漫になったスタジオの空気を、覇気に満ちたアシュリーの声が引き締める。


「ケヴィンは、私たちと同じラストネームを名乗っています。彼は自分の意思で名乗っているのです」


 アシュリーは、ケヴィンがラストネームを名乗っていることについて話が及んだ際に混乱が発生するのを予測し、言葉を用意していた。


 スタジオに静寂が満ちたが、すぐに私語のざわめきが戻ってきた。アシュリーが伝えたかったことがうまく伝わらず、観覧客の疑問はさらに深まってしまったようだった。


 それは必然だった。アンドロイドが自分の意思で行動を起こすなど、通常では有り得ないことだからだ。中には、冗談だと誤解して笑う者もいた。




 ギブソンは観覧客に向かって右手を少し上げてみせ、微笑みながら沈黙を懇願した。


 彼の右手と微笑みの意図を汲んだ観覧客は、疑問を押し殺し、出演者たちの言葉を待った。


 上げられていたギブソンの右手の指が、人差し指を残して折り畳まれた。それは彼が重要な発言をする際の、お馴染みの前兆だ。


 注目を一身に浴びるギブソンが、視聴者たちをメーンプログラムへと導くための言葉を紡ぐ。


「きっかけは、我々の番組に宛てられた一通のメールです。そのメールには、驚くべき物語が記されていました」


 ギブソンはカメラ目線のままソファーから立ち上がり、スタジオセットの中心に据えられたテーブルの横を通り抜けて、舞台の最前を目指して歩を進めながら語る。


「皆さんもご覧になったとおり、ケヴィン・フェロウズ=オオモリさんは、驚くほど社交的なアンドロイドです。とても珍しいですよね。それは、何故か?」


 スタジオにいる観覧客も、配信映像を視聴している視聴者も、固唾を呑んでギブソンの言葉を待った。クライブ・ギブソンズ・ショーは著名人との軽快な会話が人気なのだが、社会問題を取り扱う特別版にも定評がある。


 舞台の最前に立ったギブソンは、両手でくうを抱えながら、決めの台詞をスタジオに響かせた。



「アシュリーさんから届いたメールを読んだ我々は、ある実験を行いました。その結果、我々は驚くべき結論に達しました。その全てを、一本の映像に纏めてあります。それでは、こちらの映像をご覧ください。アンドロイドは心を持つのか?」

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