第一章 5-1
「ちょっと待って、ケヴィン。落ち着いて症状を説明してちょうだい」
「分かりません。何も。どのように説明すればいいのか分かりません。言葉を発する行為が、うまくいかないのです」
「自己修復に失敗して故障したんじゃないでしょうね?」
「いいえ、問題は検知されていません」
アシュリーはホーミィに意見を仰ごうと思い立ち、屋上の出入り口に備え付けてある端末に向かって呼びかけた。
「ホーミィ、ケヴィンの自己修復は正常に終了したの?」
ホーミィは家族の行動を常に把握し、命令を聞き逃さぬように備えている。
彼は端末に内蔵された指向性マイクロフォンでアシュリーの問いを拾い、指向性スピーカーを通して、
「間違いなく、正常に終了しました。ただし、前日、前々日に比べて、CPU使用率が異常に高くなっています」
「それは故障じゃないの?」
「何とも言えません。原因に関しては、ケヴィン自身が把握していると思われます。基本動作自体は安定しているため、サポートセンターへの連絡は控えましたが、いかが致しましょう?」
「ケヴィンと相談してからにする。待ってて」
「かしこまりました」
ホーミィとの会話を終えたアシュリーは、ケヴィンに向き直って指示を出した。
動揺の色に満ちていた彼女の声は、激しい焦燥を孕んだ声へと様変わりしていた。ケヴィンと会話ができるうちに解決しないと、サポートセンターに頼るはめになってしまう。
「ちょっと確かめさせて、ケヴィン。リビングに行きましょう」
「まだ私の質問に答えていただけておりません」
「いいから!」
アシュリーはケヴィンの手首を掴み、力づくで階下のリビングまで誘導した。
麦わら帽子を被ったままの彼女が勢いよくソファーに座り込むと、その近くで寝転んでいた猫のフロウが驚いて逃げた。
「ほら、早く座って」
「はい」
ぼんやりと立ち尽くすケヴィンを強引に座らせたアシュリーは、強く握っていた彼の手首を離し、今度は彼の両肩を白頭鷲のように掴んで向き合った。
「真剣に答えてよ。大事なことなの。CPUの使用率が高くなっているらしいけど、それは平気なの?」
「分からないのです。私は何も分かりません。自分が何の処理をしているのか把握できません。何故ならば、私は何も分からないからです」
「また変なこと言ってる。どうしたらいいの?」
アシュリーの平常心が、
どうにか平常心を引っ張り上げた彼女は、懸命に思考を整理して、ケヴィンの視覚センサーを見つめながら言った。
「ねえ、ケヴィン。自分の回路を全部検査し直して、原因を突き止めなさい、今すぐに!」
「自己修復を終えたあと、すでに実行しました。当然ながら、異常は見当たりませんでした。私は元気です、ありがとう」
「でも、おかしいじゃない。やっぱり故障してるんじゃ――」
「違います」
ケヴィンが、
言葉を遮られたアシュリーは再度、彼の視覚センサーを見つめた。しかし、何も感じ取ることができなかった。
体の不調を訴える人間を診る場合は、視線と症状を観察すれば、ある程度の症状を把握できる。しかし、アシュリーの目の前で不調を来しているのはアンドロイドだ。視覚センサーの挙動を観察しても意味はなかった。
一瞬、サポートセンターに連絡して助けてもらおうかという考えが、アシュリーの脳裏に浮かんだ。
しかし、すぐにその考えを蹴った。
通常、アンドロイドの故障が疑われる際はメーカーのサポートセンターに連絡するものなのだが、アシュリーはその選択肢だけは絶対に避けたかった。
何故なら、サポートセンターが修復困難と判断した場合、記憶媒体ごと全換装され、初期化されてしまうからだ。
物理的故障が見受けられなかったり、オペレーティングシステムがインストールされた記憶媒体に異常がみられない場合は、一般データを保存する記憶媒体内部に問題があると見なされ、抜き取られてしまう。
そして、それは研究資料としてメーカーに保管され、二度と戻らない。
これらの措置はマニュアルにも明記されており、アンドロイドのオーナーの間では、故障の末に待つ悲劇としてよく知られている。
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