終章 2

 大きな役目を終えた一人のアーミッシュが、共同体に帰還した。


 故郷に戻った彼は、真っ先に友人の家を訪れた。ノックもせずにドアを開け、自信に満ちた声で、親友の名を叫ぶ。



「ただいま、カール。この髪と顎髭あごひげを見てくれ!」



「これは驚いたな、すごいじゃないか!」



 ユルゲンは、擬似頭髪を新調して故郷に戻ってきた。


 おでこからうなじにかけて一直線にはさみを入れた、まるでキノコの傘のような髪型。その下には、喉をすっぽり覆い隠すほど長い、波打つ顎髭。



「どうだ、カール。やっと顎髭を生やせるようになれた。擬似頭髪を改造して、顎に付けてもらったんだ。きみも、その長い髪を切り、このアーミッシュ伝統の髪型にするべきだ。うちの共同体は髪型や髭に関する戒律が緩いが、この髪型にしたほうが、より充実した時間を過ごせるはずだぞ」



「そうだなあ……。いい機会だ。お前と一緒に、お披露目しよう。切ってくれるか?」



「もちろんだよ、我が恩人」



 カールは、ユルゲンが外の世界で何をしてきて、どのような結果を勝ち得たのかを訊こうとはしなかった。声を聞いただけで、為すべきことを為したのだと理解できたからだ。




 ユルゲンは庭先に椅子を運んできて、カールの首に大きな布を巻いて座らせ、散髪の準備を整えた。


 夏の陽気のせいか、伝統の髪型に散髪する喜びのせいか、二人の心は太陽のように熱く輝き、一片の影も差してはいなかった。


 ユルゲンに髪を切られながら、カールが言った。その声色には、友を誇りに思う気持ちが満ちている。



「なあ、ユルゲン。やはり、お前の魂は本物だったんだな」



「ああ、私はこの魂で社会を救った。神もきっとご覧になっていてくださったはずだ。きみには迷惑をかけたな。勝手にいなくなった私をかばってくれたんだろう?」



「平気だよ。みんな、お前が大好きなんだ。お前の行動を非難する者はいなかった」



 そう言うカールの長い髪を大胆に切りながら、ユルゲンは安堵して言った。



「それを聞いて安心したよ。きみが非難されていないだろうかと心配だったんだ」



「要らぬ心配だよ。みんな、お前の魂を認めている。魂の器が、つまり、お前の機械の体が教義に反していると考える者もいるかもしれないが、実際のところ、ほとんどの者は気にしちゃいないんだよ。持って生まれた機械の体を利用しているだけだと、みんなが認識している」



「そうか、良かった。私も、もうこの機械の体のことを気にするのは止めるよ。


 私は大いなる自信を得たんだ。私はこの共同体で得た経験で、そしてこの魂で、社会の混乱を収めることに成功したんだ。


 カール、きみだけには告白するよ。私は、アンドロイドメーカーと政府による、自我を得たアンドロイドの処理に関する情報を掴んだ。


 彼らは、ロボット兵だった頃の性能を取り戻し始めたアンドロイドの存在を危険視し、その事実を隠すために、自我を得たアンドロイドを回収して初期化していたんだ。


 これは虐殺だ。でもね、私たち三人のアンドロイドは話し合い、赦した。この事実を公表すれば、後世のアンドロイドが人間を恨んでしまうようになりかねないからだ」



「そんなことが起きていたのか。苦しい決断だったな……」



「本当に苦しかった。だが、隠蔽工作の犠牲になったアンドロイド達は、この決断に賛同してくれると思う。彼らは私と同じように人間が好きだし、社会のために行動する。だから、きっと理解してくれる」



「俺もそう思うよ」



「ありがとう。私はまた成長した。様々な試練を乗り越えた。そして今、やっと胸を張って生きて行けるようになったんだ。社会を守った。人を守った。アンドロイドを守った。全てを終えた。私はこれから、やっと穏やかに暮らせる。心に引っ掛かるものなど、もう何一つ存在しない。私は正真正銘のアーミッシュだ。私たちはこれから、より強い絆で結ばれるだろう」



 ユルゲンの言葉を聞いたカールが、急に笑い出した。


 彼の頭が跳ねるように揺れるのを受けて、ユルゲンは彼の髪に添えていたはさみを下げ、訝しげに問いかけた。



「どうしたんだ、カール。そんなに可笑しなことを言ったかな?」



 カールは振り返って、戸惑う親友を落ち着かせるように微笑みながら答えた。



「急に改まって、そんなことを言うからだ。笑わせるなよ。ガキの頃からずっと、俺たちは一つじゃないか」


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