第二章 反対派

第二章 1

 ティモシー・フィッシャーは、ブルックリン中心部のイースト・フラットブッシュにある古いアパートの狭い一室で、七歳になる娘のマーガレットと、四歳になる息子のアンドリューがホログラフィックボードゲームに興じているのを見守りながら、心中で巻き起こっている理性と本能の決闘を注視していた。




 彼の中で、一家の未来を決する戦いが始まった。




 心の中で、理性が本能の足を払い、優位に立つ。


 子供たちに、満足な教育環境を与えてやりたい。余計なことはせず、黙々と仕事をこなして、金を稼ぐべきだ。




 心の中で、本能が素早く立ち上がり、理性のすねを踏みつけるようにして蹴った。


 だが、アンドロイドが人権を得てしまったらどうするんだ。俺は職を失うかもしれないんだぞ。子供たちに苦労をさせてしまう。




 心の中で、理性が全力で殴り返す。強烈な一撃が、本能の顎に入った。


 職を失うと決まったわけではない。それに、デモ活動なんかしてみろ。厄介ごとに巻き込まれて逮捕なんかされたら、全てを失うかもしれない。そんな危ない橋など渡れるか。




 心の中で、本能が理性の足元にタックルをした。理性は後頭部を地面に叩きつけられ、腹を見せる形となった。本能はその隙を見逃さず馬乗りになって、何度も何度も理性の顔を殴りつける。


 いや、黙ってはいられない。事態は思っている以上に逼迫ひっぱくしている。万が一、アンドロイドが人権を得たら、奴らは職業選択の自由を主張するだろう。家庭内で奴隷のように扱われたままでいるはずがない。


 あのトークショーに出演していたアンドロイドのように自由を主張し、家を出て、職業選択の自由を求めるだろう。


 アンドロイドの雇用を禁止させている法律は、彼らが人権を得たその瞬間から、役立たずになっちまう。人権を得たら、アンドロイドの言い分を拒めなくなるからだ。職業を選択できず、家の中で奴隷扱いをされるのは、人権侵害にあたるからだ。


 彼らは自由を求め、やがて俺たちの仕事を奪い始めるぞ。


 奴らが一番欲しがる仕事は何だろうか。


 頭を使うような仕事は機体を持たないコンピュータが担っていて、連中が入り込む隙間はない。したがって、人より圧倒的に優れた身体能力を活かせる肉体労働を選ぶに違いない。


 悲観的な考えをしているわけではない。これは現実に裏打ちされた事実だ。


 運搬ロボットが作業を手伝うくらいなら構わない。うちの会社も、資材を搬入する時に使っている。だが、アンドロイドは駄目だ。


 あいつらは俺たちの仕事を奪う。俺たちがやっている作業を、いとも簡単にこなすだろう。


 それも、俺たち以上に早く、休みなしに。




 心の中で、本能から殴られ続けていた理性が、ついに気絶した。




 ティモシーは歯を食いしばり、決意した。


 やらなければならない。誰かが立ち上がるのを待ってはいられない。


 俺が、やらなければならない。


 杞憂だったと笑いながら、子供が立派に独り立ちしていくのを見送りたかったが、その願いはアンドロイドに潰されてしまうだろう。


 アンドロイドが、俺たちの生活を奪っていく。


 子供たちの未来までも奪っていく。無感情に、容赦なく。


 だから、黙ってはいられない。黙り込むことは許されない。


 愛する子供の未来のために、俺は連中と戦わなくてはならない。



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