神父様とお買い物?「恋と悪魔はお断り!」短編小説

チサトアキラ

第一話

 ある日の午後。

 セルリナは自室で菓子袋のビスケットを口に運びながら、大好きな冒険小説を読んでいた。


(やるべきことをこなしてからの自由時間……幸せ!)


 するとその時、前触れも無く部屋の扉が開いた。


「おい。クソガキ。仕事は終わったのか」

「ひっ!」


 扉の方を振り返ると、そこにはいつものように不機嫌そうな顔をしたライオットが立っていた。


「きゅ、急に入ってこないでくださいよ! 礼拝の後片付けなら、ちゃんと終わりました」


 慌ててだらしない姿勢を正し、ぐちゃぐちゃのベッドをそそくさと整えていると、そんなセルリナをライオットは鼻で笑った。


「やっと人並みに仕事がこなせるようになってきたかと思えば、何とも雑然とした部屋だな」

「うう……。ノックも無しに入ってくるからですよ」

「ノックをしたところで変わるとも思えんが……。まあいい。次の仕事だ」

「ええっ⁉」


 せっかくの自由時間が! とばかりに露骨に嫌な顔をしてみせると、ライオットがにこりと美しい笑顔を浮かべながら拳を握った。


「懲罰を受けてここに送られた身分で、随分な態度だな」

「ひぃっ! ごご、ごめんなさいごめんなさい! やります! やりますからああ!」


 慌てて頭を下げると、ライオットは拳を引っ込め、代わりに小さな紙片を一枚渡してきた。


「まあ、そうは言っても、大した仕事じゃない。ちょっとした買い出しだ」


 紙片を受け取って、そこに書き並べられた文字列に目を通す。


「ふむふむ、食材ですね。任せて下さい! ……と言いたいところなんですけど、この肉とか野菜とかって、どこで買ってきたらいいんでしょう? 市場は色々ありすぎて……」


 街に建つたくさんの市の中、どこで何を選べばよいのか、セルリナにはよくわからない。


(私が適当に選んでいいのかもしれないけど、神父様って色々こだわりありそうだし)


 なじみの店などがあるのだろうかと尋ねてみると、ライオットはふむと片眉を上げた。


「確かにそのあたりはまだ教えていなかったな。仕方ない。今回に限り、ついていってやる」


 さっさと行くぞと促され、セルリナは慌てて本を置いて立ち上がった。

 



 ライオットの案内で市場に着くと、体格の良い八百屋の店主が明るく声をかけてきた。


「おっ、神父さんじゃねえか! 今日は修道女さんとお出かけかい?」


 すると、ライオットがきらきらと輝かんばかりの笑顔を作った。


(出たっ! 上っ面のエセ神父モード!)


 げんなりとした表情でライオットを見遣りながらも、セルリナは男性から遠ざかるように一歩後退する。


「ヨハンさん、今日も精が出ますね。奥様とはもう仲直りされましたか?」

「おうよ! 神父さんが相談に乗ってくれたお陰だぜ。ありがとうな! これ、今日入ったばかりの新鮮なキャベツ、持っていってくれよ!」

「ありがとうございます。ですが、私は当然のことをしたまでです。こんなに頂いては申し訳が立ちません。この半分は、貧しい方たちにふるまってあげてください」

「おお、そうかい。さすがは神父様だ!」


 豪快に笑う店主からキャベツを受け取っていると、付近の果物屋から、若い女性が走ってきた。その手には、大量のリンゴをかかえている。


「神父様! これ、先日のお礼に、もらってください!」

「おや、これはリリィさん。探していた猫は見つかりましたか」

「はい! ありがとうございました!」


(……すごい。神父様って親切なのは上っ面だけかと思ってたけど、ちゃんと街の人のことを気にかけてるんだ)


 驚きながら見守っていると、背後から声をかけられた。


「お嬢ちゃん、教会の修道女さんでしょう?」


 セルリナが振り返ると、老婆がにこにこと微笑んでいた。


「以前、私の荷物を運んでくれてありがとうね。これ、持っていっておくれ。夕飯の材料の残りだけどね」

「え? あ、ありがとうございます」


 そういえばそんなこともあった気がするが、すっかり忘れていた。


(でも、感謝してもらうって、なんだか嬉しいなあ……)


 感慨深くなっていると、町人たちとの話を終えたライオットがセルリナの持つ袋の中身を覗き込んできた。


「それは……ふむ。豚肉の角切りですね。いいものをいただきましたね」

「はい! ……でも、こんなに荷物がいっぱいじゃあ、もうお菓子や本は買えませんね」


 二人の両手は、街の人々からの差し入れですでにいっぱいだ。ありがたいことなのだが、残念な気持ちも否めない。

 がっくりと肩を落としたセルリナに、ライオットがにやりと微笑んで言った。


「これだけそろっていれば、本はともかく菓子は不要だろう。今日の夕飯はロールキャベツと、デザートにアップルパイでも作ってやれるだろうからな」

「本当ですか⁉ ……って、私も食べさせてもらえるんですか?」

「ああ。お前に料理をさせて、また厨房を破壊されたら困るからな」


 セルリナの表情がぱあっと明るくなった。


「考えただけで涎が出てきました! さあ、早く帰りましょう!」

「急に元気になったな。まったく、現金な奴だ。ほら、さっさとそっちの袋をよこせ」


 重い袋を取り上げられて、セルリナは驚いてライオットを見た。


「持ってくださるんですか?」


(まさか神父様が、こんな気遣いをしてくれるなんて! 街の人達に対してもそうだったけど、やっぱり意外と優しいのかも?)


 何だか頼もしく感じながらライオットを見上げていると、その視線に気付いたライオットが、不愉快そうにこちらを睨んできた。


「お前の短い脚でちんたら歩いてたら日が暮れるからな。ほら。さっさと行くぞ。クソガキ」

「……はーい」


(一瞬でも感激しちゃって、何だか損した気分……)


 げんなりしてしまったが、重い荷物を持ってもらえて助かるのは事実だ。

 気を取り直してライオットの後を歩き出しながら、ふと今日のことを思い起こす。


(今日は何かと予定通りにはいかない一日だったけど、神父様の意外な一面も見れたし、何だかんだで良い日だったかも)


 ライオットお手製の夕飯とデザートに想いを馳せながら、足取り軽く、教会への道を進むのだった。

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