第15話:守りたい

 視界がぼやけていてよく見えない。そんな中、声が聞こえてくる。


 −あんた、見かけない顔だね−


 あれ、この声聞き覚えがあるような。


 −ダメだよ、勝手に人の家に入っちゃ−


 人の家に入っちゃダメって、まさか不法侵入かなんかっ?!

 とういうか、どうしてこんな会話を私は聞いているんだろう?


 −俺に何か用?−


 すると視界は揺らぎながら鮮明になっていく。

 ここはどこかの部屋の中なのかな?シンプルな家具が並ぶ中、視線は部屋の中を動いていき、次第に2人の姿が見えてくる。1人は髪の長い女性。もう1人は・・・はや君っ?!

 ということは、今見えているのはまさしく隣の部屋で起こっていること?


 −え?俺と撫子の関係?−


 女性の声は聞こえないけど、はや君の受け答えで会話を察していく。どうやら女性は私とはや君の関係が知りたいらしい。

 というか、はや君に「撫子」って改めて名前で呼ばれるのはなんだか恥ずかしい・・・。


 −それはナイショ−


 人さし指を立ててそう言うはや君。対して女性の表情は見えない分、何を考えているのか分からない。

 どうしてこの女性ははや君と私の関係が知りたいんだろう?

 もしかして、はや君のことが好きな・・・人?


 −ワタシタチモソウダッタ−


 そして女性が口を開いた時、電光石火のごとく私の背中に冷感が走った。

 この感覚知ってる。これは以前、夢を見た時と同じ感覚。

 そう、これはっ。

 でも気がついた時にはもう遅くて、視界はどんどん霞んでいき最後に見たのは私に向かって薄い笑みを見せる女性の姿だった。




「っ・・・あれ・・・」

 意識が現実に引き戻されて目を開けてみると、最初に見えてきたのは教室の窓。窓の外では木々が強風にあてられて大きく揺れていた。ちなみに台風がきている訳ではなくて、前橋では通常運転の気候だ。

 伏せていた顔を上げると前方では教授が授業をしていて、私の様子に気がついてた友人、金井仁美ひとみが私の肩を軽く叩いた。

「おはよ。授業始まって早々に突然寝ちゃったから、具合悪いんじゃないかって心配したよ」

「そ、そうだったんだ。ちょっと眠たかったんだよね。ははは・・・」

 自覚はないけど、あの夢はきっとあの妖怪からのメッセージなんだと思う。

 もし夢で見たやりとりが本当にあったとすれば、妖怪ははや君と接触したってことになる。

 もしかして、はや君を巻き込んじゃうかもしれない。

 はや君を巻き込むなんて、そんなのダメだ。

 はや君は・・・はや君は・・・。

 それはなんとしてでも避けなくちゃっ。


 昼休みに入って、私は一緒に食べる約束をしていた仁美に断りを入れて、急いではや君を探した。今日はや君は授業があったはずだし、どこかにいるはずっ!願わくば和也さんといますように!!

 そうして屋内を移動して外に出ようとした時、後ろから不思議な気配を感じて足を止めた。

「前にも言った。近づかないほうがいいと」

 振り返ればそこには紅い瞳を持った妖が廊下を塞ぐように立っていた。

「・・・あの女性の妖怪と、何か関係があるんですか?」

 美しい紅の瞳に私の姿が映る。

 引き込まれてしまいそうだけど、この妖に聞かなきゃいけないことがある。

 しっかりしろ!私!

「私が最初に2人を見た時は、すごく綺麗で見惚れちゃいました。あの時隣に立っていたのも、そしてあの妖怪も・・・同じ人ですよね?女性も穏やかそうに見えました。なのにどうして・・・」

「・・・あんたには関係な・・・」

 また引き離されてしまう。それじゃ駄目だ。

「関係ありますっ!!」

 人気のない廊下に、私の声だけが虚しく響いた。

「関係・・・ありますっ」

 はや君を巻き込みたくない。そんな気持ちが溢れてきて、視界が潤んでいく。

 優しくて、さりげなく私のことを気遣ってくれて。いつもはや君に助けられてばっかりで。

 そんなはや君を陰陽師という危険な世界に巻き込みたくない。でも今巻き込まれそうになっている。

 そんなの・・・嫌だよ。

「助けたい人がいるんですっ。私のせいで巻き込まれそうになっていて、どうしても助けたい人が・・・いるんですっ!!」

 まだまだ小さな力かもしれない、でも。

「私は陰陽師の助手になってから日も浅くて、何ができるのかなんて正直自分にも分からないっ・・・でもじっとなんてしてられません。無謀だって言われても私ははや君を守りたいっ!」

 自分で言っていても嫌になる。もしかしたら真実かもしれない夢を見ても、何をすればいいのか分からない。それでも最後の言葉に偽りはない。

「陰陽師の助手・・・だったのか」

 すると妖はぽつりとそう呟いた。

「あんたにそんだけ想われているとか、その男は幸せ者だ」

「・・・へ?。あ、いや、はや君は幼馴染で、別に恋人とかじゃなくて・・・その・・・」

「別に恋人だなんて言ってない。はぁ。勇ましくなったかと思えば、頼りなくなったり。忙しいやつだな」

「い、忙しくないです!」

 人が真剣に話したっていうのに、なんなのこの妖っ!

 でもふと雰囲気が変わって、真剣な顔つきになった。

「俺は元々蘆屋に仕えていた妖。そして彼女・・・あの妖怪も俺と一緒で蘆屋に仕えていた妖だった」

 つまり、蘆屋家に縁がある妖だった、ということだよね?

「でも今の当主の父親・・・前当主の頃に、事は起きた。俺と彼女にとある妖怪の偵察の命が下った時のことだった」

 ということは、和也さんのおじいさんが当主だった時、って事だよね。

「けれど偵察の最中に彼女が突然体調を崩した。・・・そしてその時に俺は彼女の寿命が刻々と近づいていることを知った」

 妖が語る口調はゆっくりで、言葉を選んで話てくれていることがよく分かる。

「俺にとって彼女は幼い時からずっと一緒にいる大切な”仲間”。助けたくて、助けたくて・・・でもある日彼女は突然姿を消した。そして次にその姿を見つけた時には・・・人を食らう妖怪になっていた」

「っ・・・」

 大切な仲間が変わり果てた姿になっていた。

「妖が命をつなぐ唯一の方法。それは妖をやめて妖怪になる事。人間を食らう事でその生命力を体内に取り込めば、生き残ることができる。・・・彼女のことが蘆屋にも伝わって、このままでは彼女が祓われてしまうと思って、蘆屋を抜けて陰陽師から逃げてきた」

 そして今に至る。

 大切な人が変貌してもなお、守ろうとした妖。

「そして身を潜めていた時に、俺をじっと見るあんたを見つけた。周りで俺たちを見ている人間とは明らかに違う目で見る、あんたを」

 それが初めて2人を見た時に繋がるんだ。そして警戒した妖は私に声をかけた。

「彼女はここしばらく大人しくしていた。だからかなり弱ってきている。・・・だから手段は選んでいられない」

「もしかして私を襲ったのって・・・私を食べるため?」

「そう」

「じゃあどうしてはや君に手を出そうとしているんですかっ?私が狙いなら、はや君に手を出す必要はないですよねっ?」

「・・・どうして彼女が加藤颯を狙っていることを知ってる?」

「えっ?」

「どうして知っている?あんたの前ではまだ行動していなかったはず」

 どうしてって・・・夢で見ました、なんて言っても信じてもらえなさそうだし、その夢も確かかどうかなんて分からないし・・・。

「もしかして、あんた・・・」

「そこまでにしていただけますか?」

 その時、その場にはいなかったはずの和也さんの声が響いた。どこから聞こえてくるのかと辺りを見ていると、妖の肩越しに和也さんの姿を見つけた。

「和也さん・・・」

「蘆屋・・・和也」

 私服に身を包んでいる和也さんは、していた眼鏡を外すと妖に目を向けた。

「俺を祓いにきたのか?」

 妖からすれば和也さんは裏切った元主人の孫。そして次期当主。

 その姿勢と気配から、緊張感が伝わってくる。

「いいえ。そこにいる私の助手を迎えにきました」

 和也さんは無表情にそう言うが、妖の表情はみるみる驚きに満ちたものになる。

「陰陽師の助手って・・・あんたまさか蘆屋の助手だったわけ」

「う、うん」

「・・・そう、俺を騙していたわけ」

「え?」

「俺を油断させといて、その隙に俺と彼女を祓おうと・・・。なるほど、加藤颯は囮っていうわけ」

「ちょっと待ってくださいっ!!」

「ここにいるのは時間稼ぎ。蘆屋和也がここに来るまでの時間稼ぎってこと」

「違いますっ!」

「・・・信じた俺が馬鹿だったっ」

 私の声が届かないっ。妖は紅の瞳を怒りの色に染めて、そのまま空気に溶けるように消えてしまった。

「待ってっ!」

「・・・行ってしまいましたね」

「・・・はい」

 あの妖にとって、蘆屋は逃げるべき相手。そして自分が和也さんの助手であるということは、蘆屋家に属していることと同じことを意味している。

 つまり、私はあの妖にとっては本来逃げるべき相手だった。でもその正体を知るまでは、少しだけど話をしてくれた。

 何かを、私に伝えようとしていた。

「倉橋さん。それで、こんなところでどうかしたのですか?」

「・・・それが、さっきの授業中に急に眠たくなってしまって夢を見たのですが・・・そこであの妖怪とはや君が接触している夢を見ました。だから、もしかしたらはや君が危ないんじゃないかと思って、探していたんです」

「颯が・・・そういえば珍しく午前の授業を休んでいました。もしかしたら巻き込まれた可能性もありますね・・・。探しましょう」

「はいっ」

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