第6話 :6

 二人は今までに届けられた四枚の絵を床に順に並べて眺めてみた。

 四枚全部で何かひとつの意味を表しているのかもしれないと思ったからだ。

 その間も黒猫はずっと少年のそばを離れなかった。それについては、興梠こうろぎは無視することに決めたが。


二人はいろいろな観点で四枚の絵を見比べてみた。

 まず、共通点。

 一枚目と四枚目の〈二本の木〉。

 生き物ということなら一枚目の人間(男)、三枚目の〈猫〉、4枚目の鳥(鷹)。


「組み合わせはまだあるよ! 二枚目の〈鈴〉と三枚目の〈猫〉!」


 足元に擦り寄って甘える黒猫を抱き上げると志義しぎは指摘した。

「ほら、〈猫に鈴〉って言うじゃないか!」

「ふむ?」

「鈴と言えば、気がついたんだけどさ。この二つの鈴は微妙に違うよね?」

「どこがだい? 言ってみてくれ」

「こっちは西洋の鈴だ。教会の鐘楼に吊るされてる、或いは、そう! 身近なところではXマスのモミの木に飾られるベルの形。で、こっちは日本の鈴。神社や、それこそ、猫の首につけるのはこの形だよ!」

「なるほど。言われてみればその通りだ」

 共通点なら――

 少年の腕の中で甘く喉を鳴らす(そんな声を初めて聞いたぞ?)猫を横目で見ながら興梠は心の中で思った。

 実はまだ他にある。決定的なヤツが。

 三枚目の絵を見せられた段階で、実は探偵はそのことに気づいていた。

 それこそがこれらの絵を読み解く突破口だと――合鍵マスターキィだと思った。

 だが確証を得るまで依頼主には黙っていたのだ。

 それこそ――


     《緑色の眼》

 

 班猫はんびょうは明らかにまだらの日本猫であるにもかかわらずその瞳は緑色をしていた。

 そして、一枚目の人物もまた、よく見れば瞳は緑色なのだ。


「なあ、君、この人物をどう思う? 君が思ったままを言ってみてくれないか?」

「え?」

 腕の中のノアローを撫でながら少年は一枚目の絵に近づくと繁繁と眺めた。

「男。壮年。紳士」

「他に気づいたことはないかい?」

「西洋人だ。緑の眼……」

 少年はパッと振り返った。

「あ! だからか? だから、興梠さん、姉さまの西洋人の取り巻きを執拗に調べてたのか!」

「ご明察。かなりの確率で行き着いたと思ったんだよ。包み纸に千代紙を使う。いかにも西洋人のやりそうなことだ。そして、最初の二回、宛名を書き損じた点」

「どういうこと?」

「たとえかなり流暢に日本語を話せても書くとなると別だ。特に漢字はね」

 思い当たって少年は眉を上げた。

「そうか、姉さまの〝六花子ゆきこ〟……それが書けずに、手こずったのがあの塗りつぶした跡なのか! そうして、遂に諦めて平仮名にした?」

「その通り。で、描いた本人を突き止めれば絵の意味もわかると僕は思ったのさ。だが、現実に、〈緑の目を持つ人物〉は三人いて――」

「うん、ヴェルナーとホルトとリンデンだね?」

「結局、今日までの段階では確証を得られなかった」

 ここで柱時計の音が鳴り響いた。


 ボン・ボン・ボン・ボン・ボン・ボン……


「いけない!」

 少年は慌てて床に猫を下ろした。

「もうこんな時間なの? じゃ、僕は帰るよ。姉さまが待ってる! 憶えてる? 今日は姉さまの誕生日だから、毎年、家族だけ、水入らずでお祝いするんだ!」

 自分の前を素通りして去って行く黒猫を目で追いながら興梠は言った。

「僕の車で送って行くよ」

「そうだ、忘れるところだった!」

 玄関の扉の前で少年は振り返った。

「明日のパーティは興梠さんも来てよ? 姉様に、あなたを招待してほしいって頼まれたんだ」

「明日? パーティ? ……なんのパーティだい?」

 驚いて聞き返す探偵。

「やだな! Xマスじゃないか!」

 もっと驚いて、志義は答えた。

「明日はうちの海府家が主催だからね! 毎年、親しい取引先やその家族を招いて盛大に行うんだ。『今年はぜひ、お世話になっている探偵さんもお誘いしなさい』って姉さまが言うんだよ。ホント、僕の姉さまは聖母マリアみたいに優しい人だからなあ!」


            


 

 少年を自宅へ送り届けてから、邸へ帰って来た興梠響。

 いつものように一人で夕食を食べ、風呂へ入り、ウイスキーのグラスを片手に事務室へ戻った。

 何一つ片付けられていない。

 やるせなさでいっぱいだった。

 絵の意味もわからない。描いた人物も特定できない。

 やはり、こんな奇妙な依頼は受けるべきではなかった。

 もっとありきたりの――浮気や使い込み、結婚を予定している相手の正確な所得等、普通の調査をするべきなのだ。探偵小説ではないのだから!

 それを、よりによって〝不可思議な絵〟の謎解きだと?

「やれやれ、初仕事だというのに……ん?」

 その時、嘆く飼い主の姿など見えないかのように颯爽と黒猫が目の前を通り過ぎた。

 ちょうど四枚並べた謎の絵の前を右から左へ。

 右から左・・・・


 ところでカンバスは右から順番に、一枚目・二枚目・三枚目・四枚目と置いてあった。

 何気なく興梠は猫の移動するままに目で追った。



 人物(男/西洋人)、二本の樹、鈴(西洋の鈴)、鈴(日本の鈴)……

「!」


 まてよ?


 先刻の少年の声が蘇る

『この二つの鈴は……違うよね? 西洋の鈴と日本の鈴だ!』

 それから今しがた自分が漏らしたぼやきの言葉。

『普通の調査をすべきだった! 探偵小説ではないのだから!』


 探偵小説・・・・


 何だろう? 何が引っかかるんだ?

 少年のせいか? 

 依頼人の海府志義かいふしぎは二言目にはホームズを引用し、自ら探偵小説ファンだと公言している。

 それにしても――

 あの三枚目の班猫の緑色の眼・・・・……

 そして、全く理解不能な暗号のような・・・・・・4枚目の……


「あ!」


 探偵は椅子から転げ落ちた。

「何だ!そういうことか!」

(そんな簡単なこと――)

 次の瞬間、興梠は叫んだ。

「おい、ノアロー! 褒めてやるぞ! おまえのおかげで謎が解けた! ご褒美をやるからおいで!」

 勿論、黒猫は振り返りもせずに廊下へと走り去った。

「こら! ノアロー! 俺の――飼い主の言うことは聞けないのか? ったく、 戻って来い! 戻って来いったら、ノアロー……!?」


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