第35話 “看板倒れ”の片山地方創生担当相

「看板倒れだな」

「また、ウマいこと言って」

恭一が“看板倒れ”と指摘したのは、埼玉県浦和区に設置された川山さつき参議院議員の著書名が入った看板のことだ。


片山議員は『看板は出版社などが書籍のPRのために2016年1月に設置したもの』と選挙PRでないとの主張を繰り返した。看板は公職選挙法で定められた掲示物の大きさを大きく逸脱する横幅が3メートル以上もある。“さいたま生まれ、さいたま育ちの唯一の参議院議員”を謳い、選挙ポスターのように議員の名前と写真が前面に出たデザインだ。2015年に出版された著書の新刊広告という説明だが、3年が過ぎても掲示され続けている。街中で見かける色あせた政治家のポスターと同じ匂いを感じる。


「政治活動ではなく、著書の広告だって言ってるけど、本の値段も見当たらないじゃんね。“さいたま生まれ、さいたま育ちの唯一の参議院議員”ってキャッチフレーズ、どう見ても片山さん自身のPRにしか見えないんですけど」

「でも“発売と同時に三省堂『ビジネス書1位』”って凄くね」


「どうってことないわよ、そのくらい。映画業界でもよくあるでしょ。予告編で“観客動員1位”とか“興行収入1位”なんて作品ばかりで疑問に思ってたんだけど、実は公開初日だけの数字だったり、どこかの都市だけだったり。ウソではないけど、自分たちにとって都合のいい数字だけ重箱の隅をつつくように見つけてきてるわけ」

「出た。まさかの悠子さんからの“週間ジツハ”」

悠子が無垢な大学生に業界の内情を吹き込む。

「政府の発表する景気のいい話と同じだな。有効求人倍率は正規社員と非正規社員の割合を隠したり。賃上げだって、好調な企業をピックアップしての数字。不都合な真実は語らない」

恭一は政府の公表するデータも鵜呑みはしていない。何しろ都合の悪いデータは出たためしがないからだ。

「片山さんの著書の場合は、政治資金を使って数千冊単位でまとめ買いしたって話だから、例えば神田神保町の三省堂書店から千冊、二千冊買い込めば、一日、一週間なら堂々の1位くらい簡単よ、きっと」

「でも、そんなに買い占めて、どうするの? 悠子さん。自分で書いた本なんだから、改めて読み返す必要ないし」

無垢を証明するような広海に現実を突きつける幹太。

「政治家だぜ。パーティーとか、講演会とかつきもんじゃん。そういう時に配るんだよ」

「いや、配らない。寄付になっちゃうからな。販売するんだよ。埼玉県内の県議や市議、後援会の支援者にも何十冊とか、百冊とか割り当てたりさ。印税だけじゃなくて、本代まで回収するんだ、きっと」

「頭、冴えてるんじゃないか。議員秘書が務まるかもしれないな」

「それ褒めてないでしょ」

「褒めてる、褒めてる」

と恭一。そして、広海と幹太の推測も、まんざら外れてはいない。

「そしたらさ、静岡県の浜松駅前にも片山さんの看板が見つかったって」

「あれだろ、『真実の議論』って本。今の国会の弁明聞いてると、意味深ナタイトルだね」

「で、今回は、なんで浜松?」

「いい質問だ。財務官僚だった彼女が政界入りしたのは2005年の小泉郵政選挙の時。片山さんは刺客候補として浜松市を主な選挙区とする衆議院の静岡7区から立候補した落下傘議員なんだよ。当時、無所属だった現職の城内実氏を僅差で破って小泉さんの期待に応えたってわけさ。いわゆる “小泉チルドレン”の1人」

「議員報酬で高級外車買うっていってた杉村太蔵と一緒だ」

恭一のザックリした解説に、幹太が素早く反応した。

「そんな縁もあって、講演活動なんかの拠点の一つにしてるんだな、浜松を。彼女、次の総選挙では城内氏にリベンジされて落選した後、参議院の全国区に鞍替えしたんだ」

「所詮は“落下傘”に過ぎなかったってことさ。ガチンコでは城内さんに勝てないって事実上の敗北宣言さな、鞍替えは。参議院が良識の府だからじゃない」

「参議院議員では慣例で総理になれないけど、それ以外では政治家にこだわりはなさそうね。当選できればどっちでもって感じよ、ジツハ」

恭一も悠子も片山さつき議員の参議院全国区への転身の事情に皮肉を込めた。

「問題の看板の“さいたま生まれ、さいたま育ち”っていうコピーは、もしかして、埼玉での知名度を上げるため?」

「そういう意味も当然ある。っていうかそれしかない」

「“ある意味”って言わないんですね、マスター」

「案外、記憶力悪いな、幹太。オレは『誰かが“ある意味”っていう時は、ほとんどの場合、意味なんかない』って言ったはずだ。今の“そういう意味”には相当の意味があるという意味だ」

「なるほど。奥が深いッスね」

「どこが?」

広海がからかう。

「ちなみに、幹太の今の“なるほど”も一見、得心が言ったように聞こえるが、実はアメリカ人が話の中でよく使う“you know”と同じで、たいていの場合、意味なんかない。相づちと一緒だ」

恭一は、こうした言葉遊びが嫌いではないから、少々面倒臭く感じることがある。

「でも、野党から『他に看板はないってのはウソか』と聞かれて、『埼玉の看板と同じ看板はないという意味だ』って、もう子供の屁理屈以下だな。高校時代の模試で全国トップとか、東大出身だって威張ったところで、言い訳の偏差値は40未満だな、絶対」

「総理お得意の“ご飯論法”と一緒ね」

「しかもね、チーちゃん。それ言い合っている舞台は国会よ。国権の最高機関。たくさんの税金を報酬として受け取って、コレだもんね。もうガッカリ」

呆れた表情の広海。

「どうだ。前みたいに、政治的無関心な若者に戻りたくなったか?」

「ううん。確かに以前だったら、議員の質を言い訳にして無関心を正当化したかもしれないわ。でも、今は別。だって、私たちが思考回路を停止して放っておいたら、国会はメルトダウンするもん」

「メルトダウンか。うまい表現かもな。核燃料がメルトダウンしたら、復旧するのに30年も40年もかかる。国会がメルトダウンすると、健全な議員が選ばれるまで何十の選挙を重ねないといけないだろうから、同じくらいの年月がかかるだろう」

「私、そんなつもりで言ったんじゃないんだけど…」

「マスター、深読みし過ぎましたね」

耕作が読んでいた専門書から目を上げた。

「損したと思ってるんでしょ、マスター」

「思ってないよ。渋川ゼミで不毛な議論はないと自負しているからな」

「カンちゃんやオウジの脱線はよくあるけどね」

その通り、と肩をすくめて見せた恭一。千穂のいたずらっぽいウインクに、恭一は女子高生の頃にはなかった大人っぽさを感じたが、口にはしなかった。セクハラで大炎上するのが関の山だ

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