第150話 地に光(上)
懐に手を入れ、持ち物を探りながら使えそうなものを探してみる。
とはいってもあまり変わった物はないのだが……。
ああそういえばこのペンダント、後でフルーゼに返さないとな。
逸れていく思考をなんとか誘導しつつ手元に出てきたのは、いくつかの子袋と小瓶。
……ん、これを使ってみるか。
準備ができたことを目で合図をすると、この地域独特の魔力をオドを介して操り始める。
手始めに地面に小さな穴をあけて……。
「…………」
それがどうした、と言わんばかりの女の子の視線。
このくらいのことは自分にもできるということか。
フルーゼはちゃんと基礎から指導を行っているらしい。
もちろん、これで終わらせるつもりはない。あくまで土魔術は下準備。
まず必要なのは火元かな。
光源として用意された近くの油台を少し移動してと。
次に火元から離れた状態で子袋から取り出した黒い粉末を穴の中に少量注ぐ。
それから土を変形させた皿をいくつか作って各子袋から粉末状の金属をそれぞれ並べて準備オッケーだ。
「はじめるぞ」
子どもたちにはわからないと思うが一応声掛けをしてから、油台の芯を火箸でつまんで穴の中に近づける。
瞬時に火花が昇り、周囲から驚きの声が上がった。
しかし、俺はそちらに気を向ける余裕がない。
なぜなら今この時も集中して魔術を行使しているからだ。
続いて小皿から順に物質を魔術で操って火柱に向けると、ある時から黄色かった炎が緑色へと変化した。
すっかり暗くなったこの場所で火の魔術は目立つ。辺りの人間がどよめいたのは分かるがそれで集中を切らすわけにはいかない。『危ない』からだ。
次々に皿の物質を投下すると色とりどりに変化する炎。
なかなか幻想的に演出できていると思う。
初めて目にするのであれば楽しめているんじゃないだろうか。
最初に使った黒い粉末の正体はグラファイト、そこらの炭と硫黄、硝酸カリウムを混ぜた物。一般に黒色火薬と呼ばれる爆発物だ。
それを燃焼させ、一部金属を投入することで色を変える。
中学校の教科書で学ぶ炎色反応を起こしてみた。言ってみれば花火の再現である。
最初に投入したのが怪物退治で鏃(やじり)に使ったモリブデン、そして鉛。
あとはカルシウムやカリウム等、そこそこ手に入れやすい物質を使った。
……ちょっと子どもだましっぽいかもしれないが、祝いの席の余興なのだから華やかで良いじゃないかと納得して欲しいところだ。
俺個人としても挑戦的なことをやっている魔術なので決して手を抜いているわけではない。そもそも爆発物を使っているわけだしな。
最後まで慎重に反応を終わらせた後、作った皿を崩して穴を埋めて終了だ。
やっと一息つけると顔を上げると、思ったより沢山の目がこちらを向いていた。
こちら、というか今埋めたばかりの穴の跡を。
しかし、入念に後片付けをしてしまったので、そこには何もない。自然、視線、おそらく広場にいるほとんど全員の物、はそこから少し上に位置する俺へと移動する。
……気まずい。弁明しようにも言葉が通じないのだ。
なんというかお騒がせしてすみませんでした……。
静寂を破ってくれたのは特等席で最初から魔術を見学していた少女だった。
「☆◇〇☆◎~~!?」
興奮しているということだけは分かるが……。
「――――」
唯一、場を納めることができるフルーゼが、諭すように語り掛ける。
続いてざわめき始めていた宴席に向けても、何かを話した。
何を言ったのか、お陰で悪い流れになったりはせず、目の前の少女の剣幕も一応の収まりは見せたが……。
さっきとは明らかに周囲の視線が異なる。
敵意、ではないと思う。
好奇心とわずかな恐れ、そんな感じだろうか。
子どもたちは前者が完全に勝っていて案内をしてくれた子まで含めて前のめりで観察してくる。
大人はそれを遠巻きに見守っている感じだろうか。
「……説明、してもらえるか?」
「それをして欲しいのはこの子と私の方だと思うわ……。ごめんなさい、最初にもっと簡単なことをお願いしておけば良かった」
ちょっと派手すぎたようだ。
酒の席で花火をして輪を乱すとか、完全にマナーを知らない大学生の所業である。
自己嫌悪がつらい……。
「……そんなにおかしなことをしたつもりはなかったんだ、本当に。フルーゼだって知っているだろう。炎色反応。ちょっと話の種になるかと思って」
「ええ、おそらくどんなことが起きていたのかは解るわ。でもそれだけではないでしょう。『教えてもらったこと』と決定的に違う部分が今の魔術にもあった」
「お、気が付いたか。さすがだな」
今回の魔術の肝は炎色反応ではなく、黒色火薬の方である。
この手の物質は魔術が使用可能ならあまり用途がないが、勝手の違うこの大陸で急に『力』が必要になった時のために作ってみた物質の一つだった。
ここで言う『力』とはすなわち爆発力。
あまり強くても危険なのだが、必要な時は必要になる、かもしれない。
しかし、披露した魔術ではそんな爆発は起こらなかった。
『継続的に』火柱が発生する状況。これこそが研究の成果である。
これまで俺が独自に、というよりも勝手に魔術としてきた技術は運動であったり、電気、光とそれぞれ現象の発端を制御してきたが、その『過程』は多くの場合自然に任せてきた。
しかし、魔術の応用力は絶大だ。
現象、つまり『変化を起こす』ことができるのなら『変化を制御する』ことも可能なのではないかというアプローチ。事実、運動量への転換はできたのだ。
今回はその応用ともいえる。
爆発というものは、ほとんどの場合化学反応の一種である。
今回の火薬なら酸化反応だし、水蒸気爆発なんかを例に挙げれば相転移ということになる。
特徴は反応速度。
ごく短い時間に潜在(ポテンシャル)エネルギーが運動や熱に変換されて強い現象を起こす。重火器や一部の土木・建築作業で利用されるのはそのためだ。
当然問題もあって、単純に危険である。
かのアルフレッド・ノーベルが過敏性の高いニトログリセリンを苦心の末、安定運用できるようにしたものの、戦場で利用されてしまい後悔したという話はあまりにも有名だ。
贖罪とも言われる形で設立されたのがノーベル賞である。
危険なほどの瞬間反応は便利でもある。
しかし、欲張りな俺は強い現象をおこしつつも、もう少し反応時間を遅くしたいと考えた。
破壊にしか利用できない熱と運動では勿体ない。
ノーベル先生だって認めてくれる考えだろう。
機械的に再現するならば、内燃機関なんかはこれにあたる。
有機混合ガスを秒間何十回という回数、小規模に爆発させて運動エネルギーに変換している。それをもっとリニアに成し遂げたのが今回の魔術だった。
つまり、化学反応を遅らせる魔術。
応用で進める魔術も可能(こちらはこれまでも部分部分でやってきた)なのだが、起きる現象が随分と違うので割愛する。
この魔術は自身のオドだけでも発現させられるので、地脈が得られない場所でも柔軟に強い力を利用できるというメリットがある。
じっくり時間をかけて燃料や爆薬を準備して、ほどほどの時間で運用するということが可能になった。
質量計算を間違えなければ、重たいものの移動なんかに有用なはずだ。
その練習を行っていたのをフルーゼは一度で見抜いた。
昔から魔術の覚えは良かったが、ブランクを感じさせない洞察力には脱帽の一言しかない。
このことを簡単に説明しただけで、概ね理解した上、隣の子どもたちに同時通訳で授業まで始めてしまった。
さっきの演説も考えると明らかに成長している。
そうだよな、十年経ったんだもんな……。
「……フルーゼさんて何者なんですか? 私、この魔術の説明を理解するのに何日もかかったのですが……」
隣で様子を見ていたメイリアのつぶやきは、こいつにしては珍しく本音そのものだと感じられた。
何年もの間、真面目に魔術について学んでいたメイリアにとって、それだけ深刻になる状況なのだろう。
「さっき自分で言ってたろ。姉弟子だ。心配しなくても、お前はお前で成長してるよ」
フォローもしておく。
「カイルとルイズ、二人を除けば俺の魔術を一番継承してるのはメイリアだ。それについては自信を持っていいぞ」
そこに続いたというわけでもないと思うのだが、授業に一区切りついたらしいフルーゼが続く。
「そうです、メイリアさん。北の魔術院でアインが担当した後輩さんってメイリアさんのことなんでしょう。魔術のこと、色々と教えて下さい。アインからもらった手紙だけでは全然わからないことだらけで」
「うむむ……、明らかに丸め込まれている……。私の修練の結果が簡単に奪われてしまうのでは……」
ぐずぐずしているメイリアだが、これはポーズだ。
基本的にこいつは断る時ははっきりと断る。
交渉の技術だか知らないが、まどろっこしいと思わないのだろうか。
「……わかりました。そうやって気を抜いているうちに私が技術を盗んで見せますからね。その覚悟があるならおしえましょう」
結局こうなる。
「うふふ、じゃあ教え合いですね。良かったらこの子たちにもお手本を見せてあげて下さい」
フルーゼも気の利く子なのでうまく受け流してくれている。
でも、なんだろう。どこがというわけではないけれど、ちょっと彼女の本音が隠されている、そんな感じがする笑顔だなと思う、仮面を被っているというか……。
「――――」
思考を遮ったのは低い位置から聞こえる高めの声だった。
視線を下げると、黒く大きなどんぐり型の瞳。
フルーゼから講義を受けていたのとは別のもっと小さな男の子。
「ごめんな、なんて言っているかわからないんだ。もしも伝えたいことがあったらフルーゼおねぇちゃんに声をかけてくれないか」
腰をかがめて目線をあわせて言ってみる。
向こうだってほとんど理解はできないだろうが、コミュニケーションは姿勢が大切なのだ。この大陸にやってきて学んだことの一つ。
「――――」
とはいえ、わからないものはわからない。
彼は拙い言葉で必死に続ける。
そして最後にとった一つの行動。それにだけは見覚えがあった。
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