第79話 選択と決断
「お初にお目にかかります、聖女様。アイン・ロビンス。ロビンス商会の会長です。このたびは弟カイルより連絡があり参りました。何分歩き商いを主業とする者ですので、至らないこともあるかと思いますがどうかお目こぼしを頂きたく」
念のため、貴族に対する礼をとって挨拶をする。
メイリアたちについては、現時点では同じ商会の人間ということで紹介してあった。
本当の話はもう少し状況を見定めてからだ。
「この街にはカイルと落ち合うために参りました」
「存じています。此度は呼びだてするようなことになり申し訳ありません。本当はこちらから出向くべきなのです。昨日の襲撃を未然に防いで頂いたお礼なのですから」
未然に防げたかどうかはかなり怪しいのだが……。
「新たな襲撃の糸口を与えるわけにもいかず、このような形となりました」
「気になさらないでください。あの場にいたものは皆、襲撃者に気が付いていれば同じことをしたでしょう」
「……いえ、行動に出て、ことを成せるというのは偉大なことです。ましてや、あなたの弟、カイルに助けられるのはこれが初めてではありません。もう三度目。しかも、そのすべてで、あと少しの所で私は命を落としていました――」
ここ何日かでカイルとルイズが何をしたか聞かされる。
どうやら、山賊に襲われていたところを助けるのに端を発して、有力者の家ではメイドさんに紛れていた暗殺者を事前に発見し、数を減らしていた護衛の代わりに彼女をこの街までエスコートしてきたらしい。
そして昨日の襲撃事件だ。
メイリアが予想していたままなのだが、ここまでとは思わなかった。
いやに周りの人間が部外者であるはずの二人に、親しげな感じがするなと思っていたのだが、これが理由のようだ。
絶体絶命のピンチを必ず救うヒーローに対する信頼か。
「……弟たちが助けになったようで何よりです。少しこちらの想像を上回る活躍だったようですが……」
そこで、カイルとルイズ以外の全員が相好を崩した。
みんな気持ちは同じらしい。
なんにせよ、雰囲気は良くなったと思う。
「……本当に、言葉では申しきれないほど助けてもらいました。それも今日までの予定です。私はこれより聖都に向かうつもりですが、この街で聖堂騎士の部隊と合流します。そうすれば護衛の不足もなんとかなるはずですから」
どうやら、カイル達を無理にリクルーティングしようというわけではないらしい。
それまで凛とした表情で話していた聖女様は、ふと親しげな表情に変わってカイルたちの方を向く。
「カイル、ルイズ、今日までありがとう。本当はずっとお兄さんのところに戻りたかったのよね。それなのに私たちの面倒を見てもらった。もう大丈夫だから、ちゃんと皆さんを安心させてあげて」
短い付き合いであるはずの聖女様と随分仲良くなっていたようだ。
見てはいけない彼女の年相応の顔を見てしまったような気がする。
「これまでの、報酬、そして昨日のお礼をお渡しします。ですからもうしばらく、お待ち頂けないでしょうか」
「二人の護衛料はともかく、昨日のお礼なんて必要ありませんよ。もし気にされるようでしたら、先ほどの二人のお話、もう少し詳しく聞かせてもらえませんか」
そう言うと先方のみんながはっきりと笑う。
「二人も同じことを言っていましたよ。私、商人の方ってもう少しお金に関心が強いのだと思っていました」
あ、そういう考え方をされるとまずいな。
言い訳しておこう。
「今回はエトアに名高い聖女様に名前を憶えて頂いただけで重畳です。欲をかいては損をするというのは商会を始める時に祖父より賜った言葉でした」
「まぁ、そういうものなのですね。やはり、山の修道院に籠ってばかりというのはいけませんね。自分で見聞きしなければ分からないことが沢山あると、この旅で知らされませた」
適当ないいわけをそう真面目にとられるとつらい。
聖女のオーラにあさましい心が浄化されてしまう。
「皆さん、立ち話もなんですから良かったらお茶にしませんか。今、準備をしてもらっていますから」
俺の苦悶が伝わったというわけでもないだろうが、すぐに話を変えてもらえたのだった。
和やかなお茶会はしばらく続いた。
ここ数日のカイル達の活躍をもう少し詳しく聞いたり、俺たちのこれまでの生活を話したりだ。
「――感染……症ですか?」
商会の方で医療の分野に参入したという話をしてみた。
「ええ、人から人、あるいは物や他の動物等から感染る病気があるでしょう。これを体系化しようとしています」
「確かに、寒くなれば流行り病が広がり、多くの方がなくなります。ものによっては治癒の魔術の効果が低いことも……」
癒しの奇跡を司る聖女様にとってそれは苦しいものなのだろう、強い関心を示した。
「あまり知られていませんが、怪我の治療方法が悪い時なんかに患部が壊死する症状や高熱が出る場合なんかもそれが原因です。そういったものの原因を究明しているわけです」
「……その話は本当なのですか? いえ、失礼しました。俄かには信じがたく。しかし、それがわかっても、目に見えない、魔力に反応しないものとどう闘えばよいのか……」
「その方法もある程度、確立させました。薬事療法を行います」
「! 治療法があるのですか……」
これには一緒に話を聞いていたルネさんが反応した。
彼女も医療には関心が強い。
「治験も終了し、今は増産体制に入っているところです。もし、関心を示されるようでしたらいつでも見学を受け入れています。ロビンス商会までご連絡下さい」
「……聖都での仕事がひとつ増えたようですね。早いうちに書状をしたためておきましょう」
そんな感じでうまく商談をねじ込めたなと思っていたところでドアをノックするものがいた。
来客のようだ。
もしかしたら護衛の騎士団とやらが到着したのかもしれない。
少し慌てた雰囲気があるのが気になる。
敵意の類は無いようだが……。
ずっと静かに話を聞いていたルード、護衛の男がドアをあけて外で対応していたのだが、どうも様子がおかしい。
なにやら問題が起きたようだ。
すぐに聖女たちが呼び出されて退室していった。
ルネと呼ばれる同じ年頃の女の子が一人残っているがやはり心配そうで会話がどこか上の空だ。
それは俺たちの側も同じだった。
しばらくして部屋へ戻って来た聖女の様子は一見普通だった。
それでも、一度緊張状態になってしまった俺たちには彼女の不安がわかってしまう。
否応なしにマナを解して伝わってくるからだ。
「皆様、どうやら、護衛の騎士たちが到着したようです。名残惜しいのですが、お茶の時間はここまでにさせて下さい。楽しい時間をありがとうございました」
そして、カイルたちの方を向き直る。
「カイル、ルイズ。ここまで連れてきてくれてありがとう。あなたたちは断ると思うけれど、このご恩は必ず返させてもらうわ――」
「……違うよ、マリオン。僕たちが聞きたいのはそんな言葉じゃない。そんな不安そうな顔をしているのに、それを気にせず別れるなんて無理だよ」
ちょっと弟がかっこよすぎる。
それにしても、さっきも思ったけど聖女様との距離感近すぎない?
「……マリオン様。私は何が起きているのか知りませんが、お二人とお二人が信頼されているお兄様がここにいるのです。ご相談されてはいかがでしょうか。これまでも、私たちの懸念を容易く跳ねのけてきた方たちですよ」
本音を言えば、メイリアの護衛任務中である俺たちはこれ以上懸念事項を増やすべきではない。
だが、何かあるならばどうせ情報収集は必要だ。
彼女の問題は、これから聖都へ向かう俺たちにとっても無関係ではない。
「……そうですね。隠そうとしても無駄でした。そう難しい話ではないのです。ただ――」
彼女の伝える情報は確かにシンプルなものだった。
聖都より聖女の護衛のためにやってくるはずだった神殿騎士が見込みよりかなり少なかったらしい。
「原因は分かっているの?」
カイルが問いかける。
「どうやら政治的な妨害にあったようです。これまで何度か命を狙われていましたが、これも同じ主犯によるものなのでしょう。私の立場は一修道女として特異なものですから、それを快く思わないものがいることは分かっていましたが、ここまでとは」
情報の前後はわからないが、暗殺の成功確率を上げるための措置だろうか。
かなりの力技なので実行した方にとってはもろ刃の刃のはずだ。
国内の象徴的な人物を害しておいてただで済むとは思えない。
かなり大きな後ろ盾があるのだろう。
「つまり、今後送る刺客のための前準備ってことだよね。なら、マリオンにはまだ護衛が必要だってことだね」
「それは……」
問題は確かにシンプルだ。
聖女を守る盾(ごえい)がはがされた。
次に槍(しかく)のひと突きがある。
対抗策は逃げるか守るかだ。
そして彼女は使命のために逃げるつもりは無いと。
どこかで聞いた話だな。
「……兄さん、お願いがあるんだ」
聖女の答えを聞くことなく、カイルが俺に向かって言う。
「カイル先輩、ちょっとだけ待ってもらえますか。その前に話しておいた方がいいことがあるでしょう」
決意の一言は、それまで黙って話を聞いていたメイリアの横やりによってものの見事に腰を折られてしまった。
でも、確かに今がその時だろう。
向こうは隠していたことを明かした。
こちらも平等に隠し事は無しで行こう。
その上でどうするか、それを考えるんだ。
「マリオン様、お気持ちはお察ししますが、一つだけ話を聞いて頂きたいのです。カイルが、私たちが隠していたことについて」
急に前に出てきたメイリアに聖女の周囲の人間は訝し気な顔をした。
「彼がこちらのアインと会うためにアムマインを目指していたというのは事実ですが、それは一つの目的のためでした。彼らは私という人間を護衛するためにエトアに来たのです」
「……あなたを、ですか」
「ええ、先ほどは失礼しました。改めて自己紹介させて頂きます。私の名はメイリアーナ・ディア・ウィルモア、ウィルモア国王太子ベルホルトの娘です。以後お見知りおきを」
その名前の持つ効果は絶大だった。
彼女が何かそれを証明するものを出したわけでもないのに、その事実を知らなかった聖女以外の人間はみんな慌てて敬礼をする。
「……王女殿下。驚きましたが得心も行きました。私の護衛はみな腕のたつ者たちのはずでした。彼らよりはるかに強いカイルとルイズは何者なのか、その謎が解けました。あなたの近衛だったのですね」
「それは違うよ、マリオン。僕たちはただ友達のメイリアを守っているだけだ。王家に雇われているわけじゃない。……それでも、黙っていてごめん。これだけは僕の口から話すわけにはいかなかったんだ」
カイルの言葉に色々と疑問がありそうな顔の聖女だったが、今はあまり重要なことではないと気が付いたようだ。
落ち着いた様子を見て取ったメイリアが続ける。
「そして、この度の来訪の目的は王国を代表して聖都で女神の託宣を見届けること。つまり、私たちもまたエルトレアへと向かおうとしているのです。どうでしょう。問題解決の糸口が見えてきたのではないですか?」
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