第78話 また会えたなら

 案の定、聖女一行の行先を追うのはそう難しいことではなかった。

 聞き込みをするまでもなく、街の噂が彼女のこと一色だったからだ。

 もしかしたら影武者という可能性もあるかもしれない。

 しかし、俺が知りたいのはカイルとルイズの行方なので、それ自体は問題ではなかった。


 他には船を降りた時に襲撃があったということもしっかり噂になっていた。

 すでにボウガンを持っていた容疑者は捕縛済みだという。

 どうやら俺が捕まえた下手人はちゃんと衛兵に回収されたようだ。

 野放しだとかなり不味いからな……。

 共犯者の有無等は現在も調査中だろう。


 街の有力者が話し合いを行う議会。

 ここが聖女一行に関する噂の終着点だった。

 同様の施設は南の方にもあり、どのように使い分けているのかは定かではない。

 とにかく、今日のところはここでこの街の領主が執務を行っており、その人物と面会を行っているという話だ。


 この街に来たばかりのおのぼりさんを装う。

 今日はちょっと目立つ行動をしてしまったため多少の変装として帽子も被っている。

 そして、観光するふりをしながら議会場内のマナを探ると、すぐにカイルとルイズの反応を見つけることができた。

 良かった。

 ここにいてくれた。

 わかってはいても確認できれば安心するものだ。


 近くには何人かの人間が一緒にいて、その中には馬車に乗っていた聖女と思しき人物も混ざっている。

 まさに今、警備中なのだろう。

 さて、どうしたものか。


 しばし逡巡したあと、『点呼』を意味する連絡をマナを解して行った。

 すぐに反応がある。

 これは、『しばし待機』か。

 点呼に対する答えにはないものだがしょうがない。

 ようは今すぐ動けないということなのだろう。


 連絡をとる意思は確認できたので、周囲の様子を見回りながら待つことにする。

 マナの反応は捕まえたのでそう遠くまで行かなければ大丈夫だろう。

 近くの屋台で串焼きを購入して食べていると、ほどなくして『集合』の連絡があった。


「……美味しそうなものを食べてるね。兄さん……」


「ああ、うまいぞ。お前も食うか?」


 そういって何か木の皮らしきものに包まれた残りを見せる。

 ちゃんと余分に購入してあるのだ。


「いや、やめておくよ。今、何故か偉い人の前でマリオン、聖女様の護衛をすることになっててさ。食べ物の臭いをさせてたら叱られちゃう」


 聖女様の名前か? 呼び捨てにするほど仲良くなってるのか……。


「……その『何故か』、の部分をはっきりさせたいんだが。ルイズはまだ中にいるな」


「うん、僕の分も護衛を続けてる。今もちょっと抜けてきただけですぐに戻らないと」


「できればこっちに戻ってきて欲しいんだがなー」


「ごめん、あと少しだけ目が離せないんだ。それと、朝のことだけど助けてくれてありがとう。危ないところだった」


「……あれなぁ。まあ怪我とかなかったならよかったよ」


「兄さんが捕まえてくれたんでしょ。こっちにも連絡があったよ。今取り調べ中だって。一応、聖女様の一派が捕縛したってことになってる」


 やっぱり捕まってたか。

 いいニュースだ。


「簀巻きにして置いておいただけだけどな」


「うん、助かったよ。それと、ハイムは無事だよ」


「良かった……。心配ごとが一つ減った。それで、戻って来れるか?」


「もちろん。でもあと少しだけ時間がかかるんだ。明日には話ができると思う。今日中に冒険者ギルドの方に一報入れておくよ」


 連絡方法の確立。

 これで一歩前進か。


「わかった。それと聖女様だけど、どこまで俺たちのことを知ってる?」


 カイル達なら、めったなことはないと思うが重要なことだからな。


「僕とルイズがロビンス商会の人間で、この街で兄さんと会う予定だってことだけ」


 メイリアのことは秘密になっていると。


「やっぱり、託宣のために聖都に向かってるのか」


「……うん。噂になってる……?」


「行先はな。これはメイリアからの伝言なんだが、本当に必要なら自分のことを明かしても構わない、だそうだ」


「……そっか。心配、かけたんだね。今のところ伝えるつもりはないけど、覚えておくよ」


「そりゃそうだ。みんな待ってるよ」


「うん、待たせてごめん……。でも、もう少しだけ待って。もう行かないと」


「わかった、明日だな。それとカイル――」


 これはちゃんと言っておこう。

 振り向く弟に向けて。


「――お帰り。よく、無事に戻ってきてくれた。ルイズにも、ちゃんとそう伝えてくれ」


「……うん。ただいま。兄さんもよく無事で」


 突き詰めていえば、今日までの俺にとって懸念事項は二人とハイムの安否だった。

 どんなに不思議な状況だとしても、それが確かめられたならどうにかしてみせる。

 その気持ちが湧いてくるのだ。


 行き場のなくなった串焼きの残りは包み直して持って帰る。

 デニスとヘルゲと一緒に食べよう。

 今日一日警備を任せたお礼代わりだ。





「……それで先輩、私たちにお土産はないんですか?」


「あのようなものを姫様に食べさせるわけにいはいきませんので」


「私が食べ歩きを趣味にしているのを知っていてその言い草ですか……。今日はあんなに自由時間を認めたのに、この仕打ちだなんて」


「いや、全部任務の一環だったろ……」


「姫様、旅の道中ですからこれまで目をつむってきましたが、炉端で売られているようなものを口にされるのはいけません。危険ですから」


「だからって目の前で食べられたら悔しいでしょう。持ち帰りのはずなのに、魔術で温め直して、あんなに良い匂いさせて」


「そんな女性陣にはこっちを用意しておいた」


 俺は平等な男なのだ。

 帰りに少しだけ高そうな店で果実を使った飴菓子を購入していた。

 片手に携えた串焼きのせいで冷たい目をされながら、だ。


「これは、お菓子ですね!」


 ご婦人の例にもれず、甘いものに目がないミリヤムさんが真っ先に反応した。

 師匠やルイズの例から考えると彼女にも秘めたる剣の才能があったりするのかもしれない。


「なんだ、先輩わかってるじゃないですか。もう、先に言ってくれればいいのに」


「それではお茶を淹れましょう。姫様、お菓子は毒見が済んでからですからね」


「むぅ。ちゃんと残しておいてくださいよ」


 カイルとルイズの安否が確認されたことでみんなの様子も明るい。

 今日は監視対象だったヘルゲもあわせて全員でちょっとしたお茶会だ。

 いい気分転換になるだろう。

 それに、ここからはまた護衛に力を入れなくてはいけなくなる。

 ここで鋭気を養っておくのは意味があることのはずだ。





 翌日、冒険者ギルドへ行けば、約束通りカイルからの連絡が入っていた。

 記載されていたのは場所と時間、そしてカイルとルイズがたどったこれまでの簡単な経緯(いきさつ)だった。

 とはいっても本当に簡素なもので聖女のせの字も無い。

 おそらく漏洩を危惧した結果だろう。

 それでも、俺たちの知っている情報とかけ合わせれば何が起きたのかだいたい予測がついた。


「――カイルはどこで会おうといっているのですか?」


 オリヴィアさんが確認してくる。


「それなんですが……、北区アムマイン領主の屋敷だそうです」


 アムマインの街はシュネイ川によって南北に分かたれているため、一人の領主で納めるには面倒ごとが多い。

 なので、原則領主は北側に住んでそちらの評議会をとりまとめ、南には代官を派遣して同様に統治をおこなっているようだ。

 日ごろは定時連絡を渡し舟で行き来させ、重要な事柄のみ、トップが川を渡るというわけだ。

 そして今、聖女一行は北区の領主屋敷に滞在していた。

 つまり、再会の場に聖女様じきじきに出張ってくる可能性がある。

 そうでなければ領主が護衛の一人や二人のためにわざわざ場所を提供する理由もないだろう。


「では、私も同行した方が良さそうですね」


「居場所がバレることになるかもしれないぞ」


「ここまで状況が混乱していて、うまくやり過ごそうなんて思いませんよ。先輩方には聖都までついてきてもらわなければいけないんですから、どうせそこで聖女様と顔を合わせることになります。それなら今のうちに話をしておいた方が良いでしょう」


 そこそこ筋は通っている。

 変に隠して後で信用を失うのは避けられるなら避けたい。

 話を聞いた他のみんなも表立って反対をする様子はない。

 このあたりは主権者って感じだな。


「わかった。でも場所が場所だからな、この街の領主と聖女様は出てくる可能性がある。領主の評判は悪くないけど、念のためここぞという時までは身元は隠してもらうぞ。移動の時はこの外套を着てくれ」


 そう言って旅の途中で作ったアラミド製のマントを渡す。

 お世辞にも高級そうには見えないが、身元を隠すには丁度いいだろう。

 他にもできる限りの防備を固める。


 同行者については結局全員で向かうことになった。

 メイリアが出向くならこの少人数で一人二人残しておく理由もないからだ。


 馬車はいつでも出せるように整備済。

 馬もゆっくり休んで元気なはずだ、このあたりで運動をさせておくのはいいことだろう。

 女性陣が馬車に乗り込み従士二人が護衛をすれば、最低限度威厳も維持できる、といいな。


 領主の屋敷はほんの少しだけ街の中心部をはずれた高台にあった。

 街を一望できるし、そこまで距離もないので一等地と言っていいだろう。

 ほんの少しだけロムスの実家を思い出す。


 聖女様の滞在は公にされていないが、さすがに敷地の防備は厳しかった。

 多くの衛兵が巡回しながら警戒を行っている。

 さて、どう話したものか。


 そう思っていると向こうの方からこちらの身元を確かめに兵が近づいて来る。

 彼は俺の顔を見ると驚いた顔をしてすぐに屋敷に向かう。

 もしかしたらカイル自身が俺のことを伝えていたのかもしれない。

 セキュリティは顔認識で突破できそうだ。

 ほどなく身なりの良い家令と思しき男性がやってきて晴れて中へ入ることができたのだった。

 貴族である領主が住むだけあって立派で大きな建屋の中。

 いくつかあるのであろう応接室のドアの前に立っている。

 中には間違いようもないカイルとルイズの気配。

 そしてあと何人か他にもいることが感じ取れる。

 それは、これからの話に第三者が介入するという証だった。


 家令のノックに応じて入室の許可が出る。

 うら若い女性の声。

 この人が聖女様だろうか。

 ドアが開かれると中に入るように促される。

 ここまで連れてきてくれた家令の人は、どうやらここまでのようで優雅に一礼をしてそこで立ち止まったままだ。


 少し迷ったが俺から入室することにした。

 メイリアの身分はまだ隠していて良いと思うし、今日の話の中心人物は俺のはずだ。

 ちゃんと責任を果たさないとな。


 決意の入室の後に、中で待っている人を確認する。

 カイル、ルイズ、そして二人の女性と一人の男性。

 ……ルイズも本当に無事だった。

 良かった……。

 反応でわかっていたことだが、やはり顔を見ると安心する。


 落ち着いて見てみれば、ルイズはカイルとお揃いの仕立ての良い騎士服のようなものを着ている。

 二人ともその服よく似合うな……。


「ようこそおいで下さいました。私はマリオン・オーディアール。イセリアの使徒です。自ら名乗るようなものではありませんが、聖女と呼ばれている、と言えばわかりやすいでしょうか」


 気の抜けたことを考えていた俺にかけられたのは、まごうことなきエトアの聖女本人からの挨拶だった。

 どうやら、先方は真っ向勝負でいくつもりの様だ。

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