第44話 またこの四人で

 俺たちは今、ベルマン屋敷の大掃除をしている。

 旅立つ前に感謝を込めて色々綺麗にしておこうと思ったのだ。

 ユンさんには必要ないと言われたが、お世話になったぶんをこれくらいはお返しをしたかった。

 ロムスへの転居に向けて荷物の整理は済んでいる。

 実際のところあまり大がかりな準備は必要なかった。

 なぜなら、俺たちは今後も王都に頻繁に立ち寄るため部屋をそのまま残してもらえるからだ。

 ありがたい話だな。

 しかし、立つ鳥後を濁さず、しっかり綺麗にして出発するべきだろう。


「兄さん、煙突の煤おとしやっちゃうから周りの養生をお願いできる?」


「おう、分かったちょっと待て」


 手早くポリエチレンフィルムをつくって暖炉を覆う。


「準備いいぞ」


「了解!」


 カイルの魔力によって暖炉の煤はぽろぽろと小粒なダイヤモンドに変わっていく。

 煤の大半は炭素と水素だからな。

 その炭素の結合方向をそろえただけだ。

 発生した水素についてはじき、煙突から出ていくことだろう。

 微量にふくまれた硫黄やリンは、それ自身を素材として煤と合わせて洗剤の材料にする。

 こうしてみると究極のエコだな、この魔術。

 汚れで洗剤をつくるとか。

 この素材は俺たちが居なくなった後にユンさんに使ってもらおう。

 ちょっとした置き土産だ。

 適量ごとに瓶詰してルイズに運んでもらった。

 こんな感じで魔術を全開にして掃除の面倒な場所を綺麗にしていく。

 それはもう大人げないほどやった。

 子どもなのでそれでいいだろう。


「帰ったぞ! と、んん? なんだこれは、屋敷がピカピカになっておるじゃないか」


 剣術の道場から戻ったらしいリーデルじいさんが開口一番に掃除について言及する。

 リーデルじいさんは掃除の後とか初めての料理とかわりと小まめに気が付いて褒めたり指摘したりする。

 これって当たり前のようでなかなかできないことだよな。

 クルーズもそういうところは上手だった。

 逆にゼブとかアルバン伯父さんは苦手っぽい。


「お帰りなさいませ、旦那さま。みなさんが家を出るまえにお世話になったお返しだと、掃除をしてくれたのです。ここまでやってもらうとなんだか申し訳なくて……」


「ユンはいつも頑張ってくれておるからな。たまには休ませてもらうのもいいじゃろう。しかし、子どもたちは子どもたちで頑張りすぎておらんかの。もっとこうわしに甘えてくれてもいいと思うのじゃが……」


「おじいちゃんは会社の方で色々助けてくれてるじゃない」


 隣で聞いていたカイルが言う。

 リーデルじいさんはベルマン商会の会長の席をアルバン伯父さんに譲ってから、精力的に俺たちの会社設立のために動いていてくれていた。

 海千山千の王都の各種ギルドとスムーズに交渉を進めることができたのはこの人のおかげだ。

 リーデルじいさんはロビンス商会の社外取締役みたいな立ち位置である。


「そう言ってくれるのは嬉しいんじゃが、もっとこう、お菓子とかおもちゃとかねだってくれてもいいんじゃよ。カミラとエレナも最近はなんだか遠慮して甘えてくれんしのう」


 ミレーアさんの淑女教育のたまものか、二人は日ごろレディの立ち振る舞いを意識している。

 エレナなんかは子どもっぽいところが出ることもあるが、なかなかおじいちゃんに甘えるというところまではいかないのだろう。

 商会長の重責を離れたリーデルじいさんはおじいちゃん業に精を出して行きたいようだが、なかなかうまくいっていないらしい。


「しかし、本当にわしがついて行かなくてよいのかの? 十日もお前たちだけで旅をするのはやっぱり心配なんじゃがな」


 掃除を終わらせた後のお茶の時間、改めてリーデルじいさんに聞かれる。


「どうせ何往復もすることになるから、慣れておきたいんだ。今回はフヨウもいるし大丈夫だよ。念のために手紙も出すし」


 これはみんなで話し合って決めたことだ。

 手紙については出発前にロムスに向けて出して、うまく行けば追い抜けることになっている。

 手紙だけが到着してなお帰ってこないようならゼブが捜索に出てくれる段取りだ。

 万全かどうかはともかく、できることはやってある。


「わしが家を出たのが十二のときじゃったから、こんなものなのかのう。エリゼのときも心配させられたが、親にならないとわからないことはあるもんじゃな」


 その言葉にユンさんがそうですね、と柔らかに頷いている。

 アルバン伯父さんではなく母さん? そんな話は聞いたことがなかったな。


「母さんって家出とかしたの?」


「ああ、正確には成人はしてはおったんじゃがな。当時冒険者の真似事をしておったアルバンに、ついていってしまったことがある。置手紙だけおいてな。まあ、あの子にとっても自分の子に話すのは恥ずかしい話かもしれんな。お前たちの父親との馴れ初めの話でもあるから、気になるなら本人に聞いてみればええ」


 「気になるなぁ」というカイルの声にルイズがお菓子をほおばりながら頷いている。

 ほっぺに食べかすがついてるぞ。


「なんとなく家出とかするならアルバン伯父さんかなって思ってたけど。剣一本を頼りに、とか」


「アルバン坊ちゃんは、旦那様の言葉は守られる方でしたよ。今も昔も坊ちゃんは旦那様を目指しておられますから」


 そうか、そうかもしれない。

 剣も仕事もアルバン伯父さんはリーデルじいさんを追いかけて決めたことなんだな。

 「今思えばもっと自由にさせても良かったな」とか言っているが、それはじいさんにとって凄く誇らしいことなのではないだろうか。

 だからいっそう母さんが家出したときは驚いたのかもしれない。

 そんな、自分の知らない家族の話を聞きながら、王都最後の一日を過ごす。

 もっと話を聞きたい気もしたが、明日からは旅の身の上だ。

 ゆっくり体を休めなければいけない。





 アーダンへの道をトコトコと進む。

 試作の馬車の調子はよく、身軽な馬も嬉しそうだ。

 早朝、見送ってくれるリーデルじいさんとユンさんに、ロムスへの手紙を預けて出発した俺たちは順調に宿場町へ向けて進んでいた。

 乗っているのは俺とカイル、ルイズにフヨウの四人。

 これにゼブが加われば初めて王都にやって来たときのメンバーだ。

 あれから五年。

 色々あった王都をまたこの四人で出発するというのは不思議な感じがするな。

 自然、道中の会話もその話になる。


「陸まで泳げと言われたときは何を言っているんだ、と思ったな。その後にあの不思議な浮き輪やら水やら渡されて初めて本気で言っているんだと理解した」


 フヨウがルイズの髪を編み上げながら言う。

 どうやらルイズの長い髪は自由に触りたくなる魅力があるようだ。

 ルイズもおとなしくされるままになっていた。

 この二人はやっぱりなんか姉妹っぽいよな。


「あれでも精一杯やってたんだよ。うまく助けられなかったとは思うけど。今度同じことがあったら船ごと作ってみせる」


「お前はそうやって、人を助けるためにいつも無茶苦茶をするな。それだって本気で言っているんだろう?」


 もちろんだ。

 そうそう次があるとは思わないが、船乗りの掟と戦う準備はできている。


「そういえば、あの時兄さんが渡していた宝石はどうしたの」


 軍資金セットか、たしかに渡したままだったな。


「透明の何かに固めた宝石と金だな。今回の旅に持ってきている。ちょうどいいから返そうと思ってな」


「適当に使っちゃえばいいのに。律儀だな」


「そんなわけにいくか。王都に来て多少は物の価値を知ったが、これはおいそれと手放せるような宝石ではないだろう」


 たしか、ダイヤとかも含まれていたな。

 天然ものならかなりの値段になるはずだ。

 魔術で作ったイミテーションなのだが本物と見分ける方法もないからなぁ。

 この魔術は金銭感覚が麻痺するのが弊害だな。

 俺は宝石を買いたいと思うことは無い気がする。

 掃除のついでにもろもろと出てくるようではありがたみがなさすぎる。


「だったら、それをフヨウの報酬にしよう。しばらくは大した利益が出る予定もないし、役員報酬の代わりだ」


 働いてくれている技術者なんかには資本金から給与を払っているが俺たち役員にはそれがない。

 どうせ資本金は俺たちの貯金だしな。

 言えばベルマン商会でも橘花香でもお金は出してくれるとは思うが、今のところそこまで切迫していなかったので後回しになっていた。


「そんなことを言って受け取らないのではないかと思っていた。これはいつか私が商売を始める時の頭金にしよう。見ていろ、すぐに倍にして返してやる」


 この五年間の経験はフヨウに商売に対する自信を与えたようだ。

 正直この発言を聞いただけでも報酬をもらったようなものだと思う。





 アーダンへは想定以上に早く着いた。

 普段なら七日かかるところを四日である。

 天気に恵まれたとか野営地を魔術で作れるために宿場にこだわらなかったとかいくつか理由はあるが、馬車の性能も思ったより高いようだ。

 これなら運行計画はもう少し柔軟性を持たせることができるかもしれないな。


 この街への滞在は二泊を予定している。

 これは行程が短縮できたからではなく元からの計画通りだ。

 この街でいくつか用事があるからなのだが、特に重要なのが商業ギルドへの挨拶だ。

 アーダンはこの行商経路のほぼ中間に位置する大都市。

 現地との関係は良好に保っておきたい。


 挨拶自体はリーデルじいさんからの根回しによって到着した日のうちにスムーズに終わってしまった。

 子どもばかりの集団で舐められることもあるかなと思っていたので拍子抜けしたくらいだ。

 どうやらベルマン商会の力は王都を出ても発揮されるようである。


 一泊した俺たちはアーダンの冒険者ギルド前にいた。

 ここでは冒険者としての実績を記録するつもりでいる。


 これについては説明すると少し複雑になる。

 五級以上の冒険者は金属製のプレートが身分証明書として支給されるのだが、これにはこれまでの実績がデータとして保存されている。

 元々は遺物を研究して作られた魔術具で記録されているようだ。

 非常に高度な魔術具だそうで、コレン先輩もいつか技術を解き明かしたいと言っていた。

 これによって記録された情報はプレートを発行した冒険者ギルドで最後の依頼達成から数年間保存される。

 しかし、残念ながらこの情報は他の都市のギルドとは共有されない。

 ネットのようなものはないのでしょうがないのだが。

 ただし、現地を訪れた際に一定の手数料を払えばそのギルドでも情報を保存してもらえるようになっている。

 紛失時の対応をやりやすくするため、移動の多い冒険者は各所で情報を保存するのが普通だ。

 俺たちもそのくちということになる。


 俺とカイルは十歳になると同時に王都で冒険者登録をしたのでルイズと一緒に保存する予定だ。

 余談だが、この登録時に以前の依頼達成によっていきなり四級に昇級したのでまた受付嬢を驚かせる結果となった。

 フヨウについては情報の保存はできないが、ついでに冒険者登録を済ませようということになっている。


 情報の記録は依頼の処理と異なり、特に確認事項がないのでカードを預けて手数料さえ払えばあとは待つだけだ。

 となりの窓口で冒険者登録を行ったフヨウも同じように手続き中らしく、一緒に待合で時間をつぶしていた時のことだった。

 俺たちの年代くらいだろうか、女の子がフラフラ歩いているのが目についた。

 一応冒険者登録が可能な齢かもしれないのでここにいること自体はおかしくないと思うのだが、どうも冒険者らしくはない。

 何かを探しているように見える。


 いち早く動いたのはフヨウだった。

 すっとその子に向かって歩いていき、目線を合わせてなにごとか話始めた。

 フヨウは面倒見がいいんだよな。

 橘花香でもいつのまにか新人教育の仕事をやっていたくらいだ。

 どうやら話がついたようだな。

 二人でこちらにやってくる。


「お兄さんを探している?」


「ああ、冒険者らしい。街ではぐれたが、ここにいるんじゃないかと探しに来たそうだ」


「兄ちゃんは強いんだ。私と一緒に村を出て旅をしてるの」


 どうやら生活力のある兄らしい。

 妹に尊敬されていてうらやましい。

 フヨウが何か言いたげな顔でこちらを見てくる。

 俺たちだって、このままそうですかで終わらせるつもりはないので安心して欲しい。


「君とお兄さんの名前、それにお兄さんの見た目を教えてくれる?」


「私はテッサ、兄ちゃんはジューク。茶色い短い髪であっちのおじさんくらいの背丈だよ」


 あのおっさんくらいなら普通の大人くらいの身長か。

 今日の残りの予定は馬車の消耗度の記録くらいで余裕がある。

 人探しを手伝うのもいいだろう。


「ならちょっと待っててくれ。こっちの仕事が終わったら探すの手伝ってやるから。みんなもそれでいいか?」


 ちょっとわかっていて言ったところがあるが、みんな元から手伝うつもりだったようだ。

 しかしジュークか、どこかで聞いたような気がする名前だな。

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