第43話 その一歩を踏み出す前に

 馬車の開発とともに瞬く間に時が過ぎた。


 ついに試作馬車も組みあがり、街中で走り周るぶんには問題の無い精度で完成している。

 ここからは実際にロムスとの間を行き来して運用試験を行うことになるだろう。

 今は車両よりも付属する物品の開発に力を入れていた。

 幌や折り畳み式の寝台などもあるが、力を入れているのは無線機。

 いわゆるトランシーバーだ。


 俺は魔術によって半導体の作成に成功している。

 原料自体は珍しいものではないし、魔術は精密加工に向いているから案外簡単に物になった。

 これを使用することで、おそらく十キロメートル単位で会話が可能な装置を開発することには成功した。

 バッテリーが大きすぎることなどまだまだ問題は多いが、こういった装置が有効なシチュエーションもいずれ訪れることだろう。


 馬車と同様に重要なのは会社組織だ。

 まず、馬車のメンテナンス兼開発施設が王都に必要になる。

 これはコレン先輩たちに集めてもらった開発チームがそのまま移行する。

 同様の設備をロムス側にもつくるつもりだが、場所はともかく技術者が足りない。

 しばらくは俺たち三人がメンテナンス担当を兼務することになるだろう。

 技術者の採用は急務なので、すでにめぼしい人員に声をかけ始めている。

 試験運用が成功すれば手を上げる人も増えるのではないかという希望的観測だ。


 会社組織の母体はロムスに置く予定なので、そちらに経理などの実務を担当できる人員が欲しい。

 これは代官事務所と俺たちの母校の校長先生を通して人を探してもらった。

 何人か良さそうな人材がいるようだ。

 俺たちも帰り次第面接をする予定でいる。

 王都側でも連絡窓口や実務の担当者が必要なのだが、これについてはベルマン商会にアウトソースすることになっている。

 この準備や教育で最近人の行き来が多く、ベルマン商会も橘花香も人手不足となっていた。

 しかし、それもおおむね解決しつつある。


 人員に関する最大のサプライズはフヨウの役員としての参入だ。

 橘花香からの出向ではなく、完全な転職で。

 本人によると「もっと広い世界を見て視野を広げたくなった」からだとういう。

 しかし、俺たちが困っているのを見ていつかの借りを返そうとしているのではないかと思う。

 各所で惜しむ声や反対の声が上がったが、アルバン伯父さんが抑える側に回ってくれた。

 元々フヨウは俺たちとのパイプ役を任せるつもりだったそうだ。

 なんにせよありがたい話だ。


 フヨウと俺たち三人が設立する会社の名前は『ロビンス商会』。

 このロビンスという名前、実は俺とカイルの家名である。

 昔、クルーズが何やら勲功を立てて下命されたのだという。

 これまであまり家名を名乗ることがなかったのはルイズも一緒にいることが多かったからなのだ。

 俺たちの我儘だが、三人で家族でありたかった。

 今回もこの名前を使うつもりはなかったのだが、ロムス界隈で仕事をするならこの名前を名乗っておいて損はないとリーデルじいさんに説得されてこの名前になった次第である。

 クルーズ父さんはかつて何をやったんだろうか。


 こうして各所で奔走しているうちに季節は夏を迎える。

 七の月最終日、この日が俺たちの卒院の日だ。





 卒院を前に、もう一つちゃんとしておかないといけないことがあった。

 克技館、道場のことだ。

 今、俺とカイルは剣を持って向かい合うルイズと師匠を見ている。

 他にも時間の都合がつく門下生はみんな黙ってその様子を見つめていた。

 見学している俺たちは既に師匠と試合をしてコテンパンにやられた後だ。

 最後まで容赦のない指導だった。


 そして今、ルイズと師匠の試合が始まろうとしている。

 いや、始まっているというのが正しいか。


 克技館の試合に始めの合図はない。

 二人が武器を持って相対しているならば、すでに戦いなのだ。

 実際に二人とも体の重心を動かし、足を細かく擦って間合いを調節している。

 師匠が動いた。

 これは珍しいことだ。

 この手の読み合いが始まるとルイズが先に動くことが多い。

 虚を突かれたかに見えたルイズはうまく師匠の打ち込みをおいしいところからずらすことに成功し、半身になって避ける。

 師匠はそれに気が付いて打ち込みの軌道を変えた。

 言葉にするのは簡単だが、舌を巻くような高度な技だ。

 それを読んでいたルイズはその軌道に自身の剣を滑り込ませた。

 その後、数合の打ち合いの後にルイズが振り下ろした木刀を師匠が上から叩き折ることで試合は終了した。


 最後はゼブと師匠の初めての試合を思い出す展開だったな。

 あの時よりは試合の推移を理解することができたと思う。

 俺だって鍛錬を積んできたのだ。

 だけど、それ故に理解できる。

 師匠はおろか、ルイズと俺の間に広がる大きな技量の差。

 これだけの立ち合いをルイズは魔術はおろか循環も使用せずに成し遂げたのだ。


 立ち合いが終わる。

 目の前で繰り広げられた高度な攻防にみんなが息を飲んだ。


「ルイズ」


「はい」


「よく修練を積みました。今日よりあなたを克技館の師範代とします」


 齢十一才の師範代を誰もおかしいとは思わない。

 ルイズはそれだけの実力を示してみせた。


「アイン、カイル」


「「はい」」


「今後、魔術を扱うものがここへ現れたとき、あなた達が師範代です。たとえ王都にいなくても、あなた達が培った技が引き継がれていくことになるのです。それを忘れず、研鑽を重ねなさい。みな、今日までよく頑張りました」


「「「ありがとうございました」」」


 この言葉は俺たち三人の掛け値なしの本音だった。

 合わせて深く礼をする。

 今後も、王都に来れば何度でも道場を訪れる。

 名前の札だって残してくれるという。

 それでも今日がここへ通う最後の日だ。

 けじめをきっちりとつけたかった。


 みんなへの挨拶のため、立ち上がった。

 すると先んじてまわりの人たちが声をかけてくる。


「あっという間に並ばれてしまったな」


 言いながらルイズの頭を撫でているのは同じく師範代のヘイリーさんだ。

 そういえばルイズの頭を触れる大人は少ないな。

 娘が三人居るヘイリーさんならではの特技なのかもしれない。

 他にも色々な人が声をかけてくれる。

 バンさんたち古参のメンバー、引っ越し後に入ってきたライアンたち。

 前の道場も併せて克技館では多くの出会いがあった。

 そのすべてが平穏だったわけではない。

 ライアンなんかは選抜されて入ってきているので入門当初は子どもの俺たちに結構当たりが強かった。

 その後、俺たち全員に試合で負けてへこんだりしながらこの関係を築き上げてきたのだ。

 笑って俺たちの肩を叩いているライアンのタフさは剣術向きだなと思う。


 俺は今、五年前にロムスを離れた時に感じた寂したと同じものを胸に抱いている。

 寂しさと同時に、それだけの関係をここで育むことができたことを誇らしいと感じるし、感謝している。

 みんなと出会えて良かった。





 入学式の無い魔術院だが卒業式らしきものはある。

 その年度に卒院する人間には修了を証明する印章が授与されるのだ。

 この印章は本人の魔術に関する知識と能力を証明するもので、これを持っている人間は各所で一定の敬意を払われるようになる。

 弁護士バッジとか代議士バッジとかそんな感じだろうか。

 禁書庫での閲覧など知識に関する便宜を図ってもらえることもあるので必ず貰っておきたい品だ。

 無事、印章の受領をした後は就職の勧誘を受けたり様々だ。

 個人的には図書館の館長から寄贈論文に対して感謝の言葉を貰ったのがうれしかった。


 お偉方の挨拶や勧誘の後は縁のあった後輩たちが待っている。

 一緒にいたカイルとルイズはここであっという間に囲まれてしまった。

 ほとんど女の子だ。

 この世界にも第二ボタンを欲しがる文化とかあるのかな。

 帰ったらみんなボタンなくなってるとか無いといいが。

 手持無沙汰にそんな様子を眺めながら縁のあった院生(男)とちょっと話をして分かれたところで突然話かけられた。


「なんで先輩の周りだけ妙に女っ気が無いんですか? ちょっと話かけにくいんですが」


 メイリアだ。

 その質問については俺が聞きたい。

 いや、答えはわかっている、人徳とか交友関係の差だ。

 俺は研究とか男同士で集まって変な遊びばっかりやってたからな。

 魔術院に一時期トレーディングカードゲームが流行ったのは俺が広めたからだ。

 わざわざ言ったりしないが。


「まあ、お前が話しかけてくれたろ」


「私は餞別を受取りに来たんですよ、何かあるでしょう。秘蔵の研究とか」


「そういうのって送る側が用意するものなんじゃないか? だいたい、来期から三年だろ。そろそろお前の研究を見せてくれよ。チューターとして評価してやるぞ」


「私の研究なんて……、正直何すればいいやら」


「どうせ研究課題の単位だってあるんだ。始めるには丁度いいだろう。いいか、魔術は想像を実現する技術だ。自分にやってみたいことがあるなら、大概のことは実現できるはずだ。簡単じゃあないだろうけどな」


「んむむむむ、やってみたいことですか。しょうがないから考えてみましょう」


「俺たちも高速馬車の試験ですぐに王都に戻ってくる。顔出すようにするからその時にでも見せてくれ。期待しているぞ」


 メイリアは「藪蛇で宿題ができちゃいましたね」とかいいながらもちょっと嬉しそうだ。


「一応相談に乗ってもらったので先輩にはこれをあげましょう」


 そういって渡されたのは押し花の入った栞だった。

 これは、セレンタか? たしかこのあたりでよく見る花だったはずだ。

 紙の部分は俺の教えた魔術で作ったっぽいな。

 キメは荒いが充分実用レベルの品質だ。

 よくできてる。

 あんなことを言っておいてちゃんとはなむけを準備しているのもこいつらしい。


「お、嬉しいな。これは例の魔術を使ったやつか? 短期間でよく頑張ったな」


「そうでしょうとも。実際難儀しましたからねー、なんですか木片から繊維質の取り出しと脱色って。紙が繊維だなんて知りませんでしたし、色々大変でしたよ」


 高分子とセルロースの概念はまだ早いからな。


「その努力に免じてこれをやる。栞と交換だ」


 そう言って渡したのは俺自作の名前入り宝石だった。

 昔、フルーゼに渡したのと同種のものだ。

 金具で固定して紐を通したりできるようにしてある。

 また、ちょっとした仕掛けもしてあった。

 お別れの品はちゃんと準備しておいたのだ。

 メイリアは驚いているのか一言もしゃべらない。


「もし、俺たちの会社が大きくなって受付とかで門前払いされたりしたらそれを見せろ、俺たちと会えるようにしておく。その時は飯くらい奢ってやるよ」


 話を聞いたメイリアの硬直がようやくとれる。


「もう、先輩はもう、こういうことをするから! 出世払いならしょうがないですね、約束代わりに貰っておいてあげます!」


 なんでちょっとご立腹なんだよ。

 それだってちょっとした宝石だぞ。


「ああ、それと換金とかするなよ。名前が彫ってあるから一発でバレるぞ」


 「しませんよ!」と返してくるメイリアにそれじゃあまたなと声をかけて踵を返す。

 カイルとルイズもなんとか人だかりから抜け出したところだった。

 ぱっと見ボタンを取られているような様子はないが、随分消耗はしたようだ。

 それじゃあみんなで帰ろうか。

 リーデルじいさんが卒院祝いの準備をして待っているはずだ。

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