第36話 不思議な依頼
フルーゼから手紙が届いたのは、初めてのロムスへの帰省からしばらくたったころだった。
その手紙には、自分たち家族が無事カーラに到着したこと。
転居の予定があり、住所は定まらないが、知り合いが変わりに手紙を受け取ってくれることなどが記されていた。
俺たちは彼女の長い航海が無事成功したことと、手紙を送ることができるようになったことを喜んだ。
以来、往復半年以上の気の長い文通が続いている。
フルーゼの手紙にはいろいろなことが記されていたが、自分の環境すべてを書いているわけではないようだった。
彼女は手紙に自由に書きつけられる立場ではないのかもしれない。
それでも彼女と家族が息災で、日々に楽しみがあることを確認できるのは嬉しいことだ。
俺たちの騒々しい生活も、その楽しみのひとかけらになればいいと思いながら手紙を綴っている。
今年は俺たちにとって記念すべき年になる。
なぜかというとルイズの冒険者デビューがあるのだ。
冒険者になるには冒険者ギルドで登録を行えばいいだけなのだが、これには十歳以上という年齢制限がある。
俺とカイルはまだ登録できないが、登録者とパーティを組むことは可能で、依頼を果たせばそれはちゃんと実績になる。
せっかく一部でも条件を満たしたのだから試してみたくなるのが人情というものだ。
今年の頭にはルイズは十歳になっていたのだが、帰省だフヨウの手伝いだと色々手をだしているうちに後回しになってしまい、秋も終わりごろの今の時期になってしまった次第だ。
というわけでみんなで冒険者ギルドへやってきた。
なにはともあれここにこなければ始まらない。
王都の冒険者ギルドは世界でも最大級の冒険者動員数を誇るので当然かなり大規模だ。
そのため、王都の中には支部が何か所もあったりする。
今回やってきたのはベルマン屋敷から最寄りの冒険者ギルド支部ということになる。
それでも、そこらの都市の本部くらいはある立派な施設だ。
さて、十歳という年齢についてだが、この齢で冒険者登録をすること自体は不思議なことではない。
ギルドで受けられる依頼には農家の刈り入れの手伝いやペット探し、煙突掃除などもあり、子どもにもできる仕事も多い。
当然非常に低賃金ではあるのだが。
それでも、この齢でなにかしら収入を得ようと考える子どもには手ごろな選択肢の一つなのだ。
そんなわけでルイズの冒険者登録自体はすんなり行われた。
ギルドには情報通もいるので、ここ数年ですっかり名を轟かせてしまった魔剣少女がついに冒険者になるという事実に感慨深そうに声をかけてくるものもいた。
ルイズのことを知っている人間は師匠が後ろ盾になっていることもしっかり分かっているので変な絡み方はしてこない。
そんなことをすれば後ろが出てくる前に俺が簀巻きにしてやるが。
冷やかしの声を適当にあしらいながら記念すべき最初に受注する依頼を検討する。
なかなか悩ましい、いっそ今の情報通に相談してみるのもいいかもしれない。
あれがいいこれがいいと、みんなで話し合っていると一つの依頼が目についた。
『求 魔術院の案内 応募資格 魔術院に所属している、または所属していたことがある者。最低限の礼節を持つ者。報酬 銀貨十枚 期間は二日間とする。その他詳細については面談にて』
「なんだ、これ」
ちょっと変な募集だな。
どこそこを案内してくれ、という依頼は結構ある。
その土地に疎い人間にはそこで生活している者の情報は貴重だ。
礼節を、というのも冒険者の出自が様々であることから枕詞のようにつけられることはある。
たかが案内二日で銀貨十枚というのは破格だが、魔術院に所縁のある人間は割のいいアルバイトが結構あるのでおかしな金額ではないかもしれない。
ただ、魔術院を案内というのはちょっとわからない。
「なぜわざわざ案内などさせるのでしょう?」
ルイズが俺の疑問を端的に言葉にしてくれた。
そう、わざわざ案内なんて必要ないのだ。
資質のあるものや魔術に関わっているものは申請すれば職員が無料で案内してくれる。
無関係の人間だって施設内にただ入るだけなら簡単にできるし案内板だって立っている。
逆に魔術練習場等の部外者立ち入り禁止区域は誰かに案内してもらったところでどうやったって入れない。
たとえ引率者が魔術師でもだ。
だから学院の関係者に安くないお金を払う理由がよくわからなかった。
わからなければ聞けばいい。
俺は、他の冒険者と談笑していたさっきの事情通に話しかけた。
「なあ、この依頼についてなんだけど」
「ん? ああ、それか。変な依頼だが、少なくとも身元の怪しいやつの依頼じゃないはずだぞ。うちのギルドはそこまで甘くない。払いがいいし、できるもんなら俺だって受けたいくらいだ。魔術師ってのは儲かるんだな」
全部信じるかどうかはともかく、依頼者の身元については俺も同意見だ。
冒険者ギルドは国から独立した組織だが、国を軽んじているわけではない。
王国が肝いりで進めている魔術師の育成機関にあからさまに怪しい奴を近づけたりはしないだろう。
冒険者ギルドは依頼者の身元をしっかり掴んだ上で依頼を掲示しているのだ。
「やっぱりそんな感じか。ありがとう、今度なんか奢るよ」
「新人に奢ってもらうほどシケてねーよ。サービスしといてやる」
とりあえず礼を言ってみんなのところに戻る。
「そんなに悪い依頼でも無さそうだけど、今回はやめておくべきだと思う」
変な依頼には変な問題がつきものなのだ。
経験がそう言っている。
いや、これが初依頼みたいなものではあるんだけど。
「アイン様がそう思われるのなら反意はありません」
「そんなにお金に困ってはいないしね。地道にやろう」
新人としては贅沢な話だが、その通りだ。
この依頼はどうせ受けてもルイズだけで俺たちの出番はないし、どうせならみんなでやれるやつを選ぼう。
結局、定番の北東の森の討伐依頼とついでに採集依頼を受けることにした。
収穫期は過ぎてしまったが、依然として討伐依頼は多いままだ。
どうも今年は魔物の出現が多いらしい。
ここは社会貢献でいこう。
こうして、手堅い選択肢を選んで面倒ごとを避けたつもりだったが、向こうはそれを許してはくれなかった。
森の浅い地域で魔物狩りをして帰ってくる。
そこまで奥にいかなかった割には大漁だった。
これは討伐依頼が増えるわけだ。
想定以上に戦うことになったので、討伐証明部位の耳やら牙やら以外のものはあまり持ち帰れなかったのが残念だ。
ラドボアとかどこの肉も美味しいんだがなあ。
とりあえず、持ち帰ったフィレのいいところはユンさんへのお土産にしよう。
一方、採集については逆にギリギリの量だった。
魔物が荒らしてしまったのかもしれない。
とにかく、報告をちゃんとして初依頼達成だ。
「ルイズです。依頼を二件達成したので確認をお願いします」
代表のルイズに受付をまかせる。
「承りました。採集依頼、ポルトの実十五個以上、えっと、大丈夫ですね。それと北東の森討伐依頼、該当魔物、ビッシュパンダ七、ビッグラビット五、エト三、フォレストウルフ十一!? ……ラドボア三……。すごい成果ですね! ルイズさんの等級は六級ですので昇級になります。手続きを行いますので、そちらでお座りになってしばらくお待ちください。番号は十七番になります」
そこらの子どもにしては多大すぎる戦果に訝し気な受付嬢だったが、すぐに真面目な顔で仕事に戻る。
プロだなぁ。
冒険者の等級は一から六の六段階だ。
雑用でも繰り返し行えば五級には上がれるようになっているので、功績点が比較的高い討伐依頼をこなせばすぐ五級になるのはあり得る話だった。
今回は魔物が多かったしな。
しかし、これでルイズも新人から駆け出しくらいにはランクアップしたということになるだろうか。
一瞬だったな、新人時代……。
この等級、五級に上がるだけなら強い人間についていくだけで簡単に上がれる。
いわゆるパワーレベリングというやつだろうか。
なのでこの級数ではあまり高い評価になることはない。
これ以降の等級については他者の評価が採点基準に含まれるようになるので舐められやすい子どもの俺たちはしばらくここで足踏みかもしれない。
必要なら昇級試験もあるが、今のところ急いで受ける必要もないだろう。
そんなわけでチームルイズの初陣に成功した俺たちはわいわいとパーティ名決めないとな、とかそんなことを話しながら時間をつぶした。
「十七番の方、どうぞ」
結構時間かかったな。
不正を疑われたんだろうか。
「こちら、ポルトの実収集依頼及び北の森討伐依頼の報酬銀貨七枚と銅貨二十五枚になります。討伐依頼については高評価につき特別報酬が出ています。本依頼の達成により、ルイズさんの等級が六級より五級に昇級しました」
素材の買い取りなしで銀貨七枚か。
結構いったな、フォレストウルフが効いたのだろう。
初陣としては大したものだ。
ちょっとお祝いでもするかな。
「それと確認になりますが、ルイズさん及び同行者の皆さん、特記事項の魔術の素養ありというのは事実でしょうか?」
「? ええ、必要なら魔術院の学院証もありますが」
「いいえ、口頭の確認で結構です。ありがとうございました。ルイズさんたちに指名依頼が来ています。どうか話だけでも聞いてもらえないでしょうか?」
「指名依頼?」
魔術の素質が関係しているあたり、今朝確認した依頼が頭をよぎる。
あんまりいい予感はしないのだが、職員にこういう言い方でお願いされると断りにくい。
しかし、こんな対応は珍しいな。
組織自身に圧力をかけられるような依頼者なのだろうか。
「そうです。依頼者の身元はここでは明かせませんが、ギルドによって保証されています。依頼にあたって面談を行いたいそうです。面談に来ていただければその時点で手付金を出すと」
金額を聴けば話をするだけでもらえるような額ではなかった。
都合が良すぎて胡散臭い……。
しかし、これはもう断る段階ではないのだろう。
ルイズに頷いてみせる。
「わかりました、面談の日程調整をお願いします」
「先方は早期を希望しておられます。可能なら明日と」
「では、明日の午後一つの鐘で」
押し切られる形で依頼を受けることになった。
さて、鬼がでるか蛇がでるか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます