第二章

第35話 拝啓 フルーゼ様

 こちらは秋色日ごとに深まる今日この頃ですが、いかがお過ごしでしょうか。

 とは言っても、そちらは年間を通して暖かい気候が続くという話でしたね。この手紙がつくころには雨季が終わって乾季に入ろうとしている頃かと思います。


 早いもので俺たちがあなたを、あのロムスの港で見送ってから四年の月日が流れました。

 その間にあった事件の数々はこれまでも手紙でお伝えしてきた通りです。最初は色々なことに不慣れで問題にあたることも多かった俺たちですが、ここ数年は落ち着いて文武に励んでいると自負しています。


 こちらでも随分友達が増えました。そんな中で、今回は以前お話ししたフヨウのことを綴りたいと思います。

 彼女は橘花香のオーナーがベルマン商会の会長に就任するにあたって昇進し、なんと新人の教育をすることになりました。一重に本人の努力の賜物ですが、俺が就職の斡旋をしたときのことを思い出すと時が過ぎたことを実感せずにはいられません。

 剣術の道場は引っ越し後も順調です。門下生は一気に増えましたが、それでも入門希望者が後を絶たず、師匠ともう一人の師範代のヘイリーさんが苦労しています。贅沢な悩みなのかもしれませんが。


 家族もみんな元気にしています。年に一、二回しか会えないのが歯がゆいですが、帰るたびに成長する妹の姿は帰省の楽しみのひとつです。以前はたまにしか家にいない俺たちを家族として見てくれない様子に心を痛めていましたが、最近はおにいちゃんおにいちゃんと寄ってきてくれるようになりました。手紙で提案してもらった「王都お土産作戦」が功を奏したと考えています。イルマは三人目の子どもを産みました。これでルイズはケインと産まれたばかりの妹のニナで三人兄妹になりましたね。俺たちの家とお揃いです。


 最近は学院で後輩の指導に手を焼かされる毎日です。フルーゼのように魔術の才能に秀でた子なのですが、入学した年齢の問題で齢が近いこともあり、なかなか先輩らしく振舞うことができないのが最近の悩みで――





「何してるんですか先輩?」


 講義が終わった後の教室で声をかけられる。

 たった今、手紙に書いていたばかりの後輩の登場にドキッとする。

 あんまり褒めてなかったしな。


「なんだ、メイリアか。どうしたんだ? こっちの教室まできて、何か用か?」


 メイリアは、去年俺たちがチューターとして担当した子だ。

 俺たちが初学年の時はコレンがいてくれたおかげで結局活用しなかったチューター制度だったが、四年次になって逆に面倒を見ることになった。

 教育には多少の興味もあったので誘われてやってみたのだが、このメイリアがぶっちぎりでいろいろ聞いてきてほぼ専属状態になってしまった。

 年次の上がった今年も結局相手をすることになっている。

 お前ももう先輩だろ、と言いたいところだがコレン先輩にはいろいろお世話になりっぱなしなので、これも世代を超えた恩返しかと半場諦めている。


「む、先輩、わざとらしい反応ですね? 今隠した何かが原因と見ました。えっと、これは便箋? なんだこれ、めちゃくちゃいい紙使ってません? 王宮にもこんなすべらかな紙はないと思いますよ?」


 お目が高い。

 これは俺が魔術で自作した紙だ。

 魔術院では比較的安価に紙を支給してもらうことができるが、研究を考えると丈夫で高品質な紙はどれだけあっても困らない。

 そのためそれなりに時間をかけて開発したのだ。

 この便箋もその副産物になる。

 素材をセルロースだけでつくると耐久性に欠けたりして大変だったのだが、試行錯誤で高分子素材を配合したりして今の品質に落ち着いた、自慢の一品である。

 他にもラミネート加工等を施して俺の研究は保管するようにしている。

 ぶっちゃけ今なら印刷するように魔術で最初から生産することもできるので記録は飛躍的に簡単になった。

 今みたいに手紙を書くようなときは使ってないが。

 次は石英の結晶に高密度に情報を保存する技術を開発中だ。

 光学的な手法をとらないと情報を取り出せないのが課題だが、逆に秘匿しやすいメリットもある。


 しかし、王宮ときたか。

 こいつどうもいい所の子っぽいんだよな。

 魔術院はその特性上、貧富を問わないので身分についてとやかく言わないルールになっている。

 そのため詳しくはわからないのだが。


「また、なにか研究のこと考えてますね? お手紙書いてたんですか? 故郷に残してきた彼女さんですか? ルイズ先輩もいるのに?」


 このままだとなんか不味い感じがするな。


「友達だよ。ルイズの友達でもある。それにここでは関係ないだろう、ルイズは」


 マシンガントークに押されながらなんとか切り返す。


「関係あるでしょう。地元に残して来た恋人未満さんに手紙を書いていたわけですか」


 何だよ恋人未満さんって、数学的友人かなんかか。


「そうやって情報を掘り下げようとするな。遠い国に引っ越した友達に近況を知らせる手紙を書いてたんだ。それ以上の話はないぞ」


 さっさと便箋を片付ける。

 続きは家で書こう。


「じゃあ、さっきの便箋の作り方教えて下さいよ。先輩が作ったんですよね?」


「じゃあ、ってなんだじゃあって。あの用紙の作り方は俺の技術研究の課題にすることにしたから、卒業したら図書館で閲覧できるようになるはずだ。それまで待て」


 俺たちは最高学年になったので単位の中に技術研究の占める割合が高い。

 とはいってもルイズもカイルもそれぞれに魔術の得意なところがあるのでここの研究で詰まることはないだろう。

 俺に関しては研究は趣味ともいえるので、どの範囲で情報を学院に残すか決める方が問題だった。

 さすがに放射線源の集め方とか残すわけにもいかないし。

 その問題も今、こいつと話していて解決した。

 上質な紙を魔術でつくる方法は学院としても有用性が高いだろう。

 どの程度再現できるかはわからないが、比較的難易度の低いレシピを残そう。


「先輩、こんなすごいもの残すつもりなんですか……、秘匿したらどこの会派でも選び放題じゃないですか」


 ときどきこうやって持ち上げてくるのはこいつのズルいところだ。

 会派とは魔術研究の派閥のことで、それぞれが独自の技術を占有しあって覇を競っている。

 入学早々ルイズに声をかけてきたやつもこの関係者だった。

 俺はあまり好きではない。

 知識共有が大原則の研究において逆行するスタイルだからだ。

 俺もあんまりこいつらに情報を明け渡すつもりはないのでお互い様だが。

 会派に所属すれば、就職先などで優遇措置を受けられることもあるので率先して狙う生徒も多い。


「俺は卒業したらたぶん故郷へ帰るからな。会派とか関係ないし……」


「え゛、先輩王都に残らないんですか。あと一年もない!? 全然時間足りないじゃないですか、ちんたらしてないでいろいろ教えて下さいよ」


「お前は俺をなんだと思ってるんだ。これから図書館行くんだから用事があるなら早めに言ってくれ」


「今言った通りですよ。色々研究のこと教えて下さいよ」


「俺はお前の家庭教師じゃないぞ。先生に聞けよ。それに自分で研究した魔術は秘匿するものだろ」


「先輩の方が絶対おもしろそうなことやってるじゃないですか。それに、秘匿とかいいながら新しいことバンバン公開しているし、ここが最前線で最先端ですよ」


「これから図書館行くって言ったろ。黙ってられるならついてきも構わないが、そのままなら今日はお別れだ」


「む、うー、じゃあ今日はとなりの席から研究を盗むことにします」


 静かにしてるなら好きにしたらいい。

 今日はコレン先輩に頼んでいた術具の研究結果が寄稿されているはずだ。

 早めに確認しておきたい。


「先輩、気が付いてます? ――」


 落ち着いたと思ったメイリアが続けてきた。


「――会派とか関係ないって言ってますけど、最近先輩が公開した研究をもとにアイン会派って集まりができてますよ? 他所に入らないなら実質ここの会長ってことになると思うんですけど」


「な……」


 ほっとくべきだろうか。

 こいつはあまりこういう話で適当なことは言わないと思うが一応裏をとっておく必要があるか。

 一気に重くなった気分を引きずって図書館への道を辿った。

 また、フルーゼへの手紙に書くことが増えそうだ……。

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