XXXIII.白雨のユウリと漆黒のメア

「ふんふんふーん!」


 N学園で四人は合流し、いつも通り本日のスイーツを買いに向かう道中、時緒は妙にご機嫌な鼻歌混じりであった。一週間以上お預けを受けた後のことであったので無理もないことだが、時緒のテンションの高鳴り具合と愚にも付かない面倒ごとに直面する確率が、綺麗な比例グラフで書き表せることを知っているメアは気が気ではない。


「ねぇ時緒、確かに手掛かりを見つけたとはいえ、あくまでも〝手掛かり〟だからね。今日探しに行けるとは限らないのよ?」


 時緒が渋り、帰りが遅くなることを懸念したメアは、早々に釘を刺しておく。


「それに、あんた今日の宿題は? この件に首を突っ込んでから勉強サボりまくってるのわたしが知らないとでも思ってる?」


「ふんふんふーん! しゅくだいぃ? 何それぇー美味しいのぉ?」


「おい」


「いたたたた! メアちゃん痛いよぉ」


 メアは上の空になっている時緒の両頬を目一杯つねり上げた。


「時緒さん。メアさんの言う通りです。あくまでもまだ手掛かりと言いますか、方向性を見出せただけに過ぎませんし、ですから、まだあまり期待をされても……」


 ほのかに赤くなった頬をさする時緒に向かってユウリはきまり悪げにそう補足した。


「でも、そのさっき言ってたメアの学校の文化祭の絵を探せば良いんでしょ?」


「いえ、何度も申し上げるように、それはあくまでも〝手掛かり〟です」


 燐華の問いにユウリは説明を続ける。


「三つの魔術的触媒のうちの既に揃っている二つ、『魔女の生き血』と『マンドラゴラの根』と、これから見つけようとしている『飛竜の翼』には決定的な違いがあります」


「違い?」


「ええ、材料としての種類の違いです。既に発見済みの二つの方に関しては魔術の行使にあたりその『成分』が重要なのですが、残りの『飛竜の翼』において重要とされるのは、それが有する『視覚的情報』です」


「ふぇー」


 尋ねた筈の燐華は既に興味をなくしつつあった。興味津々である筈の時緒の方は相変わらずユウリの堅苦しい説明をいまいち理解できずにいる。


「『飛竜』なんて現実にいないから飛竜が描かれた『絵』を代わりに探そうってこと」


 見かねたメアが二人に補足する。


「そういうこと! でも絵なんかで良いの?」


 ようやく理解した時緒が訝し気に問う。


「良い筈です。前述した通り、重要なのはそれが持つ物質としての『成分』ではなく『視覚的情報』ですから。初めてわたしの世界の魔法について説明させて頂いた時に申し上げましたよね? 『魔法という現象は思考の結果』であると。つまり、『飛竜の翼』の魔法における意義は、その成分ではなく、それを見ることで得られる〝思考の変化〟、つまりは脳が生じる微弱な電気のパターンです」


「それってこんなのじゃいけないの?」


 時緒は携帯電話を弄りながら「飛竜」の画像検索で出てきた画像の一覧をユウリに向ける。テレビゲームのCGやイラスト、ファンタジー映画やアニメのワンシーン等々、様々な種類の「飛竜」の画像が並んでいる。


「確かに。それに絵なんかより、こういうリアルなやつの方が効果ありそうじゃん? わかんないけど」


 燐華は時緒の持つ画面の取り分けCGを使用したリアルな竜のイラストを指差す。


「いえ、それではダメです」


 ユウリはキッパリと言い放った。


「わたしは魔術的な意味をもたらす思考の変化には他者よりも敏感なので感覚で察知することができます。ですから、見さえすれば、それが当たりかどうかくらいは判別できると思います。その観点で言うと、時緒さんの携帯電話に並ぶ様々な絵、それらには魔術的という点においては何の意味もありません。何が駄目かと問われると、これは多分にわたし個人の感覚的なものなので言語化に困ってしまうのですが……そうですね、強いてあげるならば形として〝完成され過ぎ〟ているというところでしょうか」


 ユウリが無理をしてあげた「完成され過ぎ」という感覚は、やはり他の三人には共感できないものであった。確かに描く線としての曖昧さという点では文化祭のしおりに載っている写真の方が勝っているが、それでもメアはその絵を見てそれこそが「完璧」という感想を抱いたのも事実だ。「完成」と「完璧」それは似て非なる言葉なのかもしれない。


「やっぱりあるんだ! ユウリちゃんだけの特別な能力!」


 ユウリの言葉に時緒がすかさず目を光らせる。


「いえ、これは魔術師ならば訓練次第で誰でも身に付けることができる感覚です。ただ、わたしは取り分け精神干渉魔術が得意分野でして、その副産物としての技能であるというのが正しいのですが。精神干渉魔術に関して、わたしは元の世界では五指の実力に入り、〝白雨〟という異名を持っていた程です」


 『白雨』。それは日の出ている明るい空から不意に降り注ぐ雨のことを指す。


 精神干渉魔術はその発動それ自体が視認できないのが特徴であり、何の前触れもなく気が付いた時には術に陥れられているという、その特有の予測不能、不可避性かつ自身の鮮やかな手際から付けられた異名なのだとユウリは説明した。


「…………」


 メアは以前ユウリから受けた魔法のことを思い出してしまい、口を噤みながら八の字を寄せ視線を逸らした。複雑な心境であった。


「あとはわたしのこの肌の白さに掛けての呼称でしょう。まあ、これはどちらかというと、わたしの魔術師としての優秀さを妬む者たちからの蔑称として使用されることが多かったのが本当のところではありますが……。異端は忌むべき対象、それは力量の差においても言えることなのでしょう」


「白雨のユウリ……」


 だが、自嘲気味に話すユウリをよそに時緒は羨望を滲ませて呟く。


「カッコいい……」


「時折、時緒さんの思考が羨ましく思います」


「いやぁ……」


「一応言っとくけど、あんた『脳天気で良いね』って言われてるのよ」


 明らかに間違った捉え方をし、照れながら体をくねらせる時緒にメアはそう補足した。


「でもネットで探すのが結局一番楽なんじゃない?」


 燐華が時緒の掲げる携帯を人差し指で操作しながら言う。


「わたしもそう思い、時緒さんからお借りしているパソコンで色々と調べてはみたのですが、なかなか『これ』というものに巡り合えず……、でも思わぬところで理想に近い視覚的情報を持つ絵に巡り合えました」


「それがあの文化祭の絵ってわけだね」


「ええ……ただ、あの絵では重要な部分に欠けるのです……」


「「あ、そっか」」


 そこでようやく二人は得心がいったように顔を見合わせた。


「そうです、あの絵には〝翼が無い〟のです」


 だからあくまでも〝手掛かり〟なのだと、ユウリは念を押した。


「そっかぁ……。じゃあ、あの絵みたいなやつでちゃんと翼があるのを探さないとだね」


「そこでですが、一番手っ取り早いのが――」


「ああ」


 見かけによらず人並の頭の回転速度を持つ燐華は気付いた様子であった。ユウリが口にするよりも先に答える。


「その絵を描いた人に描いて貰う」


「その通りです」


 ユウリは燐華の回答を受け、コクリと頷いた。


「なんだぁ。思ったよりも簡単そうじゃん? だってメアの学校の卒業生なんでしょ? このあいだのにんじん探しより断然早いって」


 それに関してはメアも同意見であった。最後の一つは手掛かりの段階とはいえ、確かに一見無謀とも思えた魔法の触媒探しもあと一歩のところまで来ている。そう考えると異世界への道は目前だ。勿論、その異世界渡航の方法が本物であればの話ではあるが。


「そこで!」


 時緒は立ち止まると人差し指を立て、声高らかに宣言する。


「そろそろ向こうに行った時のことを考えておこうと思います!」


「向こうに行った時のこと?」


「ふ・た・つ・名!」


「「「二つ名?」」」


 時緒の言葉にあとの三人は首を傾げた。


「そう! ユウリちゃんの『異名』の話で思い出したんだけどね、せっかく異世界に行くんだから、カッコいい二つ名を決めておかないと! 漢字で書いてカタカナで読ませるような、うんっと最高にカッコいいやつ!」


「全くもって意味がわからないんだけど」


「えー! お決まりなのにぃ。ねぇユウリちゃんはわかってくれるよねぇ?」


 言いながら時緒はタコのようににゅるりとユウリに絡みついた。


「何の意味があるのでしょうか?」


「あぁっ! 何故かユウリちゃんが汚物を見るような目でっ! まるでわたしの存在そのものが無意味であることを告げるかのようにっ! ヒドイっ! でも何で? なんかぞくぞくしちゃうっ!」


「え? ホント何で?」


 全く賛同を得ない時緒は、わざとらしく「こほん」と咳ばらいをすると、三人に向き直った。


「えっとね、わたしの愛読するライトノベルバイブルではね、登場人物たちがそれぞれカッコいい異名で呼ばれるの!」


「何の意味があるのでしょうか?」


「あぁっ!」


「…………」


 ユウリの冷たい声色に身を悶えさせながら恍惚の表情を浮かべる時緒に、メアは無言で半目の視線を送った。


「〝白雨のユウリ〟かぁ。何か『色』で統一するものカッコ良くない? 戦隊モノのヒーローみたいでさっ!」


 言いながら、燐華はいつも「下僕一号」を宣言する時にするように、しゅびっと、ポーズを決めた。


「燐華ちゃん、ナイスアイディア! それじゃあまず燐華ちゃんから! 先輩魔術師のユウリちゃんが決めるっていうの、どう?」


「何であんた既に後輩魔術師の立場前提みたいになってるのよ」


「そうですね……、色……ですか。あくまでも主観ですが、雰囲気から燐華さんは色で言うと〝赤〟というイメージが強い気がします。例えば『赤熱の燐華』というのはいかがでしょう」


「おおっ! なんかカッコいい!」


 ユウリの提案が想像以上にお気に召したようで、燐華は思わず感嘆の声を上げた。


「それに今日のわたしの下着赤だからちょうど良いかも!」


「何がどうちょうど良いの?」


 メアは燐華の二つ名については咄嗟のアイディアにしては割とイメージに合っているかもと心の中で同調しつつも、不要な追加情報にしっかりとツッコミを入れておく。


「メアちゃんは?」


「漆黒のメア(※下着の色的に)」


 ユウリは即答する。


「「カッコいいぃー!」」


「ちょっと待って、二つ名の後に何か余計なのが入った気がするんだけど、どういうこと? ってか、色々どういうこと?」


 メアは今日穿いてきた自身の下着の色を思い出しながらスカートを手で押さえ、嫌疑の視線を向けた。


 ユウリは無表情のまま目線だけを斜め下へ背けた。


「じゃあ、わたしは? わたしは?」


 時緒はあからさまにスカートをたくし上げ、ユウリに自身の穿いているブルーの下着が見えるようにする。本人はさりげなくやっているつもりが、しっかり「チラっ」と擬音を口に出してしまっていた。その様子を真剣な眼差しでまじまじと見つめ、ユウリは口を開く。


「アホの時緒」


「〝色〟の法則はどこ行っちゃったのぉ!?」


 一人だけまるで昔のお笑い芸人のような二つ名に命名され、時緒は嘆き声を上げた。


「でもそうか! アホはアホでも『アホウドリ』の『アホ』だね! 二つ名に鳥の名前を冠するなんて、わたし、最高にカッコいい……」


 不意に受けた辛辣な言葉を、持ち前の前向き思考で即座に自身の都合の良い意味へ転嫁させる時緒。


「時緒、残念だけど『アホウドリ』の『アホ』はまんま『アホ』の『アホ』だからね」


 アホウドリの名の由来は、外敵に対して酷く警戒心が薄く、人間に簡単に捉えられてしまう程『アホ』だから、らしい。メアは以前自室に置いてある動物図鑑で読んで学んだ知識を記憶から引き出しながら、その残酷な真実を宣告した。


「まあ、何はともあれ今日〝やるべきこと〟はハッキリしたね」


「やるべきこと? 何よそれ」


 メアのとどめの一言を受け、絶望に打ちひしがれる時緒をよそに、珍しく燐華がまとめに入った。だが、メアはわかっていない様子である。


「だから、〝せんにゅーちょーさ〟でしょ?」


「潜入調査? 一体どこに?」


「メアの学校に」


「はぁ!?」


 想定の埒外からの提案に、メアは素っ頓狂な声を上げてしまう。


 目標はメアの通うK中学校の卒業生。通常ならば難なく辿り着いても良さそうな捜索方法ではあるが、そもそもメアの中でその選択肢が皆無であった為、頭にすら浮かばずにいた。


「メアさん、わたしも燐華さんの仰る通り、学校を調べるのが一番かと思います」


 いまいち内情を理解していないユウリは当然の如く賛同の意を示した。


「無理っ! 無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理ぃ!」


 メアは長い髪を振り乱しながら渾身の抵抗を見せた。その様子に気圧され、提案元の燐華「おぉ……」と半歩後ずさる。


「メアさん。でもそれ以外に良い捜索方法がありますでしょうか?」


「無理無理! 無理なものは無理なのっ!」


「メアさん……。こういう場合には助け合いが必要だと思うんです。何故メアさんが頑なに拒否されるのかは正直理解が及びませんが、時には我慢も必要です。仲間を助ける為だと思って、ここはひとつ――」


「そもそも仲間じゃないし! それにいつ、あんたがわたしを助けたって!? 今までだってわたしばっか助けてるじゃないっ!」


「今日の数学の授業で……」


「っ!」


 まさにぐうの音も出ないとはこのことで、メアは恨めしそうな視線のまま唇の端を震わせながら口籠る。


 反論してやりたい気持ちは山々であったが、下手に話を広げれば詳細が燐華と時緒にまで漏れてしまう。下僕である二人にこのことを知られるのは沽券に関わる。そうなればメアはこれ以上微塵も動くことができなかった。


「では決まりですね」


「……、昼休みのネズミ師匠の事といい、さっきの時緒の事といい、あんた意外と腹黒いわね。漆黒の二つ名、あんたの方がお似合いじゃないの?」

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