XXⅥ.第二回異世界召喚術式作製会議

 ユウリの下着を購入したついでにデパート一階のデザートコーナーで各々お目当てのスイーツを購入し、秘密基地に着く頃には日は傾きかけていた。


 店の扉を開くと既にテーブルには店主が腰掛けており、四人の姿を認めるなり、笑顔で小さく手招きをする。


「今日燐華の番だからね」


「ういーっす、わかってるよーだ」


 メアが念を押すと燐華は観念して唇を尖らせた。


「あ!」


 テーブルに着く前に時緒が何かに気付き、隅の書架目掛けてとてとてと駆けて行った。そこには哲学的幽霊もとい着物姿の女性が平積みされた絵本の山に囲まれる形で膝を抱えて座り込み、頭を書架に預けたまま小さな寝息を立てていた。


「幽霊さん寝てるー」


 時緒は哲学的幽霊の前で座り込むと、


「寝顔可愛いー」


 そう言いながら顔を覗き込むようにする。


「しーっ。幽霊さん、何だか疲れてるみたいだから寝かせてあげようね」


「寝るの? 幽霊なのに? 幽霊なら元から既に永眠中でしょ」


 口元で指を立てる店主に向かってメアはジト目でそうツッコミを入れた。


「んん…………」


 だが店主の計らいも虚しく、物音を察してか哲学的幽霊は小さな呻き声を上げて目を覚ましてしまう。聞き間違えでなければ、常に無言を貫く幽霊の貴重な「第一声」だ。


「っ!?」


 そしてすぐに眼前の時緒に気が付くと驚きに目を見開き、咄嗟に後退ろうとした為、すぐ後ろの書架に頭をぶつけてしまい、おまけに絵本の一冊が落下し、そのまま幽霊の脳天を直撃した。


「っ…………」


 哲学的幽霊は頭を押さえたまま涙目で膝をさらに寄せると、小さく縮こまるようにしながら顔を真っ赤にしていた。


「ごめんねー幽霊さん。お詫びにチョコ食べる?」


 時緒がごそごそとデパートで購入したコンビニのものよりもややお高いチョコレートの箱を取り出しその中から一粒差し出すと、幽霊はコクリと小さく頷きつつそれを受け取った。


「ほらっ! 時緒! もういいでしょ? 早く来なさい」


 既に席に着いているメアは時緒に着席を促す。精神的HPがレッドゲージ突入中のメアはもうこれ以上余計なことで余力をすり減らすわけにはいかなかった。早々に異世界召喚術式作製会議という名の世界一下らない会議を始め、そして早々に我々には無理だと諦めさせることがメアにとっての今日一番の目的だ。


 ようやく四人が席に着くと、ユウリ以外の三人はまずユウリにの方へ視線を集め、「魔術師の手記」解読結果の発表を待つ。


「では皆さん。わたしが例の魔術師の手記を読み解いてわかった内容ですが……」


 メアは相変わらず下らないモノを見る表情で、燐華はあまり興味なさそうな様子で、時緒は餌を前に待てを命じられた犬のように今にも飛び掛からん剣幕で、三者三様の眼差しを異世界の魔術師へと向ける。


「例のアンティキテラ島の計算機による術式発動タイミングの他に三つの魔術的触媒が必要になることが判明しました」


 ユウリの「魔術的触媒」というワードに、前足をテーブルに付け、「お預け」状態の時緒の鼻息がふんふんと荒くなった。そのまま飛び掛かろうとしたらすぐさまゲンコツをお見舞いしてやろうと、メアはテーブルの下に隠れた拳を密かに握り、身構える。


「まず一つ目ですが、『魔女の生き血』」


「ないわ。無理」


 それを聞いた瞬間、メアは呆れと同時にどこか安堵した様子で拳を解き、足元に置いてあった鞄をテーブルの上に置く。


「二つ目が『マンドラゴラの根』」


「ないない。あり得ない」


 メアは広げてあったお菓子の残りと、一応は形だけと出してあった筆記用具を鞄に仕舞い始める。


「最後の三つ目ですが、『飛竜の翼』」


「はいしゅーりょー」


 メアは言いながら鞄を肩に掛けると席を立とうとした。


「メアちゃんっ!」


 瞬間、時緒の悲痛な叫びが店内に響いた。


「何で諦めるの? 無理って決まったわけじゃないでしょ? 探してみないとわからないじゃん! 何でもそうやってすぐ無理だって決めつけてたら全然前に進まないよ! メアちゃんいつも言ってるよね? わたしが宿題諦めようとしたら『やる前に諦めるな』って!」


 メアは言葉を聞くなり一度は肩に掛けた鞄をどさりとテーブルの上に落とすと、時緒のこめかみを両の拳で力いっぱい締め上げた。


「ええ言ってるわよ。何回も何回も何回もねぇ。百回くらいは言ったかしら? でもあんたは毎回勉強のこととなると馬鹿の一つ覚えみたいに無理だ無理だって、それが今回に限っては『諦めるな』だぁ? こっちの方こそ無理に決まってるでしょお? わからないの!? 中学生だけでロケット組み立てて宇宙に行こうってのと同じくらい無理なのよ! ホンっと、都合良くできてるおつむだこと! おらおらぁ」


「痛いよーメアちゃーん」


「あのぉ、メアさん。口を挟むようで申し訳ありませんが、ろけっととは何ですか? うちゅうとは何ですか?」


「あんたはうっさい!」


「メアー。いいじゃん。とっきーの気の済むまで付き合ってあげれば。本当に無理だってわかったらそん時はしょうがないけどさー」


 燐華の言葉を受け、メアは渋々椅子に腰を落ち着ける。メアにとっては燐華の言う「その時」が「今」であった筈で、紛れもなく潮時なのだが、両のこめかみを押さえ、「うー」と涙目で唸りながら恨めしそうな目で見つめてくる時緒を一瞥し、観念したかのように嘆息した。


「で? どれから探すの? どれも同じようなもんだけど」


 そのメアの溜息まじりの言葉を了承と受け取った時緒はすぐに笑顔になった。


「じゃあさじゃあさ、じゃんけんで勝った人が決めようよ! 負けた人がデコピンで!」


「何で罰ゲーム付きなのよ」


 メアにとってそれはどう転んでも損しかない言わば闇のゲームであった。


「でこぴん……。何だか不思議な響きの言葉ですね。面白そうです」


「そこ、食いつくな」


「デコピンってのはねー、おでこを指でぴーん! ってするんだよぉ」


 時緒が説明しながら空中でデコピンの動作をすると、ユウリは興味深そうにその動作を真似た。


「やめときなさい。言っとくけど、この娘のデコピン軽く頭蓋骨陥没するくらいの破壊力秘めてるわよ」


 メアは燐華を顎でしゃくりながらユウリに助言した。


「それはどんな身体強化魔法を使っているのですか?」


 メアの冗談半分の言葉にユウリは馬鹿正直に驚愕してしまい、目を見開く。


「さあ? 生まれつき変な魔法にでも掛かってるんじゃない? 魔法って言うか最早呪いかも」


「では時緒さんも呪いに掛かっていますか?」


 ユウリはくるりと時緒の方へ向き直る。


「えー! なんでそこでわたしが出てくるのぉー?」


「ええ、そりゃもう強力なやつが何個もね」


「えー! ユウリちゃん! ユウリちゃんの魔法でわたしの呪いを解いて!」


「できません。病院へ行きましょう」


「わー真顔で即答だぁ」


「あんた、遠回しに『頭おかしいやつ』って言われてなんでそんな満面の笑みできるの?」


「え!? ユウリちゃん、そんな風に思ってたの!?」


「わかってなかったのね」


「いえ、いくら何でもそんな酷い事は考えたりしません」


「ほらーメアちゃん。ユウリちゃんはそんなこと思ったりしませーん」


「ええ、……ただ、少し気の毒な頭の方だなとは…………」


「えぇっ!? 同じ意味!」


「ねぇ、何でも良いけど、そろそろ進めたら? 時間なくなるわよ。ほら一番詳しいんだからあんたが決めなさいよ」


 例によって話が際限なく逸れ続けるのをメアが軌道修正する。それを受けてユウリが口を開いた。


「では、まずすぐに手に入りそうなものから……」


 ユウリは時緒から借りていたタブレット型PCを取り出すと、予め開いてあった「ヴォイニッチ手稿」の内容を掲載しているサイトの中の一文を指で指示した。当然、ユウリ以外の他の三人にはその文字の意味は理解できない。


「魔女の生き血です」


 PC画面を指したまま、ユウリは真剣な面持ちで言った。

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