XIV.新たな仲間(下僕)

「時緒……燐華……」


「めめめめメアちゃん! そそそそその目もあやなびびびび美少女は一体?」


「メアーその娘メアのクラスメイトー? とりあえずおっぱい揉んでいい? ぐへへへぇ」


 案の定そこには燐華と時緒がいた。


「さいあく……」


 この状況をいかようにするか、考えはまとまらないままだが、取りあえず今にも飛び掛かりそうな二人を一発ずつ殴って正気に戻しておいた。


 不幸中の幸いではあるが、二人は雰囲気が変わったユウリのことを前に一度コンビニで見かけた少女と同一人物だとは気付いていない様子だ。


「石川さん石川さん、この方達は石川さんのお友達でしょうか?」


「この二人はわたしの下僕一号と二号よ」


「下僕一号の九綯燐華だよ。よろしくね」


「わたしは三条時緒――って! 一号わたしだよぅ燐華ちゃーん!」


「初めましてよろしくお願いします、下僕の燐華さん、時緒さん」


 ユウリは律儀に頭を下げる。それを受けた二人はきょとんとした顔で「いえいえこちらこそ」とユウリの仕草を真似る。


「わたしは石川さんの…………」


 だが自分も自己紹介をしようとした段で適当な言葉が見つからず、詰まってしまう。果たして自分は石川メアの何なのか。先程の返答もまだ貰っていない。勝手に友達と言ってしまって良いものか。そう迷っているうちにメアが先に口を開いた。


「こいつは……その……下僕三号よ…………って、あ、しまった……」


 だが、内心一番焦っているメアの口から出たのはまさしく盛大な「墓穴」であった。


「はい、石川さんの下僕の能登ユウリです」


 それを受けて、ユウリは改めて自己紹介をする。「下僕」というのがどういった意味でのことかは理解できないが、とにかく目の前の明らかに普段のクラスメイトに対してとは接し方の異なる、親密そうな二人と同等の地位を与えられたことにどことなく嬉しくなり、ユウリは微かに笑みを溢す。


「そーなんだー、じゃあ仲間だね、ユウリちゃん!」


「仲間だ! 仲間! 新しい仲間だ!」


「仲間…………」


「ちょっと待ちなさい!」


 嫌な予感を感じて、メアはユウリを制しにかかるが、遅かった。


「燐華さん、時緒さん。わたし、実は異世界から召喚された正義の魔術師なんです」


「へぇ」

「なん……だと……!?」


 よく意味のわかっていない燐華は良いとして、時緒は出会ってからこのかた一度見せたことのなかった渾身の真顔を披露した。ユウリの口から出たワードのその甘美な響きにしばし立ち尽くす。


「メアさん、ここで話すのもなんだから秘密基地にユウリさんをご招待しましょう」


 メアはユウリの妄言が一番面倒な相手に伝わってしまったことに頭を抱えた。


「別に特に何も話さなくていいわよ。ってか何よその話し方、キモイんだけど」


「いいえ、話す必要があるわ。この世で一番必要なことだわ。ああ大変! こうしているあいだにも貴重な時間が過ぎて行く! ささ、ユウリさん行きましょう」


 時緒はユウリの手をひったくるように握ると、「あのーどちらに行かれるんですか?」と少し困惑気味のユウリを連れてスタスタと歩き始めてしまった。


「ねぇねぇメア? よくわかんないんだけど、とりあえず秘密基地に着いたらあの娘のおっぱい揉んでいいってこと?」


 メアは燐華の言葉を無視して、時緒たちのあとをトボトボと追った。





 秘密基地、すなわち例の絵本屋までの道中、待ちきれない時緒はユウリに質問攻めの嵐を浴びせていた。見かねてメアが仲裁に入る。


「時緒! いいかげんにしてよ! そんなのこいつの妄想に決まってるでしょ?」


「それは違うよメアちゃん! こんな美少女でミステリアスな雰囲気でポッケに使い魔のネズミを入れてて、晴れてるのに傘を携えている娘が普通なわけないよ!」


「あのー使い魔ではなく師匠です……」


「普通じゃないってとこには大いに賛成だけど、変人って言うのよ、そういうのは」


「メアちゃんのわからずや!」


「どっちがよ!」


 一喝したものの、こうなった時緒を止めるのは難しい。気の済むまで放っておくしかない。それが一番よくわかっているメアは早々に諦めた。


 それに、騒いで注目を集めるよりは、このまま大人しくクラスメイトに遭遇する危険性のない秘密基地に辿り着く方が有益と考えた。


「ユウリちゃんはさぁ、〝何系〟の魔術師なの?」


「何系とは…………、ああもしかして、この世界の文化を記述した文献で読んで学んだのですが、ガーリッシュ系とかコンサバ系とかモード系とかのことでしょうか? それならばわたしたちの国における魔術師の正装は雰囲気的に森ガール系が近いような気がします」


「それ、文献ってか、絶対コンビニで立ち読みしたファッション誌だよね?」


 メアはユウリと初めて出会った時、彼女が熱心にコンビニの雑誌コーナーで立ち読みをしていたのを思い出す。


「属性だよぉー。風とか、炎とか、雷とか、水とか、氷とか、闇とか、光とかさー」


「…………、いえ、そういうのはありません。そもそもその属性とは何の意味があるのでしょう?」


「えーとね、得意な属性の魔法は強いけど、反対の属性の魔法だと弱くなっちゃうとか?」


「魔法を強い弱いで測ったことはありません。その強い弱いがもし対人における殺傷能力のこと言っているのであれば、基本的にどんな魔法でも人を殺めることができます。逆に対人攻撃を目的とした魔法を用いて一撃で殺せないような魔法なら、それは完成した魔法とは呼べません。銃や弓矢で頭を狙った方が早いですし確実です」


 ユウリは淡々と説明した。その現在の見かけも相まって、口から出る単語や口調は少々不釣り合いな印象を受ける。


 ユウリの説明にきょとんとしてしまっている時緒をよそに、「それに」とユウリは続ける。


「そもそも人間という生き物は、風に弱く、炎に弱く、雷に弱く、水に弱く、氷に弱く、闇に弱く、光に弱いです」


「…………。じゃあね、じゃあね、ユウリちゃんには何か特別な能力とかはないの? 例えばユウリちゃんだけ死んじゃっても何度でも生き返れる能力とか!」


「時緒さん、残念ながら他の生物に魂を移す魔法はありますが、失った魂を蘇らせる魔法は未だかつて聞いたことがありません。そもそも魂を移す魔法も可能とする魔術師は上位のごく少数に限られています。技術的、というよりも倫理的な側面で制限されているのが実情です」


「そんなぁ」


 時緒はあからさまに失望した表情をする。だが時緒は諦めずにユウリに向き直る。


「でもでも! ほんとはあるんでしょ? ユウリちゃんだけのチートみたいな特殊な能力。でもわかるよ、わかる。内緒なんだよね? それはね、普段は周りの皆には内緒でここぞって時に発動するの、そうでしょ?」


「なぜ、内緒なんです?」


「その方がかっこいいじゃん!」


「なぜ、内緒にすることがかっこいいのですか?」


「だってそうじゃないと、ここぞって時に、わぁっ! って、ならないでしょ?」


「ここぞって時に、わぁっ! ってなることがかっこいいのですか? そもそも、わぁっ! って何ですか?」


「わーんメアちゃーん。ユウリちゃんがイジメるよー」


「いえ、イジメてないです」


 ついには、時緒はメアに泣きついてしまった。


「よしよし、これに懲りたらアホな妄想はほどほどにね」


 メアは時緒の頭を撫でてやりながら、こういう時の時緒を無力化できる方法があるとはと、内心少し感心してしまった。


「メアさん、時緒さんは少し変わった方ですね」


「そういう病気なの。中二病とか、頭お花畑病とか、お金捨てたい病とか、他にも色々患ってるから許してあげて。ってかあんたも人のこと言えないわよ」


「そうですか……。お大事に、時緒さん」


「わーんメアちゃーん!」


「それはそうとあんた、しれっと下の名前で呼ばないでよ」


「だって、燐華さんも時緒さんも下の名前で呼んでますし……」


 ユウリはしょんぼりと下を向いた。


「なんだ? メア、恥ずかしいのか?」


 不意に燐華が口を挟む。


「べ、別に恥ずかしくないし!」


「じゃあ良いんじゃない?」


 燐華の言葉を受け、ユウリは小さい声で確かめるように「メアさん……」と呟いた。


 泣き縋る時緒にしつこく纏わり付かれながら、メアは次から次へと着実に良くない方へことが進んでいる現状に溜息を洩らした。

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