Ⅹ.失望と諦め

 それからというもの、事あるごとにメアはユウリの手助けをすることになってしまっていた。


 「なってしまって」というのは、勿論、それがメアの望んだ行動ではないからだ。あえてそうならないように幾度となく努力をしているのだが、何だかんだで結局メアが手を貸してしまっている。


 教室のごみ捨て、宿題の回収、理科の実験の片付け、体育の準備、等々。


 本来のやるべき仕事もあれば、多くは御崎グループの女子から意地悪として半ば押し付けられたものであった。


 メアは苛立ちと同時に改めてこのクラスに失望した。


 メア以外誰もこの世間知らずの無知に手を差し伸べようとしないのだ。


 女子は率先して意地悪しているのがリーダー格の御崎であることから、あえて動こうとする者はいない。明日は我が身、下手に手を貸せば自分まで標的になってしまう可能性があるからだ。


 男子は男子で女子を助けるという行為それ自体が、かなりの心的エネルギーを要するばかりか、同性から好奇の目で見られる要因になることを知っている。


 メアはそういった理由を深く考えはしなかったが、とにかく、無能な者同士助け合うこともできない有象無象に失望を禁じえなかった。


 救いようがない。


 唯一周囲に聖母のような優しさを振りまいている円子に至っては、どういう理屈か、ユウリが困った場面になると見当たらないのである。狙ってやっているとするなら、その察知能力は超能力か、あるいはそれこそ魔法の類である。


 そのような有象無象と同じ空気を吸っていると思うだけで気分が害される。


 そうなるとあとはもうまるで連鎖するように、色々な「理解不能」が頭を満たしていく。


 まったく、この世界は何故こうもメアの想いとは真逆の結果ばかりをもたらすのか、メアは怒りを通り越して諦めの溜息を吐いた。


 そんな時メアは、なるべく他のことを考えるように徹した。具体的には寮の自室で読む本の内容だ。無機質な情報は、それだけで気持ちに落ち着きをもたらす。


 そしてそれらは決してメアを裏切らない。


 裏切るのはいつだって決まって「理解不能」な周りの、他人の行動や思考だ。


 明日からは失望するのをやめよう。


 幾度か失望した後に、メアはそう心に誓った。


 「裏切られた」と感じるのは、「失望した」と感じるのは、どこかでメアがまだクラスメイトのことを信頼しているところがあるからなのかもしれない。


 愚かだ愚かだと感じつつも、そこまで愚かな筈がないと、心のどこかで。


 だが、同時に考え直す。

 それは今のメアの考えに則れば、至極おかしなことだ。


 先日自ら口にしていたではないか。あのユウリという奇妙な少女に向かって、「信頼は短い時間でできるものではない」と。中学校生活における一年と少しが、人生という尺度において時間的に長いか短いかは別として、そもそもメアは、自身のクラスメイトの誰ともコミュニケーションを取ろうとしてこなかった。最低限の会話を交わすことはあるだろうが、それを勘定に入れてしまえば、度々寮へ届けられる希実枝からの荷物(ほぼ確実に大量のお菓子)の伝票にサインを促す運送会社の配達員のおじさんまで信頼しなければならなくなってしまう。


 まともに接していると言えるのは他校の生徒の燐華や時緒くらいだ。


 そして最近は、燐華や時緒に世話を焼く時と同じような精神的な疲れを、教室で感じるようになっている。


 やはり、明日からクラスメイトに失望するのを止めたところで、こちらの心的疲労はなくならない。メアは先程立てたばかりの誓いを撤回する。


 方法は一つ、ユウリという少女に関わらないようにすることだけ。これに尽きる。


 元はと言えばあの少女が、最近の精神的疲労のすべての元凶だ。


 ただでさえ無能なクラスメイトに囲まれて苛立ちが絶えなかったのに。


 そう思って隣の席へ目を移すと、丁度ユウリが美術の授業で使用した絵具の水を、盛大に机へぶちまけるところだった。きょとんとした表情で頬から水を滴らせている。


「もうっ!」


 メアは掃除用具入れへ雑巾を取りに走った。

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