有楽島立夢の不条理

ジェネライト

#1

「……不幸の手紙?」

 木陰のベンチでパタパタと扇子で自分をあおいでいた猿渡さるわたりは、隣に座る有楽島立夢うらじまりずむの発言を聞いて手を止める。

「届いたヤツは手紙の内容に従わねェと不幸になるっつーアレか?」

「アレです」

 立夢は首肯する。頷いた拍子に髪の先端から小さく汗が跳ねた。

「実は今日、学校の自分の机の中にそれっぽい手紙が入っていたのに気づいたんです。これなんですけど」

 猿渡に学生鞄から取り出した白い封書を手渡す立夢。

「ちょっと前までなら誰かの悪戯だろうで済ましてたと思います。でもほら、つい最近あんなことがあったばかりじゃないですか。だから万が一があると困るなって思って、念のために猿渡さんに確認してもらおうかと」

「ふーん、なるほどねェ……」

 猿渡は受け取った封書の表面を指で軽く撫でたり、太陽光で透かして見たりした後、中身を取り出して書かれている文章に目を通す。

『この手紙を読んだ者は、三日以内に同じ文章の手紙を友人に送らなければならない。さもなければその身に不幸が訪れる』

 手紙には活字でそう書かれていた。言い換えれば、書かれていたのはそれだけである。

「この手紙の他には何も無かったのか?」

「はい、それだけです」

「ふむ……」

 猿渡はもう一度、手紙を観察する。少しして、確認を終えた猿渡は手紙を立夢に返した。

「どうやら呪いの類いは心配なさそうだ」

「そうですか……良かった」

 立夢は小さく安堵の息を漏らす。

「だが、悪趣味なことには変わりねェな。嬢ちゃんはこんなことしてくるヤツに心当たりは?」

「うーん、人から恨まれるようなことはしてないと思うんですけど」

「怨恨からじゃないならこういう悪戯が好きそうなヤツとか」

「あんまり人付き合いとかしないので何とも……」

「そうか……じゃあ、この手紙の内容を信じそうな友人は居るか?」

 猿渡のその質問に、立夢には一人だけ思い当たる人物が居た。憂沢小春ういざわうららだ。純粋で少し臆病な彼女なら、この悪意ある手紙の内容を信じてしまうかもしれない。

 しかし、信じたとしても小春がその内容に従うかというと、立夢には釈然としないところがあった。

(憂沢さんの性格だと、誰かを傷つけるくらいなら自分一人で抱え込みそうな気がするんだよね。わたしの勝手な想像ではあるけど)

 なかなか返答しない立夢の姿を否定と捉えたのか、猿渡は困ったように頭を掻く。

「参ったな、他にあるとすればどんなヤツだ?」

 猿渡はふう、と息を吐いてベンチに背中を預けると、扇子で再びあおぎ始めた。

「今どき手紙なんてアナログな手段を使ってくるのは妙だが、活字なら筆跡から推測されることは無ェし、目撃者が居なけりゃ送りつけた時間の細かな割り出しも難しい。悪戯の範疇なら大がかりな捜査をすることもねェだろうから、嬢ちゃんみたいな普通の人間には適当にやりそうなヤツを検討つけるくらいしかできねェ。バレずに嫌がらせするならなるほど、なかなか有効な手段だ」

 確かに、と立夢も猿渡の言葉に納得する。現状が何よりの証拠だった。

 犯人の推測作業に行き詰まり、二人の間に沈黙が広がる。だがしばらくして、猿渡は何かを思いついたのか、立夢に尋ねる。

「そういや気になったんだが、その手紙が送られてきたのは今朝なのか?」

「送られてきた時間ですか? えーと……わたしが今朝、手紙を見つけたときには教室に数人ほどしか居なかったので、送ってきたのは昨日の放課後以前の方がありえそうですけど……ただ――」

「ただ?」

「ただ、ここ最近、あんまり引き出しの中は見てなかったんですよね。この前の一件で体調が悪かったとき、注意力はかなり散漫になっていたので。だからひょっとすると、何週間も前にこの手紙が送られてきていたということも……」

 立夢から返ってきた答えに、猿渡の顔が再び曇る。

「むう、そうか……いやな、手紙という手段を用いるなら、送った手紙が読まれたことを確認するという動作が付いて回るんじゃねェかと思ってよ。手紙を見た感じ、送り主は几帳面な性格してそうだから尚更気になるんじゃねェかってな。だが、届いたのがいつ頃かはっきりしないのなら、それで割り出すのは難しそうだな……そもそも、手紙を送ることが目的だったなら読もうが読まれまいが、そいつには関係ねェしよ」

 妙案だと思ったんだがな、と猿渡は別の方法を模索し始める。一方、立夢は彼のプロファイリング内容に引っかかるところがあった。

「もしかして……」

「ん? なんだ、何か分かったのか?」

 猿渡が尋ねると、立夢はこくりと頷く。

「一人、送り主に思い当たる人がいます」

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