#2

 翌日。

 グラウンドで部活動に励む生徒たちの様子を窓から立夢が手持ち無沙汰に眺めていると、背後で扉の開く音と共に誰かが入室してくる気配があった。

「用事があるなら下駄箱に手紙なんて入れなくとも、面と向かって直接言えば良いでしょうに」

 部屋に入るなり立夢に向かって投げかけられたその言葉のトーンからは、入室者の呆れが伝わってくる。

「まあ、周りに聞かれたくないことだからわざわざ化学準備室こんなところに呼び出したのでしょうけど」

「アライさんは察しが良いね」

「アライじゃなくて安来豆あらいずです。呼び出した相手の名前くらい間違わずに言いなさいな」

「ごめんごめん」

 素直に間違いを謝る立夢だが、実際は彼女の名前はちゃんと覚えている。

 倉崎安来豆。立夢のクラスの級長を務める人物だ。やや尊大に聞こえる話し方をするが、同級生や担任教師からの評価はなかなか高い、というのは立夢が普段の彼女の様子を見ていて感じた印象である。

 立夢が彼女を呼び出した目的は勿論、手紙の送り主が彼女かどうかを確認するため。誰かに聞かれて騒ぎになるのも嫌だったので、場所は自分の教室ではなく人の来ない――本来は管理者である化学教師が居るが、事故にあって現在入院中らしい――化学準備室を選んだ。彼女が呼び出しに応じない可能性もあったが、几帳面な性格という予想が外れてなければ、呼び出しの文章だけが書かれた手紙の送り主が気になるだろうと立夢は踏んでいた。そして予想通りかはともかくとして、彼女は今ここに居る。これでとりあえず、倉崎と二人きりで話すという状況は作り出すことに成功した。あとは目的を果たすだけ。

 倉崎が話の口火を切る。

「それで、一体どんなご用件で?」

「ああ、これのことで聞きたいことがあってね」

 そう言って立夢は封書を取り出し、倉崎に見えるようにして胸の前で掲げる。

「手紙、ですか?」

「うん。教室のわたしの机の中にいつの間にか入ってた。でも送り主の名前が書いてなかったんだよね。誰が書いたか知らない?」

 あえて手紙の送り主が倉崎かと直接聞くのは避ける立夢。確証も無いのに犯人と決めつけるような言い方をしてしまうと、もし間違っていたときに禍根を残すかもしれないという判断からだ。尋ねるならもう少し不自然さの無い雰囲気になってからか、他の選択肢が無くなってからにしたい。

「いいえ、存じ上げませんが。どうしてわたくしが存じていると思ったのですか?」

 倉崎に質問された立夢は、自分が保健室に運ばれたときのことを思い返す。

「倉崎さんは普段から周囲に気配りができてるから、もしかしたら送り主が机に手紙を入れてるところを見てるかもしれないなーってね。この前もそうやっていろいろ見てたから、わたしのことに気づいたんでしょ?」

「ええ――そうでしたわね」

 立夢の問いかけに倉崎は肯定で応えるが、そこには歯切れの悪さを感じる若干の間があった。しかし、それが何か後ろめたさを覚えてのことなのか、単に思い出すのに使った時間なのか、これだけでは判別できない。ここで立夢はもう少し倉崎の反応を見るために、さらに情報を出してみる。

「……実はわたしに届いたこれ、不幸の手紙ってやつみたいなんだよね。どういうものかは知ってるかな?」

「話には聞いていますわ。所謂チェーンメールと呼ばれる類いの悪戯でしょう?」

「そうだね。そして、こういうものは感染病のように周囲に広がることで大きな効果を発揮する。つまりわたしが考えているのは、わたしの他に不幸の手紙を受け取ってる人が居るかもしれないということ。そっちの心当たりはある?」

 立夢からの質問を受けて、倉崎は考えるそぶりを見せる。数秒ほど思案げな表情を浮かべた後、倉崎は小さく首を横に振る。

「そちらも存じ上げませんわね。そもそも、少し大げさに考えすぎではなくて? 確かに不幸の手紙は広まれば大きな混乱を招くこともできますが、今どきこのような悪戯を本気で信じる人も居ないでしょう。貴女の言うように同じ手紙を貰っている方も居るかもしれませんが、そういう方たちもきっと相手にせずに処理していると思いますわよ」

 倉崎の言っていることが常識的であることは立夢にも理解できた。しかし、立夢が引っかかったのは主張の内容ではなく、その言い方である。話を早く切り上げたがっているような、そんな焦燥感が言葉の端から滲み出ている。立夢にはそう思えた。

「用件は終わりかしら? これ以上何も無いのなら、そろそろ帰らせていただきたいのだけれど」

 傍目に見ても、倉崎が苛立ち始めているのが分かる。婉曲な聞き方ではもう彼女を引き留められないだろう。立夢は対話で膨らんだ倉崎に対する不信感を基に、意を決して本題を切り出すことにした。

「思い切って聞くよ。この手紙の送り主は倉崎さんじゃないの?」

「……は?」

 倉崎は不可解なことを聞いたと言うべき反応を見せる。

「どうしてわたくしが貴女にそんなものを送らなければならないのかしら?」

 眉間に皺が寄り、彼女がより一層と不愉快になっているのが立夢にも伝わってきた。しかし立夢はその表情にも臆さず、倉崎の問いに答える。

「倉崎さんがわたしに不幸の手紙を送った動機は分からない。わたしに恨みがあるのかもしれないし、ああは言っていたけど案外キミ自身が受け取った不幸の手紙の内容を信じて、適当にわたしを選んで送ったのかもしれない」

「言いがかりも甚だしい! そんなはっきりとしない動機なら、わたくしの他にも怪しい人物はごまんと居ますわ!」

「ごもっとも。でもさっき、キミは周りを見ていることを肯定した上で、手紙の送り主や他の受取人に心当たりは無いといった。つまりキミ以外の人のアリバイは君自身が証言したということだ。今現在、アリバイが無いのはキミだけ」

「滅茶苦茶な屁理屈もいい加減になさい! 確かに周囲に気を配っていたことは認めましたが、わたくしだっていつも教室に居るわけではありませんわ! わたくしが教室に居ない間なら、他の方にも貴女の机に手紙を入れることは十分できるでしょう!?」

「そうだね。けれど、手紙の筆跡に関しては言い逃れできないよ。わたしがこっそり調べてみた結果、この筆跡はほぼ倉崎さんのもので間違いない」

「手書きじゃないのに筆跡なんて分かるわけありませんわ!」

「なんで手紙の文章が手書きじゃないって知ってるの?」

 立夢の指摘を受けて、それまで怒気で赤く染まっていた倉崎の顔が急激に青ざめる。

「この手紙の中身は見せてないし、他に貰ってる人は知らないとも言ってたよね。なら手紙の文章がどんな字で書いてあるかは分からないはず。なんで知ってるの?」

「そ、それは……」

 倉崎はしまった、という表情を浮かべ、きょろきょろと挙動不審に視線をさまよわせる。先ほどの勢いは完全に失速している。

 対して立夢は内心、ホッとしていた。無茶苦茶な詭弁で倉崎を煽って冷静な判断ができないようにし、ボロを出させて当事者しか知らないはずの情報を引き出すという目論見が功を奏した。狙い通りにいくかは賭けであったものの、おかしなところはハッキリと正論で返すという倉崎の真面目な性格を逆手に取った作戦は、きっとうまくいくだろうという直感もあった。我ながら性格が悪いと思いつつ。

 ともあれ、これで倉崎が関わっていることが分かり、被害者側の立夢が加害者側の倉崎に対して優位を取る構図となった。

「どうする? まだ何か言いたいことある? まあ、それが納得できないような内容なら明日、先生に手紙のことを話して教室で取り上げてもらうことにするけど」

 少し威圧感を交えて倉崎に尋ねる立夢。こういう脅迫じみたことは好きではないし、そもそもに大ごとにする気もないので実際はただの狂言だ。では何故そんなことを口にしたかと言えば、ここで時間を与えて倉崎に言い逃れる口実を思いつかれても困るからである。結局のところ、立夢に倉崎を追及できる決定的な物証は無い。それを悟られる前に、立夢は倉崎の口を割らせたかった。

「無回答も議題行きね。でももし倉崎さんが送り主だとして、今それを自白してくれればここだけの話にするよ。約束する」

 実質、選択の余地の無い譲歩を見せる立夢に、逡巡する様子の倉崎。

「……全て、お話ししますわ」

 そして、倉崎は観念したようにぽつりぽつりと、今回の経緯を話し始めるのだった。

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