インターバル❷

「その後、彼は地元の精神病院に入院したそうです。そして、その丁度4年後、自ら命を絶った……そんな、噂です」


 マスターは語り終え、神妙な面持ちで静かに目を閉じた。犠牲者への黙祷の様に見えた。


 そして、稲光。雷鳴。


 ミカは何か言おうとして口を開きかけたが、雷鳴に遮られ、そのまま口を閉ざした。

 キヨミは口をぽかんと開けていた。

 しかしチズルは「ぷっ」と吹き出しケラケラ笑いだす。

「マスター、話し上手すぎだし! 雷タイミング良すぎ!」

「喜んで頂けて何よりです」

 マスターはまた人の良さそうな笑みに戻っていた。

 チズルの笑い声に、キヨミははっと我に帰り彼女を小突く。

「チズちゃん笑いすぎ!

  ……でもマスターほんと、お上手。まるで実際に見て来たみたいに、生々しいっていうか」

「恐縮です」

 マスターは仰々しくお辞儀をした。

 笑い終えたチズルはカクテルグラスを指で玩びながら呟く。

「──でもなんで、急に他所の海か何かに飛ばされちゃうの? 」

「ワームホールが開いて、ワープしちゃうとか」

「ふふっ、SFじゃん」

「じゃあ幻覚」

「一番ありえるね、それ。それで精神やられて狂っちゃうとか」

 そこで、マスターが口を開く。

「ワームホールの方が、実は正解に近かったりするんですよ」

 それは授業をする教師の様な口振りだった。

「水は入り口なんです」

「いりぐち?」

「そうです。出口もある。現実と、異世界を繋ぐ入口、という見方があるようです。

 そして全ての水は繋がっている。……良く、『水場には霊が集まる』或いは『霊の通り道』と聞いたことはありませんか?」

「あるある。心霊番組だと定番じゃん」

「あれは、水が『霊界』、或いは『』と繋げてしまう為です。そして水を媒介にして海上で消息を絶った飛行機は数知れず。船の消失には枚挙にいとまがありません」

 船の消失。その言葉に、キヨミは背筋にゾクリとするものを感じた。

「水が、『ここ』と『何処か』を繋げてしまうんです」

「でもそれだと、そこら中でワームホール見たいのが出来ちゃうじゃない」

「そうですね。ただあるだけでは、水を只の液体です」

「それじゃあ一体……」

「一つは向こう側と何か関連する人や物や場所、リンクしてしまう場合。霊感やバミューダトライアングルなどがいい例でしょうね。もう一つは恐怖と言われています。恐怖心という大きな感情のエネルギーが、呼び寄せてしまうようですよ」

 ゴクリ、とキヨミは喉を鳴らす。

「或いは、あちらから、寄ってくるのかも……」

喉が渇いた気がしたが手に持ったグラスの中身を飲む気にはなれなかった。カクテルだが、液体であるそれに触れることが躊躇われらからだ。

『恐怖心』、キヨミは心の中で反芻する。『お風呂場で幽霊が出る』という話も、殆どが恐怖心が霊を呼び込むと言われているしそういう事なのかな。と考えた。


「──と言う、噂ですよ。都市伝説や階段の類いですよ」


 そう締めくくって、マスターの授業は終わった。

 キヨミは、ミカが静かな事に気付きどうしたのかと横に座る彼女のようすを伺った。

 ミカは数十分前と同じ姿勢のまま、顔面蒼白でじぃっと氷の溶けたカルーアミルクを見つめていた。

「ちょっと、ミカ、大丈夫? 具合悪い?」

「え? ううん。大丈夫、大丈夫、だよ。ただちょっと怖くなっちゃって……ごめんね?」

 そう言ってミカはぎこちなく笑みを作る。

 キヨミとチズルは心配そうにミカを見た。

「おおっと、少々怖がらせが過ぎてしまいましたね。申し訳ありません。若い女性と話すとつい熱が入ってしまうもので。お詫びに、彼女の分のお代金はサービスさせて頂きますね」



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「あ、来たみたい」

バーの入り口にライトが見えて、直後、タクシーが停車した。

キヨミが呼んだものだった。

マスターがアンティーク調のドアを開ける。

外は土砂降りで、大粒の雨が容赦無く降り注いでいた。

バーの出入口からタクシーまでの2メートル、それだけでもずぶ濡れになりそうだ。

そう思った時、不意にマスターの話が脳裏を過ぎった。


『水は、入口なんです』


タクシーのボンネットを叩く雨、濡れた路上に落ちていくつも波紋を作る雨粒。それらに言いようもない不安を感じた。


(あんなものは怪談、都市伝説、──ただの噂だ。子供じゃあるまいし)


キヨミは頭を振って不安を誤魔化した。

「大丈夫? 歩ける?」

「うん、大丈夫だから。大丈夫だから」

「本当にー? 無理するなよー?」


ミカは青白い顔をしていて、チズルが心配そうな顔で肩を貸して出入り口まで行く。

「今日は、ありがとうございました」とキヨミ。

「いえいえ、こちらこそ。ありがとうございます。さあ、傘の中へ、濡れてしまいますよ」

マスターが傘を差し、3人をタクシーまで誘導してくれたお陰で3人は濡れずに乗車ができた。

車内から、キヨミとチズルは頭を下げる。ミカは俯いたままだった。

此処からはチズルの自宅が近い。

キヨミが運転手に彼女の住所を告げ、タクシーが動き出した。


「またのご来店をお待ちしております」

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