第15話 混沌の覚醒



 アルマーニは斧槍を奮いながら、酷い汗を流していた。金色鎧の男の攻撃は、凄まじい勢いながらも一発一発が弱い。


 受け流し、蹴りを入れ、突っ込んできたところ斧槍で脇腹を薙ぎ払う。


 

「ぐえ……」



 金色鎧の男は胃液を嘔吐すると、脇腹から延々と流れ出る血液に目を見開く。

 だが、止まるのは一瞬だ。


 薙ぎ払った斧槍を振り上げ、切断するようにアルマーニが奮おうとしたところで、痛みを堪える素振りをすることもなく、金色鎧の男が笑顔で突っ込んできたのだ。


 

「テメェ……なんか、キメてやがんのかぁ……っ!」


「アハハ、ハハハハッ!」



 刃こぼれした剣と斧槍がぶつかり合い、唾競り合いをする間もなくアルマーニが金色鎧の男を蹴り飛ばし、追いかけるように地を蹴る。


 アキレス腱を斧槍の先端で貫き、痛みに悶える金色鎧の男を見て少しだけ安堵するアルマーニ。



「ぐ、ふぅふふフフ……」



 しかし、アキレス腱から斧槍を抜いた瞬間から、不気味な笑い声を漏らす金色鎧の男。

 アルマーニは背筋に冷や汗を掻き、一瞬たじろいだ隙を、金色鎧の男が持つ剣で脇腹を刺された。


 

「ちっ……」



 脇腹に熱い痛みが走り、アルマーニの顔が歪む。普通、動けるものではない。

 強い信念か、恨みか、憎悪の力か。


 アルマーニが脇腹を押さえ痛みを堪えるなか、金色鎧の男はアキレス腱を潰された足でゆっくりと立ち上がった。



「狂いを通り越しているようだな。痛覚ですら、憎悪に劣るか」


「感心するぜぇ、ゾンビよりもタチが悪ぃ」



 顔を歪ませるガルダとアルマーニ。

 フラフラしながら歩み、金色鎧の男はにんまり笑って何かに躓き盛大に前へと転けた。


 蠢く黒い生き物を踏みつけるようにして倒れた金色鎧の男は、気持ち悪い液体を身体中に纏わせ、血走った眼でアルマーニを睨み付ける。


 

「殺す、殺す……殺すぞぉォ……っ!!!」



 呪いじみた台詞を吐き、金色鎧の男は血塗れの身体を必死に起き上がろうとして、失敗した。


 アルマーニがそうさせなかったのだ。


 斧槍を逆手に持ち、金色鎧の男の首に向けて振り下ろした。

 肉に刺さる感触と共に、血が飛び散り溢れ出す。痙攣を起こしながらも、金色鎧の男はひゅーひゅーと声を漏らし、にんまり笑い続ける。


 憎しみを込めた一撃にも関わらず、金色鎧の男の笑顔によって、アルマーニの憎悪は膨れる一方だった。


 血は床に垂れることなく、黒い生き物がすべてを受け入れ、飲み干していく。

 それをガルダが目視した時には、既に遅かった。



「な……んだっ!?」



 斧槍をもう一度強く押し込もうとして、アルマーニは驚愕し眉をひそめた。


 笑う金色鎧の男を、黒い生き物が徐々に飲み込んでいくのだ。血も、肉体も、骨すらも受け入れ、深淵へと誘う。


 血と肉で引っ掛かる斧槍を無理矢理引き抜いたアルマーニは、すぐに飛び退き武器を構える。



「あぁぁ〈支配者〉が覚醒する……ボクの役目はここで終い。復讐も終えた。さようなら死体漁りのアルマーニ」


「テメェ、ふざけんな。散々俺をコケにした挙げ句自分は綺麗に退場ってか。……ふざけんなよ」



 黒い生き物に飲み込まれ、金色鎧の男は爽やかな笑みで軽く手を振り、アルマーニをさらに激昂させた。


 黒い生き物に対して、アルマーニは怒りのままに鼻息を荒くし斧槍を振り下ろす。

 ガルダが止めようとしたものの、遅かった。


 ソルシェだったものに感情すら沸かなくなったアルマーニの攻撃は、気持ち悪い液体により阻まれ、突然飛び出てきた触手により吹っ飛ばされてしまう。


 アルマーニは血反吐を吐きながら床を転がり、何度も跳ねた上、力なく大扉の付近で落ち着いた。



「むっ! これは……!」



 無数の触手を蠢かせ、黒い生き物は徐々に身体を膨れ上がらせる。

 ガルダは大剣で黒い生き物に向かい振り下ろしたが、触手に阻まれ、切断することも出来ずその場で身体を震わせた。


 次第に黒い生き物は形を成し始める。

 スライムから人の姿を模した形となり、床に倒れた騎士の残骸を食らい、玉座を潰していく。


 ガルダは決死の思いで黒い生き物から大剣を引き抜くと、倒れているアルマーニまで急いで駆け寄った。



「このままでは死ぬぞ。立て」


「……あぁ、もう、死んでもいいかもなぁ」



 無理矢理腕を持って立たせるガルダに対して、アルマーニは完全に戦意消失していた。


 微笑しながら涙を流すアルマーニ。

 絶望感、消失感、焦燥感。


 全てが混ざり合い、救いのない感情と現実を、ガルダは理解出来ない。

 それでも、古代機械を飲み込み、天井にすら到達せんとする黒い生き物が目の前にいることに変わりはないのだ。



「貴殿、死ねとは言わんが、死ぬなとも言わん。だが……ケリは自らの手でつけるべきであろう」


「…………」



 ガルダの言葉に、アルマーニはだんまりを決め込む。触手で壁を壊し、無数に外へ飛び出た黒い生き物の一部は、アルマーニを見据えたまま特別動いたりはしない。


 ガルダに引きずられるようにして、アルマーニは大扉の外へ出た。

 同時に、玉座の部屋が重さに耐えきれず三階にひびを走らせる。床が崩れ、階段が分断され、各々の部屋が崩壊していく。


 

「んだこれ……デジャヴかよぉ」


「ふむ、今回は前よりも酷い崩落であろうな。呑気にしていると今度こそ死ぬぞ」



 痛みを堪え、ガルダの手から離れたアルマーニは、それでも軽やかに崩れていく階段を下りていく。

 いつ転げ落ちてもいいように、ガルダは大剣を背中に背負ってアルマーニを追い掛ける。


 その間にも黒い生き物が膨大に膨れ上がったのか、三階から黒い液体が垂れ流されているのだ。


 そして、二階へと無事到達したと同時に、アルマーニは背後から何かが頬を掠めた。



「……攻撃してくんのかよ!」



 直線に走る傷。

 黒く鋭い触手がアルマーニを襲い、続けて背後から無数の触手が飛んでくる。

 それをガルダは避けながら、必死にアルマーニと共に走っていく。


 

「なんだ!? 城が!?」

「化け物だ! 落ちてくるぞ!!」

「逃げろ! 全員退避!」



 当然、今まで敵対であった騎士たちも騒然とし、番兵や貴族の者たちが一斉に悲鳴をあげて逃げ惑い始めたのだ。


 だが、それは黒い生き物にとって只の餌にしかならない。触手の一本一本が大口を開けると、男女関係なく丸飲みにしていく。


 今度は咀嚼音まで鮮明に聞こえ、アルマーニは舌を打って城の一階へと辿り着き、触手を手斧で叩き切りながら前へ、真っ直ぐと走る。


 誰が開けたのか、城の正門は開いており、微かに灯った街灯目掛けて走る騎士たち。


 アルマーニとガルダも続いて外へ出ることに成功し、庭に転がるようにして着地した。


 そこで、アルマーニは再び息を飲み、絶句した。隣で呼吸を荒げるガルダも遅れて外の景色を見ると、同じく絶句して鼻で笑う。



「は、はは……笑うしかねぇなぁ、こりゃあよぉ……」



 アルマーニが見た景色は、真っ赤であった。

 赤く、朱く、紅く染まった景色。

 炎、或いは血。

 漆黒の闇を包む業火と、人を襲い喰らう魔物共の獰猛な雄叫び。戦い敗れ喰われる者。逃げ惑う無力な人々。


 その景色はまさに混沌であった──。






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