第15話 ー稽古の章 5- マイベストフレンド

 ひでよしがやっていることは単純である。俺の右横腹に槍の先をあて、ぐいっと押し込み、左方向に俺の身体を移動させる、ただそれだけである。


 ただそれだけの動作で、俺の動きはすべて抑えられる。槍の長さは2メートル半はあろうかと思う。この距離が恐ろしく長い距離に感じてしまう。竹刀の長さは1メートルほどしかない。リーチは秀吉が2倍長い。


 それに、無闇に突っ込んだところで、横腹を払われ、身体の軸をずらされてしまう。そして、ひでよしは段々、横腹を払うときの力を増してきている。


 おれは、動くたびに腹に一撃を喰らい、うごとかうぐとかの声を上げる。くっそ、どうにかならねえのかよ。その時、俺は、はっとなる。少々、邪道だが、俺を怒らせた、ひでよし、お前が悪い。


 俺は、ひでよしから距離を取り、上段に竹刀を構える。


「そ、それでは隙だらけですよ、それでいいの、ですか」


 ひでよしが俺を気遣って、声をかけてくる。その優しさが命とりだぜ。


「へへっ、これでいいんだよ!」


 俺は竹刀を上段から一気に前に向けて、振り下ろす。ひでよしは仰天する。そらそうだ。


「あいつ、竹刀を投げやがった!」


 試合を見ている観客が声をあげる。ひでよしは槍を縦にし、竹刀を防ぐ。よし、今だ!俺は姿勢を低くし、ひでよしにぶちかましをしかける。


「おお、あのひと、やりますね。刀では不利とみるや、その刀を投げ、その隙に組み伏せるつもりですか。考えは正しいですね」


 ひでよしは俺のぶちかましを受け止め、がっぷりよっつになる。ここで俺は間違いを犯したことに気付いた。


「しまった。ひでよしは俺より、すもうがつよかったんだあああ」


 どすううん。ひでよしは上手投げで俺を地面に叩きつける。そして同じく地面に落ちていた竹刀を手にとり、俺の首に軽く当てる。


「これで、彦助ひこすけ殿は、首級くびをとられました。まだ続け、ますか?」


「へへっ。首級くびをとられたんじゃ、俺の負けだ。煮るなり焼くなり好きにしてくれ」


 俺は観念する。観客のひとりがぱんぱーんと拍手を送ってくる。おれはそいつの顔を見るや、驚き、つい跳ね上がり正座をし、頭を下げる。ひでよしも、えっえっと思い、前を見て頭を下げる。


「ははっ。かしこまらなくていいですよ、楽にしてください」


 そう言うのは、信長である。


「なかなか面白い試合でしたね。刀を投げるまでは良い考えでしたが、そのあとがいけませんね。あそこはがっぷり四つになるのではなく、足をとり、押し倒した方がよかったですね」


「つい、癖がでちまった。相撲じゃ足は取りにいかねえからなあ」


 ぶちかまして、がっぷり四つからの投げ合い。そういうフェアな戦い方が身についているせいだ。足を取りに行くと言う考え自体が思いつかなかった。


「昨日も思いましたが、きみの戦い方はきれいです。ですがきれいすぎて、邪道には対処できていません。刀を投げるところまでは良かっただけに残念ですね」


「俺は力士なんだ、相撲で邪道に走る気はないぜ」


 俺は減らず口を叩く。信長は、ははっと笑う。


「ならば、正道でも勝てるように腕を磨かねばなりませんね。あとに続く訓練でも頑張ってください」


 信長はそう言い、その場を去っていく。見てやがれよ、あっと言わせてやるからな。



彦助ひこすけ殿、け、怪我はありませんか。とっさのことゆえ、手加減せずに投げてしまいま、した」


 ひでよしが申し訳なさそうに言う。勝負は勝負なんだ、手加減されてちゃかなわん、俺はそう思う。


「いや、槍を馬鹿にしてた俺のほうが悪いんだ。目が覚めたぜ。このあとの訓練、しっかり頑張るぞ」


「まったく、勝負を始めたときはどうなるかと思ったぶひぃ。訓練前になにしてるんだぶひぃ」


「ははっ、すまねえ。ひでよしは、俺に喝を入れるためにやってくれたんだ。責めるのはよしてやってくれよ」


「喧嘩するほど仲が良いと言いマス。ひでよしと彦助ひこすけは、マブダチなのデス」


「ま、マブダチとはなんですか?南蛮語は詳しく、なくて」


 ひでよしが意味がわからず恐縮している。


「へへっ。弥助やすけは、俺とひでよしが親友だって言いたいのさ。だろ、弥助やすけ


「はい、そうデス。ひでよしと彦助ひこすけは、ベストフレンドなのデス」


 ひでよしは顔を赤くしている。照れくさいのであろう。俺も親友と言っておいて気恥ずかしくなる。


弥助やすけも、田中も俺にとっちゃ、親友だぜ。いっしょに寝てる仲だからな」


「そこは同じ釜のメシを喰うと言ってほしいぶひぃ。寝てる仲じゃ勘違いされるぶひぃ」


弥助やすけもそう思うのデス。弥助やすけと田中は、女性が好きなのです」


「わ、わたしも、女性のほうが好きです。仲間はずれにしないでくだ、さい!」


 3人とも好き勝手言ってくれる。


「俺だって、女性のほうが好きだよ。ああ、こんなむさいやつらより、彼女がほしいわ」


「お前には無理だぶひぃ」


「無理デスネ」


「あ、あきらめなければ、なんとかなると思い、ます?」


「てめえら、おぼえとけよ!彼女ができたら、ぜってえ、自慢してやるんだからな!」


 俺の絶叫は晴れた3月の空にこだまする。季節は春だ。俺にも春がくるはずなんだあああ。

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