第13話 ー稽古の章 3- 食べるのも訓練です

 ヒーハーヒーハー。さすがに20キログラムの米俵をかついでの行軍は俺の体力を削っていく。これが毎朝なのかと思うと、初日からうんざりしてくる。


「ふうふう。やっと5キロメートル終了、です。あと半分です」


 俺を散々、相撲で投げ飛ばした健脚の持主、ひでよしも訓練初日とあってか、疲労の色が見える。


「やっと半分なのデス。今日は朝から地獄なのデス」


「力士は、足腰が、命だぶひぃ。これくらいで負けてられないぶひぃ」


 ひでよしや俺こと飯村彦助いいむらひこすけが織田家の兵士になる数年前から訓練を行っていた、田中太郎、弥助やすけも息が上がってきているのが目に見えてわかる。それほど10キロメートルの行軍は、体力的にも精神的にも、きついのであろう。口数が見えるように減っていっている。


「おおい、信長さまの兵士の皆さまがた、がんばりなされえ」


「あんたら、がんばって、信長さまを大名に押し上げるんだよ」


 沿道から津島の町の皆だろうか、声援が飛んでくる。


「おう、みんな、ありがとよ!これからも応援よろしくたのむわ!」


 兵士のだれかが元気よく、観客たちに返事をしている。5キロメートルを走破しといて、まだ元気があるとはすごいやつだ。だが、俺たちは遅刻の罰として、あと5キロメートルあるんだ。大声だす元気があるなら、そちらに体力を残しておきたい。


「おい、貴様ら。遅れておるぞ。もっと速度を上げぬか」


 最後尾を陣取る、河尻秀隆かわじりひでたかさまが竹刀をブンブン振り回しながら、遅れ気味のやつらの尻をぶっ叩いて行く。うごとか、ぐわとかという声が聞こえてくる。


 初日で慣れてないせいもあってか、俺はじりじりと最後尾のほうへと下がっていっている。まずい、このままだと、俺も竹刀で尻を叩かれてしまう。


「おい、田中。弥助やすけ。ひでよし。俺らは一蓮托生だぞ。運命共同体だ。抜け駆けすんじゃないぞ」


 息もたえだえながら、俺はみんなに友情の尊さについてとうとうと語る。だが、みな、一蓮托生で尻を竹刀で殴られたくないらしく、だんだんと距離を開けていきやがる。


「おい、まてよ、おまえら。一緒に寝てる仲だろ!俺を置いていくなよ」


「そ、そういう誤解を招くような言い方はやめて、ください」


「ぶひぃ。俺はお前の尻の心配より、女の尻を追いかけるほうが好きだぶひぃ」


「ハハッ。弥助やすけもそうデス。彦助ひこすけさんのお尻は犠牲になったのデス」


「くっそ、あとで覚えとけよ、お前ら。この裏切りは忘れないからなあ!」


 残り5キロメートルの間で、俺は何度も鬼教官の河尻かわじりさまに尻をぶっ叩かれた。やめて、よしてと言っても叩いてくる。俺は涙と鼻水をたらしながら、ひいひい言いいつつ、地獄の10キロメートルを完走したのであった。



「尻を何度もぶたれようが、走り切ったことは認めてやる。だが、そんなことではこの先思いやられるわ。もっと精進いたせ」


 それが鬼教官の去り際の台詞であった。俺は今日が初日なの。少しは恩情をください、お願いします。


 朝いちの行軍から解放され、俺たちは朝食が配られている広場にやってくる。机に並べられた料理を好きなだけ取っていっていい、バイキング形式であった。


「う、うわあ、これ、なんでも食べていいんですか?」


「そうだぶひぃ。織田家の訓練で一番のうれしいことと言ったら、食事だぶひぃ」


弥助やすけはいつもの果物大盛コースを堪能するのデス」


「うへえ。朝いちのあの訓練こなして、お前ら、よく食欲がわくもんだな、すごいわ」


 いくら普段、満足に食べれない生活をしてきたからと言って、この食欲には目を見張るものがある。現代もやしっ子の俺には到底むりだわ。


「おい、彦助ひこすけ。お前、ちゃんと喰えぶひぃ。そんな量で昼までの訓練がもつとおもってるかぶひぃ」


 そう言い、田中は俺の手に持つ大皿に、おかずをガンガン載せていく。焼き魚、煮物、果物と所せましとばかりに載せる。おいおい、まじかよ。朝からこんなに喰えっていうのかよ。


「ひでよしも遠慮するなぶひぃ。朝と昼は、信長さまもちだから、もっと喰えだぶひぃ」


「ほ、ほんとに食べまくっていいんですか、やったあ」


 ひでよしは、俺の皿に盛られている以上に、メシを山盛りにしていく。


「あ、ちなみに、盛った分を食べ残したら罰を喰らうから、そのつもりで喰うだぶひぃ」


「おい、ちょっと待てよ。そんな話聞いてねえよ!」


「はい、彦助ひこすけサン、遠慮せずにこれも食べるのデス」


 脇から梨を3個も追加で弥助やすけが載せてくる。お前ら、残したらペナルティって言ってたじゃねえか、なにしやがる。ほらあ、あそこに鬼教官さまが竹刀の素振りして、スタンバイしてんだろ。ほんとそれ以上、俺の皿に盛るのはまじでやめろよ!


 その後、半泣きになりながら、俺は皿にもられた料理の数々を平らげることになるのだった。調子をこいて皿に大盛して食べのこしたやつらは、鬼教官の竹刀による尻しごきを喰らっていた。


「貴様ら、食べ残すとはどういうことだ!百姓や漁師のものたちに申し訳ないと思わぬのか!」


 俺は完食できたことを神や仏に祈らずにはいられなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る