第5話 ー時転の章 5- 風俗って何歳からだっけ

 前田利家まえだとしいえ。聞いたことがある。確か加賀100万石の大名だったっけ。俺は無い知識を総動員して、こいつのことを思い出す。たしか漫画だと、信長とつるんで傾奇者とやらをやっているって話じゃなかったっけ。


「おい、おーい。聞いてるッスか。彦助ひこすけ、着替えて、とっととついてくるッス」


「あ、ああ悪い悪い。ちょっと待っててくれ」


 俺は、脱いだ服を探す。だが、そこに置いてあった制服がない。なぜだ、どういうことだ。


「あ、あれ。俺の制服、どこいったんだ?」


「も、もしかして、盗られたんじゃないでしょう、か。めずらしい南蛮の服でした、から」


 ひでよしがおそるおそる、こちらに言ってくる。


「ちょっと、え、なんでだよ。どういうこった。俺、ぱんいちなんだけど!」


「ははっ、こりゃおもしろいッス。変わったふんどしっすけど、力士なんだし、気にすることはないッス」


 笑い事ではない。このまま、ぱんいちで過ごせっていうのかよ。


「ちょっとまってくれ、一張羅なんだ、あれ以外、服がないんだよ」


「んー、まあ、宿舎にいけば、代わりになる服があるっすよ。それまで辛抱するッス」


「よ、よかったですね、彦助ひこすけ、さん。服がもらえるようですよ」


 よくねえよ。それにカバンも財布も全部、盗られちまった。畜生。盗んだ奴、おぼえてやがれよ。



 その後、俺とひでよしは、利家としいえに連れられ、兵が寝泊まりする宿舎のほうに向かうことになった。信長はまだ募兵をするらしく、ほかの家臣たちと町をまわるようだった。


 ぱんいち姿の俺を眼福とばかりに、町の妙齢の女性たちがじろじろ見てくる。あの俺、女性の視線には慣れてないんでかんべんしてください。顔を赤くし、下をうつむきながら歩くと、くすくす笑われる。


「あれ、利家としいえさん。どこに行くところなんだい?それにこのガタイの良いおにいさんは、新入りの力士かえ?」


 化粧をした女性が5、6人、集団を作り、なにかの店の前でたむろしていた。なんだろう、いい匂いがする女性たちだ。


百夜ぴゃくや姐さん、おッスおッス。真昼間から商売ッスか」


「そうさね。きなくさい世の中ほど、うちらの商売は繁盛するもんだからね。まあ、金もってないやつの相手はお断りだけどね」


「へへ。また給金が入ったときにはお願いするッスよ。今月は金が要り用で、あまり行けなくてすまないッスよ」


「あら、残念。そこのボウヤたちは、どうだい。遊んでいかない?」


 遊ぶ。遊ぶってなんだろ。この時代の遊びに詳しくない。


「ああ、そのなんだ。カードゲームとかすごろくのことか?」


 ぷふっあはははっと盛大に女性たちは笑う。あれ、なんか俺、おかしいことをまた言っちまったのか。不思議そうに困惑する俺にひでよしが助言をしてくる。


「あ、あの。そういう遊びではなくて、この方たち、遊女です。ですから、その」


 遊女。遊女ってのはたしか。ああああ


「お、おまえら、なにけしからんこと、い、言ってんだ」


「あら、ボウヤ、やっと意味がわかったのかい。ということは、あなた、初めてなのかえ?」


 百夜ぴゃくやは興味深そうに、おれの顔を覗き込んでくる。俺は、見つめられると、つい顔が赤くなる。顔から火がでそうだ。どきどきしているこの胸の音を聞かれやしないかと、汗がでてくる。


「ふふっ。取って食おうってわけじゃないよ。なに顔を赤くしてるのかえ」


百夜ぴゃくや姐さん、からかうのは止めてやれッス。そのへん、むずかしいお年頃なんッスから」


「お、おい。おれはこう見えても18なんだ。子供扱いはやめてくれ!」


 みんな、目を丸くして、再び大笑いしはじめる。


「あはは。18にもなって女の経験がないってことは、あんた、部屋住みかなにかだったのかえ?」


 部屋住み。部屋住みってなんだ。ああ、よくわからない単語がぽんぽんでてくる。国語辞書があればなあ。


「まあ、利家としいえさんに連れられてるってことは、大方、農家の3男坊あたりなんだろ。そうだろ、利家としいえさん」


「ああ、そんなところッス。家にいても出る目もないから、信長さまの家臣になったッスよ、こいつら、さっき」


 おやまあという顔を女性陣はする。


「じゃあ、将来のわたしたちの常連さまになるわけかえ。それはからかってわるかったわ。これからは利家としいえさんと同様、丁重にお出迎えしないとね」


 俺は蛇に睨まれた蛙よろしく、捕食者に目をつけられてしまったようだ。


「まあ、姐さんがた。その時は、こいつらのこと、よろしくッス。でも、はまりこまないように注意はしてほしいッス」


「お、おい。俺は、初めてはかわいい彼女と夕日が見える丘でキスをしてからだな」


「妄想は大概にしとくッス。お前もいくさ場にでれば、すぐに女の味を知りたがるようになるッス。そのときは、事件を起こす前に姐さんたちに頼むッスよ。犯罪者には、信長さまは厳しいッスからね」


 あとから聞いた話、ある兵士が女性に乱暴狼藉をしたとき、信長がすっとんでいき、首をはねたそうだ。怖い怖い。俺はそうならないと思うが気を付けないとな。

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