第3話 ー時転の章 3- 相撲で勝ち取る採用試験
ふむと織田信長が息を吐く。すると彼は、じろじろと俺の身体を舐めまわすかのように見てくる。信長の身長は170センチメートル程度だろうか。ちょうど俺と同じくらいの背丈だ。対して、ひでよしは伸長150センチメートルと小柄で、この当時の男の平均身長よりか、若干低そうだ。
「きみ。良い身体してますね。なにかやってました?」
信長が俺に話しかけてくる。
「へっ。相撲やってたんだ、相撲。部活でな。これでも県予選4位の実力だ」
「ブカツ?ケンヨセン?よくわかりませんが、まあ、腕がたちそうなのはわかります。だれか、このものと相撲をとってみませんか」
信長は取り巻き達に声をかける。俺がおれがと威勢よく声が飛ぶ。
「田中太郎。きみ、ちょっと彼と1番、やってもらえますかね?」
「ぶひぃ。いいんですか、俺で。勢い余ってやっちまったら、さすがにまずくないですか」
「責任は、わたしが取りますので、ご自由に」
田中太郎とよばれたやつが、鼻をぶひぶひ言わせながら、着物を脱ぎ、ふんどし姿になっていく。
「ひ、
ひでよしが俺の心配をしてくる。俺は手で、ひでよしを静止し言う
「ああ、任せときな。こいつは、みかけだおしのただのデブだ。ひとひねりで倒してやるさ」
「おお、なんだと、てめえ。殺されてえのか!」
田中太郎が息巻く。俺は制服を脱ぎ捨て、ブリーフ1枚の姿になる。
「ほう。なかなかの肉体ですね。彼」
「ほんとッスね。着物の上からじゃわからなかったッスけど、相当、やりそうッスね」
ふっふっふ、てめえら見とくがいい。部活で鍛えし、この肉体美。筋肉の上を覆う薄い脂肪。これこそが理想の肉体だ。身長と体重が足りずに上位の成績には食い込めなかったが、素人同然のこいつに負けるわけはない。
「そういえば、土俵なんてないが、決着はどうするんだ?」
「相手を倒して地面に這いつくばらせたほうの勝ちでいいんじゃないですかね」
「そうッスね。金的、目つぶしは禁止として、それ以外は、なんでもありということで良いッスか」
「おう、わかった。俺もそれでいいぜ」
「ぶひぃ。今更、後悔しても遅いからな」
田中太郎は鼻息を荒くし、俺を睨みつけてくる。そんな奴を尻目に俺はどこ吹く風かの如く振る舞う。だが、内心はびびっている。おちつけ、喧嘩じゃないんだ。相撲だ。俺の得意分野だ、落ち着けば倒せるはずだ。
行司役が掛け声をかける。
「双方、見合って見合ってえ」
俺は腰を低くし、ぶちかましをする体勢を取る。対して相手は中腰で構えている。おいおい、相撲の立ち回りも知らない素人かよ、これは勝ったぜ。
「はっけよい、のこったあ!」
俺は行司の合図と同時に、田中太郎の腹、目がけて頭から突撃をかます。だが、これは誘いであった。俺のぶちかましに合わせて、膝を当ててきたのだ。すんでのところで、身体をひねり、膝蹴りをかわす。
「ぶひぃ。いまのを良くかわしたな。だが、これはどうだ」
体勢のくずれた俺に、畳みかけてくるように右手で握りこぶしをとばしてくる。それを左手をつかい、下からすくうように相手の右腕に当身を入れ、こぶしの軌道をそらす。
「次は俺の番だ。くらいやがれ!」
カウンター気味に右手で田中太郎の顔面に張り手を喰らわす。田中太郎の体勢がぐらりと左に崩れる。勝機をみつけたりとばかりに、相手の右脇に左腕を入れ、抱えるように、今度は右方向へ投げた。
「うお、うおおおおお」
どすうううんとの地面の響きと共に、田中太郎は、その地面に突っ伏す。行司がすかさず手をあげる。
「勝者、
観衆からどよめきが起きる。
「あの小僧、すげえじゃねえか。まさか、信長さまの家臣をたおしちまいやがるとは」
「ああ、これは面白い奴だ。おい、信長さま、そいつを家臣にしちまえよ」
やんややんやと民衆が声を飛ばす。俺は右手をあげて、やあやあとその声に応える。いまや、すっかり民衆は俺の味方だ。これで仕官はもらったも同然だ。
「す、すごいです、
「へへ、言ったとおりだろ、ひでよし。あんなやつになんか負けないさ」
信長は、餅を喰いきり、どこから出したか扇子を俺に向けて言い放ってくる。
「きみ、いいですね。腕っぷしといい度胸といい。気に入りました」
「お。てことは、仕官の話は決まりでいいのか?」
「まあ、大体、きまったと言っていいでしょう。ですが、その前に、あなたのお連れさんと、一番、相撲を取ってもらえませんか?」
「え、俺とひでよしで相撲をとるのか?さすがに20センチメートルも差があっちゃ、勝負にならないだろ」
信長はひでよしに近づき、耳に口を近づけ、なにか言っている。
「え、え。本当にいいんで、すか。そんなことして」
「はい、先生が許可します。ひでよしくん。本気でやってください」
まあ、どんな作戦を吹き込まれたかは知らないが、俺が、失敬ながら、こんな小男のひでよしに負けるわけがない。そう俺はたかをくくっていた。
「双方、見合って見合って。はっけよい、のこった!」
気付いたとき、俺は、地面に背中から倒れ、高い空を見上げていた。
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