第2話 ー時転の章 2- 日本史の教科書の役立たず

 おちつけ、俺。深呼吸だ、すーすーはー、すーすーはー。


「あ、あの、大丈夫ですか?具合でもわるい、ですか?」


 ひでよしが心配そうに俺の顔を覗いてくる。そうだ、ひでよしだ。こいつはもしかして、豊臣秀吉なのか?


「おい、あんた。豊臣って姓か?」


「トヨトミ?セイ?あはは、まさか、おれたち農民がそんなご立派なもん、もってるわけないだろ」


 ひでながに笑われた。


「そ、そうですよ。わ、わたしたちのようなものは、姓どころか、苗字すらありま、せん」


「あんただって、飯村いいむら出身の彦助ひこすけだろ、同じようなもんじゃないか」


 ああ、日本史の教科書なんて、なんの役にもたたん。


「信長、秀吉、家康くらいしか載ってねーじゃねえか、この役立たず!」


「え、信長さまを知っているんで、すか?」


「あ?ああ、天下とったっていう戦国大名の織田信長だろ。俺でも知っている」


「あはは。これはおもしろいやつだ。信長さまは大名じゃないぞ、それに天下とか」


 また、ひでながに笑われた。それより気になることがある。


「信長が大名じゃないってどういうことだよ。ここ、尾張おわりの武将だろ」


「あんたこそ、何言ってんだ。信長さまは確かに津島を治める領主ではあるが、守護大名・斯波家の家老の、そのまた家老だぞ」


 どういうことだ、日本史の勉強が全然、役に立たない。現代日本の高校教育は大丈夫なのかよ。


「と、ところで、信長さまがどうしたん、ですか。もしかして仕官しようとか、思って、ます?」


 しかん、仕官か。そういえば、こんな時代に飛ばされて、頼るあてもない。今夜、眠る場所すらない。


「あ、ああ。そうだ、そういうところだ。行くあてもなく途方にくれてたとこなんだ」


「そ、それなら、わたしといっしょ、ですね。調度よかった。では、信長さまをいっしょに探しましょう」


「探す?探すってなんだ。信長は偉いやつなんだから、城に行けば会えるんだろ」


「い、いえ。信長さまは、信をおける仲間をさがすために直々に、ここ津島の町で、すかうとしているらしいのです」


 どこかのアールピージの主人公かよと思う。なんで、偉い殿とのさまがわざわざ、町にでばってきてるんだと不思議でたまらん。


「で、探す場所のあてはあるのか?そもそも、見たことあるのか、信長のこと」


「い、いえ。実際にお目にかかったことはないの、ですが、噂によると」


 ・茶筅ちゃせんのような膨れたマゲ


 ・着物を半分脱ぎ、片腕を出し、その腕には縄で巻いた腕貫うでぬきをしている


 ・はかまは、膝までしかない半袴はんばかま。しかもヒョウ柄である。


 ・太刀の鞘はきんきらきんに装飾され、また、腰には瓢箪ひょうたんを2、3個ぶらさげている。


 ・栗、なし、餅が大好きで、食べ歩きしている。


「ははは。おいおい、どこのチンピラだよ。成人式に現れそうなやつだな」


 つい笑ってしまった。この時代に飛ばされてきて、初めて笑ったのかもしれない。俺はひとしきり笑ったあと、ひでよしに聞いた。


「そんな恰好した領主なんているわけないだろ、いたら逆立ちして町を歩いてやるよ」


「お、彦助ひこすけ。逆立ちしなきゃならなくなったぞ」


 ん、どういうことだと、俺は思う。歩く道の先をよく見ると人だかりができている。そこには、この時代にしては、ど派手な恰好をした集団がいやがった。なんか悪い予感がする。



「おうおう。俺たちは信長親衛隊ッス。ここに居わす方をどなたと心得る。信秀さまの嫡男、信長さまだ。お前ら、しっかり拝みやがれッス」


「おお、あれが津島の町を発展させてくださった、信秀さまのご嫡男か」


「しかし、これまた派手な恰好。それに、こんなところに来てくださるとは」


「えっへんッス。俺らは今、兵隊を募ってるッス。我こそはと思うものは名乗りでるッス。一緒に旗揚げしようッス!」


 なんだこいつら、派手な恰好で、募兵してんのか。それにあそこの集団の真ん中で餅食ってるのが、信長なのかもしかして。


「あ、ほら、信長さまだと思います。あそこで、餅をたべてる、ひと」


「まじで、さっき言った通りの恰好だな。あれ、恥ずかしくないのか?」


「え、かっこいいじゃない、ですか。わたしもああいう恰好してみたい、です」


 現代とやはり美的感覚が違うのだろうか。さすが戦国時代。教科書通りには文字通りいかない。


「ん、そこの二人、どうかしたッスか?もしかして、うちに来るつもりッスか?」


 やべえ。チンピラに目つけられた。でも、チャンスといえばチャンスだ。ここでお目に適えば、信長の家臣になれる、かもしれない。


「ああ、そうだ。ここにいる、ひでよしと俺、飯村彦助いいむらひこすけが仕官しにきたんだ、ありがたく思えよ」


 こんな格好だけのチンピラに舐められないように威勢よく、言ってみる。内心びくびくだ。チンピラとは縁のない生活をしてきたんだ。本当は怖いんだ。だが、このチャンスを逃せば俺は、野垂れ死に確定だ。母さん、俺、がんばるよ。



 1554年、3月。俺は信長に出会った。でも歴史の英雄はまだ、大名でもなんでもなかったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る